69.第8話 6部目 魔の手
「嘘でしょう…!?それじゃあ、私のこれまでの苦労はどうなるのよっ。
散々、私の気持ちを揺さぶっておきながら、このまま逃げるつもり…?
私だけなのよ?私だけが本当にジョンを分かってあげられるのに…っ!
私が居ない内に逃げるなんて…っ。許さない…許してあげないんだから…っ」
ロイドとフィリップは、リズが目を血張らせて言う呟きを聞いて身震いした。
そして同時にジョンを気の毒に思う。
リズは幼い頃から病的にジョンを好いており、ジョンに言い寄る女には容赦ない罵声と嫌がらせを施して来た。
そこまでの事をするリズが、ジョンの動向を抑えられていなかったのは、一重にリズの家の事情が絡んでくる。
服飾屋を営むリズの家では、お針子の修行に出なければならない時期が必ず来るらしく、ジョンがウェルスへ向かった時期と、リズが隣町で修行していた時期が重なっていたのだ。
4人姉妹の末っ子であるリズも、漏れなく修行のために半年ほど隣町へ行っていた。
そして、今日帰ってきたのだ。
ジョンに会いたい思いから、リズはお土産を持ってスミス・ツールを訪ねて来たのである。
しかし、当のジョンはウェルスと言う聞いたこともない辺鄙な村に引っ越していた。
リズの愕然とした気持ちは計り知れないほどであっただろう。
出発前にあれほど浮気をするなと言い含んでいたのに、ジョンはそんな事をすっかり忘れてウェルスへ引っ越してしまっていたのだから。
尤も、リズとジョンは恋人関係になった事は一度たりとも無い。
それでもリズがそんな事を言ったのは、ジョンが遊び人であった事が原因である。
その為、リズの嫌がらせの被害者は年々募っていっていた。
その点から考えると、ジョンがウェルス村へ移住した事は、町の女の平和が保たれるため悪い事では無いように思える、ロイドとフィリップであった。
だが、これまでにジョンがリズに一切靡かなかった理由を、こうして目の前で見てしまうと同情を禁じ得ないのも事実である。
「村なんて閉塞的な環境にいたら、あっという間にジョンが他の女に取られちゃうじゃない…!何とかしないと…何とか…!」
爪を齧りながら、ぶつぶつと言い続けるリズ。
リズが心配している事案は、これまで散々起こっていた事であり今更なのだが、それでもリズは我慢がならないようだ。
普通にしていれば美少女と呼ばれるほど、恵まれた容姿をしているのに勿体無い。
いや、美少女であるが故に、リズの病的なジョンへの偏愛が際立っているのも否めないだろう。
ともかく、店先で不気味な女が呟いているのは営業妨害もいい所である。
早く帰って欲しいと言う思いから、フィリップは呆れ気味に口を開いた。
「そんなにジョンを取られるのが嫌なら、ウェルスに行って首輪でも付けてくれば?まぁ、お前の所の父親が許すとは思えないけど…。とにかく用は無くなったろ?早く帰ってくれよ」
「フィ、フィリップ!お前、なんて余計なことを…!」
「は?余計?」
フィリップの失言を聞き、ロイドはただでさえ顔色が悪い所から、一層に青ざめる。
しかし、当のフィリップは自分の失言に気がついていない。
明らかにジョンを追い詰める事をリズに提案してしまったのだが…。
「リ、リズ!大丈夫だよ!あのジョンが辺鄙な村で暮らしていける訳ないんだから、その内に…」
戻ってくる。と続けようとした時には、既にリズの姿は無かった。
面倒事が帰ったとフィリップは安堵しているが、ロイドは気が気ではない。
リズは決して、スミス・ツールへの用事が無くなったから帰ったのではない。
恐らく、リズはジョンを追ってウェルスへ向かうつもりだ。
リズは両親を説得し、ウェルスにて本格的にジョンを陥落させるつもりなのだろう。
リズが言った通り、閉塞的な空間に居る男女は結びつきやすい。
グレイスフォレスト程の町ならば相手を選べたが、ウェルスほどの限界集落の中となれば条件が変わってくる。
それを利用して、リズはジョンを我が物にするつもりなのだ。
絶望的な状況が一転して、リズに都合の良い状況が作られているのなら乗らない手はない。
ともなれば、リズは何が何でもウェルスへ行くだろう。
ジョンの絶望的な未来が見えるようで、ロイドは我が事のように表情を暗くさせていく。
あぁ…可愛い弟よ。不甲斐ない兄たちで、すまない…。
お前の元に恐怖の化身が向かう事になるようだ…。
何とか、これまで通りに上手い事、リズの魔の手から逃れてくれ…!
女神ティアナよ。どうか弟をあの魔女の手から逃したまえ…!
こうしてロイドはジョンの身を案じ、切に神に祈るのであった。
第8話 完
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