73.第9話 4部目 村長

その晩。

僕は早速、親父さんにエヴァンとのやり取りの一部始終を話した。

すると、親父さんは頬杖を付いて溜息を漏らす。

「はぁ…いっそ清々しいな…」

「え?」

一体何の事か分からず首を傾げると親父さんは、誤魔化す様に僕の頭を撫で繰り回した。

何やら呆れられている様な気がするが、話してくれないなら聞いても仕方がないかな?

僕は気を取り直して、別の話題を振った。

「それでね、提案なんだけど…」

「あぁ…今度は何だ?」

もはや、完全に親父さんは慣れきっている。

だが、今回の事は親父さんにも深く関係する事だ。

「パーカーさんたちに道具を作って貰うでしょう?それで出た売り上げの一部を賃金としてパーカーさんやジョンさんに、渡せないかなと思ってるんだけど…」

今まで、ウェルスは共産制で成り立っていた。

その管理をしていたのが親父さんだったと言うだけであって、収支はウェルス全体で享受していたのである。

だが、パーカーたちが来た事により、今までのやり方で押し通すには無理が出てくる可能性がある。

簡単に言えば、パーカーたちが不満を募らせる可能性が高くなるのだ。

それもそのはず。これからの収支の大凡は、彼らが作る玉鋼や道具から連なるのだから。

その不満を無視して、売上の全てを親父さんが管理し、平等に分配する…と言うのは共産主義のそれである。

今まではそれで成り立っていたが、ずっと共産制では確実にウェルスの中に不満と確執が生まれてしまう。

そうならない為に、パーカーたちが作ったもので得た売上の一部から、報酬を渡す。

…いや、売り上げの殆どを税金として、せしめると言った方が正しいだろうか?

これらは社会主義に伴う行動だ。

もっと簡単に言えば、ウェルス村で会社の様な物を立ち上げる。と言う事になる。

働きに見合った賃金を売り上げの中から分配し、残りを会社の売り上げとして納める…そういう形だ。

しかし、社会制にする上で別の問題が浮上する。

「ー…それじゃあ、今度は村の連中が不満に思うんじゃねぇのか?それに…現状で村を管理してる俺も舐められかねないんじゃないか?」

「……」

共産制から社会制にする上でのデメリットを親父さんが唱えた事に、僕は目を見張って驚いた。

僕が親父さんを甘く見ていたのだろうか?まさか、その問題にいち早く気がつくとは思ってなかった。

だが…これは嬉しい誤算だ。

「…おい、どうなんだ。テオ」

「あ、うん…父ちゃんの言う通り、そう言った問題が出てくるね」

社会制にするデメリット。

それは、貧富格差が明確に出る事である。

別の言い方をすると、村に貢献しただけ良い暮らしが出来る様になる。

だが、それは先住者である村の年寄りたちが不満に思う可能性が非常に高い。

元々、よそ者であったパーカーやジョンたちが、自分たちより良い生活を送っているとなれば、当然嫌に思うだろう。

だが、もっと言ってしまえば、共産制を取っても社会制を取っても、結局が何方かから必ず不満が出る。

その上、村を管理している親父さんが、自分たちより貧困な生活を送っているのを見たら、パーカーたちが増長する可能性もある。

「…結局、どっち選んでも問題はあるのか」

僕の提案を聞き、その問題点を考え親父さんは頭を抱える。

難しい問題だが、これはメリットの大きい方を選ぶべきだ。

何方にしても問題は浮上するのだから。

ならば、共産制を捨てて社会制を選ぶべきだろうと、僕は思う。

今、パーカーやジョンたちにウェルス村を去られるのは困るからだ。

だから、社会制を選び、正当な報酬を渡すべきだと思うのだが…。

「うん。だから、父ちゃんが決めて?」

「…は?」

僕の言葉を聞き、親父さんは信じがたそうに僕を見つめる。

元々、この問題に気がついた時から、僕は親父さんに何方を取るか決めて貰いたいと思っていた。

「どうして俺が?お前が決めれば…」

「ううん。今回の事は父ちゃんが決めるべき。父ちゃんは、この村の村長なんだから」

「はぁ!?俺がウェルス村の…!?」

現状、村の管理者である親父さんは実質的に言えば村長だろう。

もう1人、まともに働けているウィルソンさんは、村長に成りたいと言う様な人ではないし、結局矢面に立っているのは親父さんだ。

僕たちがウェルス村に来るまでは、別に代表者が居たが、その人物も全てを親父さんに任せている節がある。

ならば、親父さんが村長である事は避けられない事実だろう。

そして、僕は村長である親父さんに問題を指摘し、その解決策を提示するだけの存在で居たい。

最終的な判断は親父さんにして貰う。

そうする事で、ウェルスは1つに纏まる筈だ。

僕の判断を聞き、親父さんは驚きつつ一度立ち上がったが、再びよろよろと椅子に座り込み、目頭を抑える。

「……俺は、人の上に立つ器なんて持ち合わせちゃいねぇぞ…。お前の方がよっぽど…」

「僕はそうは思わないな。父ちゃんは十分、人を引っ張っていける人だよ」

自信なさげに言う親父さんに僕は断言して発破を掛ける。

だが、この言葉に嘘偽りはない。本当にそう思っているし、信じている。

また、その存在になって貰わなければ困るのだ。

「……」

無言で悩む親父さんに、そっとお袋さんが寄り添う。

肩に置かれたお袋さんの手に、親父さんが手を重ねた。

苦悩する親父さんを見て、僕は逃げ道を与えることにした。

「…何も、1人で悩む必要はないよ。村の年寄りたちに相談してみたら、どうかな?…僕は父ちゃんの判断に従うよ」

判断を任せたからには、後からごちゃごちゃ言うつもりはない。

どちらに転んでも、全員が生きていける様に策を練れば良いのだから。

僕は言いたい事を全て言い終えて、寝室に引っ込んだ。

あとは、親父さんたちの判断を待つだけだ…。

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