61.第7話 6部目 テオの甘え方

全工程を終えて、僕は親父さんにナイフを手渡し、確認して貰った。

「どうかな?」

「…お前が刃物を研げる事に驚けば良いのか、ナイフの刃が輝いてる事に驚けば良いのか、どっちだ?」

「うーん…どっちもかな?」

と、何だかんだと言い合いながら分かったのは、親父さんとしては申し分ない出来になったらしいと言う事だ。

その後、親父さんは近くの木から葉っぱを数枚採り、ナイフで切った。

すんなり切れていく葉っぱを見て、目の錯覚じゃないかと疑っている様だった。

ともかく、これで僕たちは砥石を手に入れることが出来たのだ。

それも上質な天然砥石だ。

山肌を見る限り、まだまだモンリュウセキやエイザアンセキなどと言った、砥石向けの岩はゴロゴロある。

暫くはこれで刃物を研いでいける。

その暫くと言うのは、恐らく僕が今世で死んだ後も続くと思われる。

だが、それすらも無くなったら、この世界では刃物を使えなくなるのだろう。

この世界の何処かで人造砥石の製造を始めていると思いたいものだ。


砥石を持って帰って来た僕と親父さんを見て、ジョンたちは目を剥いて驚いた。

聞いた所によると砥石の値段は市場価格で銀貨1枚からが普通との事。

大きさにバラつきがあるため正確な値段はその時々によるらしいが、僕たちが拾って来た砥石は1つ辺り銀貨1枚を優に超えるらしい。

下手をすれば、1つで銀貨2枚相当になるとか。

それを聞いた僕は、砥石だけで一財を成せそうだと思ったが、世界的に見ても数が少なくなっている砥石を、そう易々と市場に出すわけにはいかない。

市場荒らしになる事もさることながら、貴重な資源を急速に消費する行動は控えるべきだ。

人造砥石が作られる様になったなら、また話は別なのだが…。

その後、ジョンたちは僕と親父さんが拾って来た砥石を使って、ノミを研いだ。

そして更に、石に穿ったり、木に穿つ事で切れ味を確認していた。

研ぐ前よりも断然切れやすくなったノミを見て、ジョンたちは更に驚きと喜びの声を上げる。

これで、更に小屋建設への意欲が上がったようで、ジョンたちは代わる代わる親父さんに礼を言っていた。

言われる親父さんは複雑そうではあったが、とりあえず砥石の問題は解決したようだ。

ノミはジョンたちの分として3本、作成予定だ。

昨日で1本。今日で1本作られたから、明日で3本揃うだろう。

そうしたら、小屋建設を再開させる。

僕もそろそろ、日干しレンガを用意し始めなければならないな。




その晩。

遠征で疲れ果てたテオは、ぐっすりと眠りについた。

顔からは満足感が滲み出ており、それを見たアメリアは嬉しそうに微笑む。

しかし、対照的にネッドはここ最近落ち込む事が増えていた。

「ネッド。また難しい顔になってるわ」

心配したアメリアはネッドの顔を両手で包んで言った。

「…難しい顔くらいさせろ。息子の手柄を横取りしてる気分で最悪なんだ」

投げやりに言うネッドからは強い罪悪感が伝わってくる。

テオに任された事を成し遂げて、自信を取り戻そうと気張ったものの、次から次へとテオは新しいことを成していく。

悩まないでいろと言う方が難題だ。

そんなネッドをアメリアは何とか元気付けようと微笑んでみせた。

「テオはそんな風には思ってないわよ。あの子の満足そうな寝顔、見てみて。貴方や、ジョンたちの力になれて喜んでるのよ?」

そう言われたネッドは、また複雑そうな顔をしてアメリアの手に自分の手を重ねた。

「あいつが満足してるとしても、これまでの殆どの功績はあいつの手によるものだ。なのに、その功績が全て俺のものになるなんて…納得できん」

まるでテオを良いように利用して、自分だけ甘い汁を啜っているような感覚に、ネッドは嫌悪感が募るばかりなのだ。

テオはもっと評価されるべきなのに。

苦悩するネッドにアメリアは言う。

「…それも、あの子が望んでる事なんじゃないかしら?」

「何?」

「どうしたって、あの子はまだ子供よ?でも、中身は多分、私たちよりずっと年上だわ。そんな子が目立つ真似をしたがらないのには、きっと理由があるのよ。貴方を隠れ蓑にする事で、あの子は安心して知恵を絞れるんじゃないかしら?」

アメリアの見解を聞き、ネッドは何処かストンと腑に落ちた。

新参者であるジョンがネッドを敬うようになったのは、テオの設計図があってこそだ。

しかし、テオはそれを自分が描いたとは決して言わない。

あえてネッドの手柄であると見せかけて、自分に注意が向かない様にしているのだ。

つまり、ネッドはテオに良い様に使われていると言う事になる。

その事に気がつかされたネッドは急に可笑しくなって、笑いが込み上げて来た。

「くくっ…あいつ、何処まで嫌味な奴なんだ」

我が息子ながら腹が立つ事この上ない。

しかし、見方を変えればそれも悪い事ではない。

「ふふっ。でも、あの子なりに甘えてくれているんだと、私は思うわ」

そう。テオがネッドを信用し甘えているからこそ、自らの功績をネッドに譲渡しても良いと思っての行動だと思えば、可愛いものである。

「あぁ…随分と回りクドイ甘え方だがな」

「それもあの子ならではよ?だから、腐らずにこれからも甘えさせてあげて?」

それはつまり、これからもテオが成す事を、ネッドが成した事だと認知される様に立ち回れと言う事だ。

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