67.第8話 5部目 神国アロウティ

女神ティアナを深く信仰する国・神国アロウティ。

この世界では、多くの異世界人の文化がそれぞれの国に持ち込まれたために信仰が多様化し、創世したと言われる女神ティアナを深く信仰する国は、もはやアロウティしか無いと言う。

各国に女神ティアナの教会は存在するものの、各国特有の信仰に押され気味で信徒はそう多く無い。

そんなアロウティでは何十年もの間、樹木の過激な減少が問題視されている。

しかし、何十年経っても解決策は見えて来ず、年々樹木がアロウティから消えていっている。

首都アルベロに至っては首都を囲む石壁より外は砂漠化しており、首都の中だけ辛うじて緑地化されているらしい。

しかし、その中でも樹木はほぼ無い。あったとしても伐採は禁止。

観賞用として大事に大事に育てるのが、首都では娯楽の1つとなっているとの事。

そうして育った木たちは”いつの間にか地面から生えていた”と言う認識しかなく、種から育っているとは国民は思っていない。

余談だが、”いつの間にか生えていた”木がある土地の値段は跳ね上がるらしい。

どうやら、木は自然に生えるものと思っているらしく、ここ何十年かは女神ティアナの機嫌が悪いから、木が生えないのだと本気で思っていたと親父さんは話してくれた。

お袋さんも同意した所を見ると、恐らく国民の全員がそう信じているのだろう。

正直言って、何て莫迦莫迦しい。と僕は思った。

僕は秋先に収穫しておいたギスの種を籠から取り出し、机の上に置いた。

「これは?」

種を見た親父さんは不思議そうに首を傾げる。

「ギスの種だよ。これを春になったら地面に植える。そして何十年か経てば立派な木になる」

「…何だと!?」

僕の言葉を聞き、たたら場で鉄が作れると言った時並みに親父さんは目を見開いて驚いた。

僕は淡々と続ける。

「あとは、木の枝を地面に差し込んで、根が張るのを待つ手もある。それらを”植林”って言うんだ。…どうして、こんな簡単な事をこの国はしてこなかったんだ…っ」

木が育ちきるには、それこそ何十年も掛かると言うのに、こんなに簡単な事に気が付く事もなく無駄に時間と木を消費し、自らの首を絞めるなんて…莫迦な事を…!

国に対して怒りが湧いてきた僕を見て、親父さんは顔を顰めて言った。

「…それは多分、今までお前の様な異世界人が現れなかったからだろう」

「……どう言う意味?」

親父さんの言葉の意味が飲み下せない僕は言葉を待った。

親父さんは言う。

「この世界は異世界人が多く現れるってのは知ってるな?…と言うのも、そもそもこの世界は異世界人の力で成り立ってる様なもんだからだ。異世界人の知識無しに世界は発展しない。俺たちが知ってる知識の全ては、異世界人から伝わった事ばかりだ。それが例え、お前から見て間違っていようと…それが俺たちの全てなんだ」

間違っている知識。それは僕から見て、間違っていると言う事。

そう言われ、思い至ったのはセイショクノケイを捌いた時の事だ。

あの時、親父さんは胸肉ともも肉しか食べる所が無いと思い込んでいた。

しかし、それが親父さんが知る全てで、他にもあると言う事を教わらなかったから知らなかった…と言う事になるのか?

けど、それは可笑しい。

「どうして?異世界人の知識が元だとしても、そこから発展させる事は幾らでも…!」

「出来ないんだ」

「…え?」

1つの知識を元に、他に何か出来る事が無いか?と探る事は人間ならば出来る事だ。

それをするだけの知恵があるのだから。

だが、親父さんはきっぱりとそれを真っ向から否定した。

出来ない、と。

何故だ?

その疑問が僕の顔に現れていたのだろう。

親父さんは苦々しい面持ちで言う。

「…俺たち現世界人は”0からも1からも作り出す”って事が出来ない、らしい。何故、そうなのかは異世界人でも分からなかった。ただ、”そうらしい”って事だけは、異世界人が発見した。それ以来、俺たち現世界人は異世界人の知識のみを頼りに生きてきた。異世界人が知らない事は俺たちも知らない。異世界人が教えてくれないなら、俺たちは何も出来ない。……そう言う、人種なんだそうだ…」

拳を強く強く握りしめて親父さんは悔しそうだ。

そんな姿を見たら、親父さんの言葉はとてもじゃないが信じられない。

この人たちには何も生み出せないって?そんな莫迦な…!

一体、いつの時代の異世界人が言いだしたかは知らないが、腹が立ってしょうがなかった。

それは洗脳では無いのか?

納得のいかない顔をしていたらしい僕を見て、親父さんは微笑して言葉を続けた。

「…実際、お前がまともに喋り出すまで、俺たちにはウェルスの状況を好転させる事は出来なかったろ?…それが答えだ」

目を逸らされながら言われ、僕の頭に途轍もない衝撃が響き渡った。

…否定出来ない。

親父さんたちはよくやっていた。それは断言出来る。

だが、維持するだけで精一杯で好転させる事は出来ていなかった。

赤ん坊だった僕は、どうしてこんなに苦労しているんだろうか?と疑問に思った事が何度もあった。

それは、こう言う理由だからだったのだ。

親父さんたちを含めた、現世界人と呼ばれる人々は知っている事しか出来ない人たち。

だから、一子相伝の家庭創業で生き抜いてきたのだろう。

その輪から外れようとするパーカーやジョンたちが、変人扱いされる理由も分かってしまった。

知っている知識だけで生きていくのが普通のこの世界において、夢を追いかけるのは異常なのだ。

”普通”から外れるなんて、自殺行為に等しいのだから。

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