55. 第6話 8部目 設計図

翌日。

表面が大体乾いた固形墨を1つ手に取り、土を整形して乾かしただけの皿に水を張り、固形墨を溶かして水墨を作った。

そして、セイショクノケイの大きい羽の先端をナイフで削り、羽ペンを作成した。

いよいよ、これで僕がやりたかった事が出来る!

羊皮紙を前に少し考えた後、僕は羊皮紙にペンを迷いなく滑らせた。

物差しはない状態だが、とりあえず見て分かれば良い程度に設計図を描いていく。

久々の感覚に緊張感と共にワクワクしてくる。

暫く机に向かって居た僕だったが、遂に設計図を書き終わり息を吐いた。

「描けた…!あぁ、良かった。半世紀ぶりに描くもんだから緊張した…」

無意識に体に力が入って居たらしく、肩こりらしい重みを感じた。

ぐるぐると両肩を回し体制を整える。

墨が乾くのを見計らって、裏庭で燻製を作っている親父さんの元へ設計図を持っていく。

「父ちゃん!これ、ジョンさん達と作ってくれないかな?」

「あ?…何だこれ?」

僕から手渡された設計図を見て、親父さんは怪訝そうな顔をする。

「たたら場をやる前に、川の側に小屋を建てて欲しいんだ。これはその設計図」

「…はぁ!?設計図だぁ!?」

うむ。やはり驚かれたか。

もしや、こうなるのでは無いかと思っていたら案の定だった。

僕は親父さんが手に持っている設計図を指差しながら説明する。

「これは、宮造りって言って…」

「ミヤヅクリ?」

ううん。やはり伝わらないか。

そもそも、この世界の建築様式は土壁や藁葺きが基本の様だし、木組み自体が珍しいのかもしれない。

「えぇっと…神様が住まわれる家を建てる時と同じ手法なんだけど…」

「何!?お前、前世では神に仕えてたのか!?」

言う事全てに食いつかれて設計図の説明が進まないなぁ。

しかし、誤解は解いておかなければ。

「ううん。神様に仕える人から依頼されて、社を建てる仕事をしてただけだよ」

「…聞く度にお前が分からなくなってくるな…」

親父さんの言う事は分からないでも無いが、今回に関しては形容して貰いたい。

僕としてはようやっと本業を成せる事に喜びを感じているのだから。

それから、僕は改めて設計図を見つつ、宮造りについて親父さんに説明した。

宮造りとは釘などを一切使わず、木を組み合わせて出来た建物の事である。

神社や古い日本建築に用いられている建築手法であり、雨水などで釘が錆び木が腐るのを防止出来るものだ。

宮造りで建てられた神社などは、100年ほど持つと言われ、それ以降は同じ手法で立替えるなどの方法が取られる。

そして、今回僕が描いた設計図も宮造りが基本となっており、木材に穴を空けたり、凹みを作ったりして組み上げていくつもりだ。

現状で木をくり抜くのは容易では無いが、倒壊しにくい建物を作るには、やはり木組みなどをして基礎を作ってしまう方が丈夫に仕上がる。

しかし、壁材には長方形に固めた粘土を使いたいと考えている。

全てを木造りにするのは、火を扱うたたら場の側の建物としては不安が多い。

本当ならば、鉄筋を使い建物の基礎を組み上げたい所である。

なので、壁材には焼きレンガか日干しレンガを使いたい。

型は木材で、宮造りと同じ様な形式で作る予定だ。

焼きレンガにするか、日干しレンガにするかで迷う所だが、そこはジョンたちとも相談して決めたい。

焼きレンガにするなら、別に炉を作らなければならないからだ。

僕としては焼いてしまいたいと思っている。いつ雨が降るかも分からないし、日干ししただけだとやはり脆いからだ。

しかし、最初から焼きレンガにする必要もない。

焼きレンガの方が良いとなったら、壁だけ取り壊してしまえば良いのだから。

後は、レンガ同士を繋ぐための素材だが…。

これには、粘土ではなく灰と土を水で混ぜた、所謂モルタルを使うつもりだ。

石灰ではなく、枯れ草などを燃やした灰を使う辺りが少し違う。

屋根材は藁葺きでも良いだろう。ただ、それをするには屋根の部分に、一度縄で網を張る必要がある。

その網の上に藁を敷き詰めれば、大体の雨は凌げるはずだ。

どうしても不安なら、薄くした木の板を乗せるしか無いが…。

手間暇が余計にかかるため、今の所は藁葺きにしておきたい。

どうせ、実際にたたら場を展開する場所は別に設けるのだし、藁葺き屋根でも大丈夫だろう。

「ー…と、言うわけで明日から作業に取り掛かれないかな」

「これをジョンたちにやらせるって事だな?」

説明を聞いた親父さんは僕の言わんとする事を理解してくれたらしい。

若い男が3人も居れば、木を伐採し、加工して小屋を建てる事だって出来る!

時間はそれなりに掛かるだろうが、快適にたたら場を運用するには小屋は不可欠だろう。

「うん。ついでに川に通じる道を確保したいから、川に向かって木を伐採すれば良いんじゃ無いかな」

「そこまでやるか…」

僕の提案を聞いて親父さんは呆れ気味に溜息を吐いた。

やることの多さに辟易してしまっただろうか?

「まぁ、村に住むって決めたんなら扱き使ってなんぼだな」

そう言って、親父さんはにやりと人が悪い笑顔を浮かべた。

こうして親父さんが人の上に立つ人材として成長してくれれば、僕としては嬉しい。

ウェルス村を復興させ、発展させていくには指導者と言う存在は必要になるはずだ。

そして、それは僕では無い。親父さんがなってこそ相応しい。

その為にも僕は影で親父さんを支え、日々を過ごして行くだけである。

いつか来る僕の旅立ちに備えて…。


第6話 完

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