71.第9話 2部目 アメリアの謎

翌日。

実に良いタイミングでエヴァンが村を訪れた。

今回の訪問の目的は売買ではなく、パーカーやジョンの様子を確かめに来たらしい。

何でも、スミス親子の様子を気にしている人が居るらしく、その人に頼まれたとの事。

グレイスフォレストに残っていると言う、パーカーの息子2人だろうか?

と、思ったが、それなら回りくどい言い方をする必要があるとは思えなかった。

恐らく、パーカーかジョンの知り合いの誰かが気にして、エヴァンに様子を確かめるように言ったのだろう。

対応した僕とお袋さんは、変わらず元気にしていると伝えた。

スミス親子節に、親父さんが毎日悩まされているとも付け加えておく。

「そうそう!ダールさんに、これを…」

スミス親子の話が終えた後になって、お袋さんが手に持っていた皮袋をエヴァンに差し出す。

「これは?」

「クッキーですわ。日頃の感謝を込めてありますから、是非召し上がってください」

「くっきぃ?」

お袋さんの提案でクッキーの一部をエヴァンに渡すことにしたのだが、何やらエヴァンは疑問符を頭の上に浮かべて不思議がっている。

この反応…もしや…。

「ダールさんが仕入れてくださった牛乳と、麦粉を使ってテオと作りましたのっ。とっても美味しいですよ?」

「牛乳…あぁ!あの時の!何に使うのかと思ってましたが、こうなりましたか!」

エヴァンは感心しながら、皮袋の中からクッキーを一枚取り出す。

そして、じっと観察して何物かを確かめている。

「はー…なるほどぉ…麦粉と牛乳、それからノケイの卵と油でこんなものが…」

鑑定眼でクッキーの成分でも見えたらしい。

僕たちが言うまでもなく、エヴァンは見事にノケイの卵を使った事を当ててみせた。

そして、恐る恐るクッキーを一口頬張った。

「…お?…おぉ…これは…中々…」

最初の一口を食べて直ぐにエヴァンの顔色が喜色に変わった。

そして、次の一口を頬張り、更に顔が綻んでいく。

クッキーを一枚分食べ終わる頃には、エヴァンは満面の笑みになっていた。

「うん。美味いですなぁ!いやぁ、正直侮ってましたが…これは良い」

そう言いながら、エヴァンは皮袋の中にまだ入っているクッキーを眺めている。

お袋さんはエヴァンが喜んでいる事に喜んでいるようで、ずっとニコニコと微笑んでいる。

その横に居る僕はと言うと、ある疑問が頭を占領していた。

そして、その疑問を解消するために僕はエヴァンに質問する。

「ねぇ、クッキーって普通は無いの?」

「ん?あぁ…何処かで聞いたことはある気がするんだけど…見たのも食べたのも初めてだよ」

僕の唐突な質問にもエヴァンは快く答えてくれた。

そして、僕の思った通りクッキーと言う菓子は庶民の間には周知されていない物らしい。

しかし、またどうしてこんな簡単な菓子が周知されていないんだ?

「うーん…確か……。そうそう。貴族が食べる菓子の中に”くっきぃ”なるものがあるって聞いたことがある。うん、確かそうだ」

首を捻りながらエヴァンが出した言葉を聞いて僕は目を見張る。

と同時に、僕はこっそりお袋さんに視線を向けた。

庶民には周知されておらず、貴族が食べているらしいと極一部の人間しか知らないのだとすると…。

「…奥さん。もしや、あなた…」

僕が思い至った事柄にエヴァンも至ったらしく、お袋さんをじっと見つめて怪訝な顔をしている。

これは、ひょっとして聞いちゃマズイことなのでは…?

「前に貴族のお屋敷で働いてらっしゃったので?」

「………え?」

「いやぁ、それなら奥さんの立ち居振る舞いに気品を感じられるのも納得ですな!」

…と思ったのだが、どうやら僕とエヴァンの見解はそれぞれに違っていたようだ。

何はともあれ、エヴァンが都合よく勘違いしてくれて助かったかもしれない。

尤も、そう強く思っているのはお袋さんの方だろうな。

「お、おほほほっ…」

普段はしない笑い方をして誤魔化しても怪しさ満点である。

しかし、否定しない所を見ると、近しい存在であったことに間違いはないのだろう。

いや、近い所か遠いと言うべきか…?

ともかく、ある種の危機を乗り切った僕とお袋さんは、暫くエヴァンと雑談を交わした。

その雑談の中で、エヴァンが所帯持ちであると知るのは余談である。

受け取ったクッキーを妻や娘に食べさせるつもりらしい。

そんな話をした後で、エヴァンがそろそろ引き上げようと帰り支度を始めた。

「様子見がてら来ましたが、どうせなら玉鋼でしたか?あれを買えればなぁと思ってたんです。…でも、お話を聞く限りじゃ、まだまだ無理そうですな」

苦笑しながら残念そうにするエヴァン。

買い取ろうと思って来てくれた事は非常に有難い話だ。

しかし、今後の玉鋼の取引内容は変わる事になっている。

それを考えると、買い取った所で売る場所がないのでは、エヴァンが大損してしまうのではないだろうか?

「でも、玉鋼は高くなるよ?…卸先はあるの?」

最初に買ってもらった時と事情が変わってしまったからには、値下げはおいそれと出来ない。

かと言って、エヴァンを大損させる腹づもりで売りつけるのは忍びない。

エヴァンはどうするつもりなのだろうか?

「あぁ…そういえば、値段を吊り上げると旦那さんが言ってたねぇ…。確か、1kg辺り銀貨1枚だったかな?」

僕たちはパーカーにだけ、銅貨80枚で卸すと言い、それ以外では銀貨1枚から卸すと明言した。

だからエヴァンにも銀貨1枚以上で卸すと言う事になる。

尤も、エヴァンになら、銅貨80枚で卸しても良いのだが…。

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