63.第8話 1部目 冬眠

ウェルス村は冬を迎えた。

住人が増えて初めての冬だ。

ジョンたちの活躍により、秋の間に鶏小屋と水車小屋が完成した。

現在、鶏小屋にはセイショクノケイの雄と雌、それぞれ1羽が入っている。

捕まえるのには苦労したが、若い男が4人も居れば何とかなるもので、お袋さんたちに作っておいて貰った、大きい麦藁籠も大活躍した。

ノケイたちには、麦とフスマとコンダイの葉を混ぜた飼料を与えている。

フスマとは麦を石臼で挽いた際に残る殻の事である。

水車小屋で石臼を回し、麦を挽く事が出来るようになった為、そこそこ栄養のある飼料が用意出来るようになったのだ。

あとは、麦粉で作れる料理もこれから増えていくだろう。

そのままの麦の状態から考えると、栄養分が減るが食の楽しみが増えるのは良い事である。

それだけ、仕事へのやる気が上がるのだから。

そして、卵や肉を量産してくれるノケイたちの世話は、もっぱら僕の役目だ。

お袋さんに任せると言う選択肢もあったにはあったが…。

いずれ食べる予定の家畜を育てると言う行為をお袋さんにやらせるのは、酷だろうと親父さんと相談した結果、僕が担う事になったのだ。

僕はと言うと、お陰様で言語理解能力の制御が出来るようになり、ノケイたちの声は聞かずに済んでいる。

緑丸くん様様である。

そんな緑丸くんだが、どうやら冬眠をして越冬するそうだ。

驚くべき事にキリキリムシの寿命は平均で何と10年!

僕が記憶しているカミキリムシの寿命を遥かに超える。

ただ、寿命が長い分、産卵数はカミキリムシほどではない様で、その辺りで均衡を保っているようだ。

ちなみに、セイショクノケイの寿命は更に長くて、20年以上は生きるそうだ。

この世界の生き物は何故、軒並み長寿なんだろうと言う疑問に、親父さん曰く、体内魔力量の差によるものなのだと教えてくれた。

しかし、その魔力とやらがよく分かっていない僕からすれば、謎は謎のままだ。

魔法を使うと魔力を消費すると言う仕組みは何となく理解しているが、それは体力とは別のものに当たるのか、それともこの世界では体力の事を魔力と呼ぶのか…謎である。

ともあれ、緑丸くんは体内に魔力があるため長生きをする。

しかし、長生きをするには冬眠で越冬した方が効率が良いとの事。

冬の間は食べるものが少なくなり生き残るには厳しい。

故に冬眠をして、冬をやり過ごすのだ。

「ー…冬眠かぁ」

地面を掘って冬眠場所を確保する緑丸くんの横で僕は呟いた。

ただ、それだけの事だったのだが、何やら緑丸くんの癇に障ったらしく、穴から飛び出して来た。

「俺様たちが冬眠する事に文句でもあんのか!?」

今世で初めて出来た友人ならぬ友虫が、冬眠すると言う状況を面白がっている所があるのは否定出来ない。

だが、それは同時に春まで緑丸くんと話す事は出来なくなると言う事で…実に寂しい。

「深い意味はないよ。寂しいなぁ…と思っただけで」

「俺様はせいせいするぜ!暫く、てめぇの顔を見なくて済むんだからな!」

「うん。緑丸くんなら、そう言うだろうと思ったよ」

「あんだと!?」

自分の考えを読まれたことが気にくわないのか、緑丸くんはぴょんぴょん飛び跳ねて怒りを露わにしている。

「あははっ。兎にも角にも、ゆっくり眠ると良いよ。この辺りの冬はそう長くないしね」

そう。温暖な気候が続くこの辺りでは、冬は短い。

緑丸くん達が眠っていられるのも、大体3ヶ月ほどと言った所だろう。

それ以降は、また活動しなければならない事を考えると、今の内にゆっくり休んでおく事は必要なはずだ。

「ふんっ。てめぇは精々死なねぇように足掻いてろ!」

つっけんどんな態度ながら、その言葉は決して悪くは聞こえなかった。

「意外だなぁ。心配してくれるなんて」

「はぁ!?誰が誰をだぁ!?寝惚けた事言ってんじゃねぇぞ!!」

「そうだねぇ。人は冬眠しないしねぇ」

「上手い事言ったつもりか!?あぁ!?」

…と言うやり取りをした後で、緑丸くんは悪態をつきながら地面に潜っていった。

緑丸くんが潜った地面はミラー宅の裏庭の一部である。

僕は緑丸くんが潜った辺りの、周りの地面に木の枝を差し込み、その上に麦藁で編んだ被せ物を置いた。

これは、緑丸くんの寒さを凌ぐためというよりは、緑丸くんの冬眠を邪魔しない様に結界を張ったのである。

こうしておけば、上を通る事はない。

あとは、親父さんやお袋さん、ジョンたちに申し送りしておけば良いだろう。

他のキリキリムシとは段違いの扱いである事は自覚しているが、僕にとって緑丸くんは友である。

友の睡眠をなるべく守りたいと思うのは僕のエゴだ。

春に起きてきた緑丸くんが、この結界を見たらどんな反応をするか…。

考えるだけで今から春が楽しみになる。

きっと、余計な事するな!とばかりに怒るんだろうなぁ。

1人でクスクス笑いながら、僕は帰路につく。

冬の先に待つ、友が目覚める春を思い描きながら…。

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