52. 第6話 5部目 条件

「…人か?」

導き出した答えが正解かを親父さんは僕に尋ねた。

出された答えに満足した僕は笑って応える。

「うん。今のウェルスに圧倒的に足りないのは人材だね」

食料事情は改善に向かって走り出しているし、現状では金の問題もさほどの事ではない。

最低限の必要な道具は大分前に買い揃えたし、今後は必要な時に揃えられる様に金を貯めていけば良い。

しかし、働ける人材だけはどうしようもないのだ。

隣町であるグレイスフォレストからの移住を待つ他ないのが現状だ。

そうなるには、もっと時間が掛かるだろうと僕は踏んでいた。

だが、今回の交渉の中で人材を寄越して欲しいと言えば、ウェルスにおける人材不足が少しは解消する筈。

いきなり何十人も迎え入れたのでは本末転倒であるため、最大3人が限度だが…それでも今よりはマシな状態になるだろう。

その為、パーカーには製鉄をするだけの暇と人材が居ない事を説明し、製鉄するだけの人材を寄越して欲しいと話す。

実際に、現在は冬越えの準備で村全体が忙しくなっていて余裕がない。

それから、玉鋼の値上げを実施する。

パーカーの話から察するに、現在玉鋼を作れるのはウェルスしかない。

であるならば、玉鋼は希少だ。

そんな希少な玉鋼を1kg辺り銅貨40枚で売るのは、市場を荒らしかねない。

何より下手に安上がりで済ませるのは双方にとって良くない結果を招く。

そのため、今後玉鋼は1kg辺り通常銀貨1枚以上で売る事にすると言いつつ、パーカーにだけ銅貨80枚で下ろすと約束する。

これは僕が予想していた本来の玉鋼の価値である。

「ー…そう言う訳で、あんたからの提案は受け入れられない。その代わり、今言った内容で考えてみてくれ」

話し合いで結論を出した僕たちは、パーカー達に交渉の内容を変更したい旨と、その内容を話した。

人を寄越すなら製鉄は出来る。だが、玉鋼の値段は上げる。

簡単に言うと、この様な内容なのだが…果たしてパーカーは受け入れてくれるだろうか?

「……」

説明を聞いたパーカーは来た時とは打って変わり、まるきり静かになってしまった。

無言のまま固まってしまっているパーカーを見かねて、ジョンが口を開く。

「町に帰って検討する事にします。今日はありがとうございました」

礼儀正しく頭を下げて礼を言うジョン。

ジョンほどの若い男がウェルスに来てくれるなら文句はないんだけどなぁ。

だがパーカーの様子から見るに交渉成立に至るには絶望的だ。

「…あぁ。気ぃつけて帰れよ」

「はい。…ほら、帰るよ。父さん」

ジョンに促されて、パーカーはエヴァンの荷馬車に乗り込む。

後からジョンも乗り込み、2人の姿は見えなくなった。

「いやぁ、お騒がせしました。でも、パーカーさんも、これで目が覚めたんじゃないかと思います」

スミス家の2人に代わり、エヴァンが話しかけてきた。

「あぁ…面白い話だとは思うけどな」

親父さんがぽろっと本音を零すのを聞きエヴァンは目を見張る。

「え!?止めて下さいよ、旦那さん!パーカーさんは工具屋であって、トウショーなんて言う、訳の分からない人じゃないんですから!」

刀匠を訳の分からないものだと言われて、内心でムッとしたが僕は親父さんの後ろに隠れる事で誤魔化す。

隠れた僕を気遣ってか、親父さんはエヴァンと話しながら僕の頭を撫でる。

「…まぁ、普通はそうだよな」

「えぇ、普通はそうですよ!パーカーさんはちょっと変なだけです。でも、今回の事で目が覚めて普通に戻るでしょう。…では、わたしたちはこれで…」

エヴァンの言葉を聞き、僕は言い知れぬ不快感を持った。

まるで普通で居る事が正しく、そこから少しでも外れると間違っているかの様な言い分だ。

…いや、普通ってなんだ?この世界における”普通”ってどう言う事を言うのだろうか?

もし、その普通が”夢を持たない人生”を指すのであれば、この世界では僕の存在は普通ではないのかもしれない。

いや、そもそも転生者である事自体が普通ではないのか。

「…安心しろ。俺たちも大概”変”だからな」

僕の考えを読み取ったか、親父さんはそんな事を言った。

親父さんに歩く様に促された僕は、とぼとぼと帰路を辿る。

”俺たち”とは誰の事を言っているんだろう。

親父さん自身の事と…お袋さんの事だろうか?

益々2人の謎と、この世界の価値観の違いに、悩みが深まっていくばかりだった。




「ー…で、音沙汰なしか」

1週間前に起きた出来事を僕から聞いて、緑丸くんは簡潔に言った。

僕は弓を引き絞りながら言葉を返す。

「うん。まぁ、生きていくだけで厳しい環境に好んで住む人が居たら、ウェルスはこうはなってないし…」

丸太を見据えて、矢を放つ。

しかし、矢は丸太の脇をすり抜け、地面に突き刺さってしまった。

まだまだ弓矢の扱いが甘いため、今日は1人で練習しようと思ったのだが…。

その事が気になって集中出来ないでいる。

僕は一旦、練習を切り上げて地面に座り込んだ。

「…とにかく。人が集まるのは、まだ当分先かな」

非常に残念ではあるが致し方ない。

玉鋼を安売りする事は出来ない上、道具を持て余すわけにもいかない。

ならば、これは当然の結果と言えよう。

人が集まったら、したい事は山ほどあるんだけどなぁ…。

「しけたツラしてんじゃねぇぞ!こんな村に人が来る事自体、ありえねぇんだから今更だろ!」

これは罵倒なのか、慰めなのか…。

何れにしても、少し落ち込み気味の僕を気にしての発言なのだろう。

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