72.第9話 3部目 独断交渉

それにしても割高になった玉鋼は、そう易々と売れないだろう。

「うん…買ってくれそうな所、あるの?」

「うーん……まぁ、大丈夫だろう。何とか売ってみせるさ」

エヴァンはそう言ったが、やはり確実な卸先に見当は付かないようだ。

そんな状態で玉鋼の在庫を抱えさせる訳にはいかないな。

一番、有力候補なのは最近息子2人が継いだばかりのスミス・ツール。

これも不安が残る。継いだばかりで経営が軌道に乗っていない内から、正体不明の高額な鉄を買わせては、破産してしまう。

元々、パーカーが営んでいた店なのに、パーカーがウェルスへ引っ越してきて早々に潰してしまっては恨まれるのは必至だ。

そこで僕は親父さんの言葉としてエヴァンに提案した。

「…あのね。父ちゃんが言ってたんだけど…待ってくれるなら、無理に玉鋼を売買する必要はないよ」

「え?そ、それはどう言う意味だい?」

「玉鋼を作る時に、ただの鋼も大量に出来るから、それを使ってパーカーさんたちに道具を作って貰おうと思ってる…らしいんだ」

たたら場で玉鋼が入手出来るのは、全体の3割に止まる。

それ以外の7割はただの鋼や銑、あるいはノロで出来ているため、それらは刀以外の道具を作成する時に使用するのだ。

ジョンたちにノミを作って貰った時も、その鉄や鋼を使ってもらった。

そもそも、玉鋼は刀用の鉄と考えるもので、普段遣いの刃物や道具に使うものではない。

だが、僕はそこを無理矢理に常用鉄としてエヴァンに売りつけたと言う事になる。

改めてそう考えると、前世の知人に怒鳴り散らされそうな無謀な行為である…。

ともかく、玉鋼以外の部分を使って道具を作成してもらい、それをエヴァンに買い取って貰えれば、まだ活路がある。

エヴァンも割高になった玉鋼を無理矢理、売買するよりも収益を上げられるはずだ。

それを聞いた、エヴァンは感心したように頷く。

「なるほどなぁ…」

「あと、余裕が出て来たら玉鋼製のナイフなんかを打って貰って、それを売買出来れば玉鋼自体も売れるようになると思うよ」

僕が付け足した言葉の意味をエヴァンは暫く考え込む。

そして、思い至った途端に感激の声を上げた。

「あぁ!先に玉鋼製のナイフの切れ味を見せれば、噂を聞きつけた鍛冶屋が玉鋼を買ってくれるかもしれないって事か!パーカーさんが、前にやってた事を、わたしもやれば良いって事かぁ!」

玉鋼と言う正体が分からない代物では、誰もが買うのを渋るだろう。

なら、いっその事、先に玉鋼の魅力を知って貰えば良い。

延いてはパーカーが打つ予定の、刀を売る算段を付けることも出来る。

いきなり見せつけるのではなく、徐々に周知させていけば混乱も起き難い筈。

また、面倒な問題を引き寄せる確率もぐっと抑え込めるだろう。

「うん。だから、暫くは玉鋼を買う必要はないよ」

「うーむ…よく考えられているなぁ。流石、旦那さんだ!」

まぁ、その間のウェルスは結構ジリ貧になるだろうが…。

何。たたら場を始める前の状態に戻るだけだと思えば、辛い事も半分で済む。

それに丸っきり、同じ様に戻る訳でもない。

パーカーやジョンたちが、鋼や道具、はたまた刀を作成するまでの間くらいは耐えられる。

元々、冬を乗り切るために出来る限り、万全の体制を整えてあるのだ。

冬の間に一切収入がなくとも乗り越えられる筈。

勿論、それ相応の努力は必要だが。

こうして、エヴァンは明るい商談予定を持って、グレイスフォレストへ帰っていった。

エヴァンが帰った直後、お袋さんが僕の顔を覗き込んだ。

「な、なに?母ちゃん」

「いつの間に、ネッドとあんな話してたの?」

「あぁ……あれ全部、僕の独断。後で父ちゃんにも話して相談するよ」

それに相談したい事は玉鋼の事だけではないし、話すキッカケとしては丁度良い。

僕の答えを聞いたお袋さんは驚きの声を上げるでもなく、じいっと僕を見つめる。

その表情は驚いている様には見えるが、何も言われないと却って不気味だ。

すると。

「テオは前世で領主をやっていたの?」

「へ?りょ、領主?どうして、そう思うの?」

予想の斜め上から降りかかったお袋さんの疑問に僕は逆に問い返す。

「だって、まるで……」

…と、言った所でお袋さんの言葉が止まった。

まるで…何だろうか?

僕は言葉の続きを待ったが、お袋さんは思い直した様に姿勢を正した。

「…ううん。違うなら良いの。家に入りましょ?」

「……うん」

いつもの様に笑って言うお袋さんに対し、僕は追求する事が出来なかった。

いや、追求するまでもなく、何となく予想がついてしまったから、追求しなかったと言う方が正しい。

これまでの事を振り返るに、おそらくお袋さんは貴族の出なのだろう。

息女教育を受けた素振り。立ち居振る舞いからも、庶民とは違う空気が漂う。

妙に世間知らずなのに、貴族や一部の人間しか知らないであろうクッキーを、何1つ疑問に思わず作っていた事。食べていた事。

それらから、お袋さんの出生がどの様なものか、想像は付く。

だが、お袋さんは家を出て、親父さんとウェルスまで来たのだ。

そこにはどんな事情があるのか。気になるが…。

僕が大人になったら教えてくれると親父さんが言っていたのだから、僕はその時を待ちたい。

下手に追求せず、親父さんとお袋さんの口から聞きたいのだ。

その為にも、お袋さんが出したボロを僕は見逃す事にしたのだった。

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