53. 第6話 6部目 朗報

僕は少し、気が引き締まった。

「うん…。慌てても仕方ないしね。気長に待つよ」

「…ふんっ」

緑丸くんが威張るように鼻を鳴らす。

と、同時に家の表の方から人の声が聞こえて来た。

「…何だろう?」

言っている内容は聞き取れなかったため、僕は怪訝に思った。

「あのウィルソンとかって言う奴じゃねぇの?」

「そうなのかな?」

緑丸くんの予想を聞き、僕は立ち上がる体制を取った。

すると、緑丸くんが僕の頭にひとっ飛びに乗ってくる。

どうやら、僕と一緒に客人を見に行きたいらしい。

僕は少し嬉しく思いながら、小走りで家の玄関の方に向かった。

家の玄関が近くなってくると、聞き覚えのある声で人を呼んでいるのが聞こえた。

「ー…旦那さーん。奥さーん」

「何だ。エヴァンとかって言う物売りじゃねぇか」

人の声を聞いた瞬間に、緑丸くんはつまらなさそうに言った。

いや、何故エヴァンがまたウェルスに居るんだ?

「おっ。坊ちゃん」

エヴァンは家の影から現れた僕を認識して声をかけて来た。

「…父ちゃんと母ちゃんは居ないけど」

「ありゃ、そうなのかい。うーん…どうしたもんかな」

2人が不在である事を伝えると、エヴァンは困った様子で頭を掻いた。

すると…。

「待つしかなさそうですね」

「!!。ジョ、ジョンさん!?」

荷馬車から降りて来た人物を見て僕は驚きの声を上げた。

つい1週間前にウェルスを訪れて来た、パーカーの息子であるジョンがそこに居たのだ。

「テオくん…だっけ?よく俺の名前覚えてたね。偉い偉い」

そう言ってジョンは僕の頭に手を伸ばそうとした。

まずい!今、僕の頭には緑丸くんが…!

僕は慌てて、緑丸くんを隠すように頭を手で覆った。

「撫でようとしただけなんだけど…」

叩かれると思って防御体制を取ったのだと思われてしまったようだ。

「あっ、いや、その違うんです!今、僕の頭には緑丸くんが居て…!」

「ミドリマルくん?」

不思議そうに頭を傾げるジョンさん。

どう説明したものか…と悩んでいると、手の平に痛みが走った。

「痛っ!」

僕は反射的に手を頭から離してしまった。

すると、その隙間から緑丸くんは飛び出して行ってしまったのだ。

どうやら緑丸くんに噛まれたらしい。

手で覆われて視界を奪われたのが気に食わなかったのかもしれない。

その後、緑丸くんが戻ってくる事はなかった事を考えると、怒らせてしまったのは確定のようだ。

緑丸くんに噛まれた手の平に小さい咬み傷が出来ており、薄っすらと血が滲んでいる。

「あちゃ、血が出てる…」

僕の手の平を見てジョンさんがそう言ったのを聞きつけ、エヴァンが寄って来た。

「どれどれ、わたしが治してあげよう」

「え!?こ、これくらい何とも…」

と言っている間に、エヴァンは僕の傷をあっという間に治してしまった。

この程度の傷、ツバつけとけば治ると言うのに…。

「はい。治ったよ、坊ちゃん」

「あ、うん…ありがとう」

しかし、傷を治して貰った手前、文句を言うことも出来ず僕は無難にお礼を言った。

そんなこんなとしながら、僕はエヴァンとジョン、それから若い男2人を家に招待する。

親父さんとお袋さんが帰って来るまでの間、待って居て貰う事にしたのだ。

お袋さんはいつも通り村の年寄り達の家を巡回していて、親父さんは狩猟に行っている。

どちらもいつ頃、帰って来るかは分からない状況だ。

子供の僕に用件を話してくれるか不安だったが、2人が帰って来るまでには時間がかかるため、僕はエヴァンに今日の訪問の理由を聞く。

「ねぇ、エヴァンは何しに来たの?」

「ん?あぁ、わたしはねぇ、この人たちを運びに来たんだよ」

そう言って、エヴァンはジョンの肩にポンと手を置いた。

「ジョンさん達を?」

「そう。パーカーさんに頼まれてね」

エヴァンの答えを聞いた僕は胸が高鳴った。

まさか、これは…!

「も、もしかして…この村に住んでくれるの…?」

動揺を隠せないまま、僕はジョン本人に尋ねた。

すると、ジョンは僕の頭に手を置き笑って答える。

「うん。1週間前に、君のお父さんと僕の父さんが話してた事を実現しに来たんだ」

「…っ!」

今にも叫び出したい程の喜びが僕を包み込んだ。

やっと…やっと、この村に新しい住人が増えるんだ…!

目の前に、希望の光に満ち溢れる感覚。

僕は親父さんとお袋さんに早く帰って来てほしいと願う。

早く、この喜びを共有したい!

そう思い、そわそわしながら僕は親父さん達の帰りを待つ。

そんな僕を微笑ましそうに、エヴァンとジョンが見て居たのに気がつくのは、親父さんが帰って来てからであった。

そして、帰宅した親父さんはエヴァン達を見て、驚きの声あげる。

真っ先に僕がジョン達が村に住んでくれる事を伝えると、親父さんは詳しい説明をエヴァンとジョンに求めた。

パーカーが取引の条件を受け入れたため、ジョンと弟子2人をウェルス村に送り込んだのだとジョンが説明。

これを聞いた親父さんは怪訝そうな顔で口を開く。

「話は分かったが…お前は良いのか?工房を離れちまって」

パーカーの息子であるなら、ジョンも当然工房勤めになるのだろうと親父さんは思ったらしい。

親父さんの質問にジョンは笑って答えた。

「大丈夫ですよ。工房で僕は雑用しかしてませんでしたから、むしろ仕事が貰えて嬉しいです」

頼もしい言葉が帰って来て僕は益々嬉しくなった。

すると、ジョンが何かを思い出したらしく、懐から何かを取り出す。

「そうそう。これ、父さんからの伝言です」

そう言って、ジョンが親父さんに手渡したのは、文字が書かれた羊皮紙だった。

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