54. 第6話 7部目 匠の魂
渡された手紙を見て、親父さんは眉を潜めていく。
「……本気か?あのおっさん…」
「少なくとも、こういう事で冗談を言う人ではないです」
呆れた様子の親父さんに、苦笑するジョン。
一体、パーカーからの手紙に何が書かれて居たのか?
気になった僕は親父さんにせがんで、見せて貰う事にした。
「ねぇ、父ちゃん。僕も見たいっ」
「あ?あぁ…読めるか?」
エヴァン達が居る手前、子供らしく居ようと気を使ったのだが、親父さんはそれに違和感を覚えるらしく複雑そうだった。
親父さんから貰ったパーカーの手紙に目を通し、僕は朗読する。
「”おれも そっちにいく”…”2ヶ月 まて”……」
…んん?
何だろう。この手紙。理解が追いつかない。
「テオくん、凄いなぁ!もう文字が読めるの?」
感心するようにジョンが言った。
どうやら、読み違えては居ないようだ。
と言う事は…。
「えっと…パーカーさんも…ウェルスに来るの…?」
怖ず怖ずと親父さんに確認すると、親父さんは溜息を吐いた。
「そのつもりらしいな…」
「はい。父さんは、兄達に店を譲渡したら、こちらに移住するつもりのようです。ただ、それには2ヶ月は掛かるようので、僕たちは先に来ました」
ジョンは苦笑しながら、更に説明を加えた。
何てこった。
あのパーカーもウェルス村に住みたいと言っているのか!
最初の取引の内容以上の成果ではないか。
工具を作れる人材が移住して来るなんて、とんでもない事だ。
鉄があって、木材があって、職人がいれば…もう工具を買う必要がなくなる。
玉鋼は、パーカーの心をそこまで動かしてしまったのか。
恐るべし刀匠魂。
その後、親父さんはジョンたちを一時的に住まわせる家へ案内した。
所々修繕が必要だったが、ジョンたちは気にしない様子だったそうだ。
自分たちで修繕する事位は出来るのだろう。
ともかく、ウェルス村に新しい住人が出来たのだ!
尤も、彼らには製鉄をすると言う目的がある。
それを叶えるためにも、僕たちは動かなければならない。
僕は親父さんに頼んで、エヴァンから羊皮紙と蝋燭を買って貰った。
ジョンが親父さんに手渡した羊皮紙を見て、エヴァンから買える事に気がついたのだ。
しかし、羊皮紙は高かった。
横20cm縦30cmの、大体A4位の大きさの羊皮紙1枚が、銅貨28枚なのだ。
そして、蝋燭も馬鹿にはならない。
獣脂で作られた蝋燭が1本で銅貨15枚なのだ。
しかし、僕は羊皮紙を3枚に蝋燭を2本買って貰うように親父さんに頼み込んだ。
今世で初めての親へのねだりをするのは新鮮だったが、親父さんは困った様子を見せながらも受け入れてくれた。
合計で銀貨1枚に銅貨14枚と…大出費だ。
麦藁帽子と籠を売った時の金の殆どが出て行った形である。
エヴァンに麦藁帽子と籠を新たに買い取って貰いたかったが、籠はともかく帽子は季節外れで、やはり殆ど売れなかったらしい。
籠に至っても、もっと良い籠が出回って居て、物好きが1個、2個買う程度で在庫があるんだとか…。
それでは、売り付ける訳にいかないと観念して、僕たちはエヴァンから羊皮紙と蝋燭を買うだけに留めたのであった。
購入後、早速ジョンの魔法で蝋燭に火を付けて貰った。
エヴァンの見送りに来て居たのだ。そして、ジョンは元素魔法に適性があるらしい。
獣脂で作られてるだけあって、火をつける前からかなり獣臭かった。
こっそり、親父さんが「腹減るな…」と言っていたのが聞こえる。
僕は、エヴァンにも買い取って貰えなかった普通の鉄の板を、蝋燭の火の上に翳す。
鉄を炙っているように見えるが、それは違う。
これは、墨になる煤を固形化しているのだ。
蝋燭の炎の赤い部分には炭素が含まれており、
これを採取する為に燃えない鉄や石を炙って、煤を出させているのだ。
うん。確か、そうだったはず。
そもそも、蝋燭の火が赤いのも炭素と酵素が反応してのことであって、本来は青い火が普通…なんだったかな。
うーん。半世紀以上前に教わった事だと、流石に記憶も朧げだな。
「また妙な事を…」
と、親父さんが理解しがたいと言いたげに呟く。
鉄板の火が当たって居た部分に煤が出来、これを定期的に落として採取する。
こうして煤を適量集めて、蝋燭の火を消す。
次に、今日親父さんが狩ってきたセイショクノケイの骨を煮詰めた液体を別の容器に入れ、湯煎しつつ煤を入れていく。
これは、骨からコラーゲンを無理やり抽出した物で、所謂ゼラチンである。
抽出具合が甘いため、恐らくそんなに固まらないと思うが、急場凌ぎとしてはこれで良い。
本当は香料を加えたいところだが…燻製の時と同じで無いものは仕方がないので、臭いは気にしない事にする。
煤を加えながら生地を練るのだが、これが結構大変な作業である。
「ふへー…」
一旦、手を止め額から流れる汗を拭った。
すると、親父さんが笑いを堪える様子を見せる。
どうしたのだろうか?
「父ちゃん?」
「っ…おい…黒くなってるぞ…くくっ」
そう言って、親父さんは僕の額に指の腹を付けた。
そして、その指の腹も黒くなってしまっている。
「あー…手が黒いから、移っちゃった」
これ、落とすの結構大変なんだよなぁ。
「くくっ……貸せ、俺がやってやる」
親父さんは相変わらず笑いを堪えているが、もう遅い。
面白がられているのは十分に伝わっている。
親父さんも額に汗かいて、拭って見れば良いのだ。あっという間に黒くなるから。
その後、僕たちは代わる代わるに墨を練った。
大体、煤が馴染んで来た辺りで、いくつかに取り分けで固形墨を作る。
これを半年ほど乾かすと本当に完成するのだが…。
そんな時間は惜しいので、とりあえず表面を乾かす程度にしておくつもりだ。
整形し終わった固形墨を木材の上に並べて、外に放置する作業まで終えて僕たちは一息吐く。
そして、2人揃って真っ黒になった姿を、帰宅したお袋さんに見られて、大いに笑われる事になるのは別の話である。
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