65.第8話 3部目 手土産

移住する際に持ち込んだ荷物は総じて許可したからなぁ。

生活する上で役に立つなら、好きするように言っておいたのだ。

ウェルスでの生活はグレイスフォレストとは比べ物にならないだろうし、出来るだけ生活しやすい様にと思ってのことだ。

尤も、ジョンたちを優遇する事で直ぐに音を上げられないようにしている面もあるのだが。

そうこう考えている内に、何やら嵩張るものを持ってエヴァンが荷馬車から戻ってきた。

「お待たせしました!」

「あら?…それってコート、かしら?」

「流石、奥さん!お目が高いっ」

「あらぁ、やっぱり。ふふっ」

正解を引き当てた事をお袋さんは喜んで笑った。

どうやらパーカーが手土産として持ってきたのは、羊の毛皮で作られたコートらしい!

グレイスフォレストでは畜産業に力を入れており、このコートもその内の1つだとパーカーが意気揚々と説明してくれた。

つまり、グレイスフォレストにおける名産品の1つなのだろう。

だが、このコートは毛皮そのものを継ぎ接ぎして仕立てている様だ。

羊毛のみで織られたコートでは無い辺りに、少しばかり技術が足りないのが伺える。

しかし、毛皮で作られたコートは冬場の外作業する人間には有難い!

お袋さんは早速エヴァンからコートを受け取って身に纏った。

「まぁ暖かいっ」

とても嬉しそうにきゃぴきゃぴと、はしゃぐお袋さん。

その調子でお袋さんは親父さんの肩にコートを掛けた。

「はいネッド。暖かいでしょう?」

「あぁ。流石にこれ着てりゃ、外でもそれほど寒く無いな」

「ふふっ。ねーっ」

どうもお袋さんが一番、喜んでいる様に見える。

新しい服を着られて嬉しい様だ。

うーん…流石に今は縫製までは手が回らないんだよなぁ。

その内、エヴァンに服でも仕入れておいて貰う事にするかな。

「はい。テオも」

そう言ってお袋さんは僕にもコートを掛けた。

ちゃんと子供用の大きさだ。ただ、結構大きい。

これは暫く着ていられる様に配慮してくれたのだろうか?

僕はきちんと着るために袖を通した。やはり大きめだ。

念入りに毛皮を洗ったのだろうか?それほど獣臭くはない。

そうしてコートの状態を確かめていると…。

「きゃーっ!テオ可愛いっ」

「ぐぇっ」

興奮したお袋さんに思いきり抱きしめられて首が締まった。

「羊さんみたいよぉっ」

…そりゃあ毛皮羽織ってるんだから、そうでしょうよ。

それより放してほしい。息が…っ。

「その位にして放してやれ。テオが絞まるぞ」

見兼ねた親父さんが呆れ気味にお袋さんに声をかける。

しかし、お袋さんはまだ解放してくれない。

それどころか、不満そうに口を尖らせる。

「えぇ?こんなに可愛いのに…」

「その羊が可愛いのは認めるが絞める必要はないだろ。もう毛皮になってんだから」

「やだネッドったら!例えが物騒よっ」

「今のお前の方が物騒だろ…」

夫婦漫才を繰り広げた最後になって、僕はようやっと解放された。

助かった。もう少しで賽の河原で石を積み上げる所だった。

ともかく、パーカーの手土産は有難く受け取ることにした。

残念ながら、ミラー家の分しか用意して来てこなかったらしく、村人全員にと言う訳にはいかなかった。

まぁ、よく外出する人間が着れば問題はない。

ミラー家にと貰った大人用の一着をウィルソンに渡す事にしよう。

しかし、大人用2着に子供用1着でも、結構な出費をしたのでは無かろうか?

随分と思い切った出費をして、手土産を持って来たものである。

僕はそんな邪推をしたが、パーカーは好意で送ってくれたのだろうから、費用の事は聞かないでおいた。

その分、ウェルス村で暮らしていけるように、こちらが動けば良いのだ。




パーカーにはジョンたちが共同生活を送る家の近くの、一軒家に住んで貰うことにした。

事前に来る事を匂わせてくれていたため、迎える準備はバッチリ出来ている。

エヴァンの荷馬車を移動させて、パーカーの荷物を下ろす。

結構色々と持ち込んできた様で、持参金はパーカーの全財産だと言っていた。

それらから、余生をこのウェルスで過ごす覚悟がヒシヒシと伝わってくる。

パーカーの妻は早逝している上、店を息子2人に譲渡した後となった今となっては、グレイスフォレストに未練はないそうだ。

尤も、鍛冶場が無ければ作業が出来ないため、近日中にジョンたちにはまた頑張って貰う必要があるだろう。

「いやいや。人生の終わりに、こんな森の中で死ねるなら本望ですなぁ!もっと言えば、刀を抱いて死にたい!…ぐふふふっ」

家の中を見渡した後、そんなことを言って楽しそうに、嬉しそうに笑い声を上げる。

しかし、こんな辺境な村で余生を過ごそうなんて、パーカーも相当な物好きだ。

…いや、元からか?

それにしても、パーカーもジョンたちと似た様なことを言うのだな。

ジョンたちも森に囲まれたウェルスに来た事を意外にも喜んでいた。

深呼吸すると空気が美味いとか、何とか…。

やはりグレイスフォレストはウェルスが珍しく見えるほどの都会なのだろうか?

いずれは見に行きたいと思っていたが、今から様子を聞いておくのも悪くなさそうだ。

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