60.第7話 5部目 天然砥石
翌日。
2時間ばかりを歩き、僕と親父さんは三度目の大山到着を果たした。
山の麓にある滝壺まで行き、疲れた足を癒しながらお昼休憩を取った。
今回のお弁当は麦飯握りと、燻製肉である。以前よりも品数が増えた事に喜びを感じる。
いつもより美味しく感じるお昼を食べ終えて暫くしてから、僕は砥石を探し始めた。
第一の目標は荒砥、中砥と似た荒さのある石。
そして、第二の目標として仕上げ砥石として使える細かい目の石である。
荒砥は刃が欠けたときに整えるために使用して、中砥は普段使用するために用意したい。
仕上砥石は、文字通り研いだ刃を更にきめ細やかにするための仕上げに使う。
この中で最も見つけておきたいのは中砥である。
普段から中砥で研いでいれば、長期間刃こぼれせずに持つからだ。
しかし、不慮の事で刃が欠けてしまった場合には、荒砥があった方が便利であることから、荒砥も見つけておきたい。
故に、仕上げ砥石は二の次になるのだ。
僕は山の表面に転がっている石の中から、3つの岩石を手に取った。
全て白っぽい石ばかりだ。
鑑定眼で見ると、モンリュウセキ、ザアンセキ、エイザアンセキと読めた。
名前と見た目から、流紋岩、安山岩、石英安山岩と同じものであると思われる。
僕はここで一安心した。目星をつけていた、流紋岩と同じと思われるモンリュウセキを見つけたからだ。
流紋岩とは石英を多く含む火山岩であり、砥石として使いやすい石である。
粘土や石灰分も多く含まれるため、粘り気が高く研ぎやすいのだ。
モンリュウセキが同じであるなら、これを砥石として使う事が可能だろう。
そして安山岩と石英安山岩も、流紋岩と同じで石英を含み、粘り気がある石だ。
この2つと同じと思われるザアンセキとエイザアンセキも、砥石に使える筈。
標高の高い大山だからこそ、こうした石が溶岩から出来上がったのだろう。
年月をかけて、山の麓まで降りて来ていたのには助かった。
さて、これら3つの内、どれが荒砥と中砥になるかと言うと…。
僕の予想ではモンリュウセキが荒砥。エイザアンセキが中砥。
ザアンセキが中砥、または仕上げ砥石として使えると思う。
石英が多く含まれているだけあって、モンリュウセキの硬度は高い。
高い故に刃物を研ぐ時も抵抗感がある筈だ。その抵抗感が荒砥の特徴で有る。
尤も、これよりも硬度が高い石は有るだろう。
しかし、火山岩と言う条件が加わると難しくなってくる。
深成岩であるならもっと違う岩もあるが、地下深くのマグマ溜り付近にあるものを取りに行くのは難しい。
故に、火山岩の中から砥石を見つけた方が早いのだ。
さて、問題の研ぎ具合だが…。
こればかりは実際に研いでみない事には分からない。
僕は親父さんに頼んで、3つの石を真っ二つに割って貰う事にした。
「離れてろ」
「うん。父ちゃんも気を付けてね」
割った拍子に石の破片が飛び散る可能性が高いため、僕は遠くから見守る事になった。
まず親父さんはモンリュウセキを割ろうと試みる。
足で固定して、親父さんは思い切り金槌を振り下ろす!
ガキンと言う音と共に、少し破片が辺りに飛び散った。
幸いな事に親父さんに影響は出なかったようだ。
モンリュウセキを覗き込む親父さんに、僕は小走りで近づく。
「どう?」
「あぁ。割れてるぞ」
そう言って、親父さんは割れた片方を持ち上げた。
中身を見てみると流紋岩と同様に、水が流れる様な見た目の層で出来ている。
それを確認した後で親父さんに続けて、残り2つの石も割って貰った。
何事もなく割り終わり、僕たちは割った石を持って川辺へ向かう。
3つある割れた石の割れ目を上にして、順番に横に並べる。
そして、川から手で水を掬い、まずはモンリュウセキに水を掛けた。
表面が濡れた事でより流紋が分かる。
僕は親父さんが普段から使っているナイフを、モンリュウセキで研ぎ始める。
すると、研ぐ先から滑り気のある石灰が水に溶け出し始めた。
多少引っかかりは感じるが、石灰のお陰で研ぎやすく、暫くナイフを研ぎ続けた。
そして、頃合いを見計らってナイフに水を掛けて、刃の状態を確かめる。
少し粗が見える。だが、荒砥としての役目を果たすには十分だろう。
次にエイザアンセキを使ってナイフを研ぐ。
これもモンリュウセキと同じで、石灰が水に溶け出している。
ただ、モンリュウセキよりは硬度が低い様で、先ほどよりも抵抗感はない。
それはつまり、より細かく刃が研げると言う事である。
ある程度まで研ぎ終わり、また水を掛けて出来栄えを確認。
先ほどよりも粗が目立たなくなっている。やはりエイザアンセキは中砥に向いてるだろう。
最後にザアンセキ。
これは、前者の2つと比べると粘り気は少ないし、もっと柔らかく感じる。
そして仕上げ砥石に向いていると判断出来るほど、綺麗に研げたのだ。
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