48. 第6話 1部目 塩漬け

季節は秋へと移り変わった。

今年の麦の収穫は例年の3倍ほどになり、来年分も優に超えるほどの量となった。

夏の初めに植えたコンダイも無事に収穫できる様になり、僕たちは早速コンダイを食べられる様になった。

「ー…こんな事で良いの?」

僕の言う通りにコンダイを処理してくれたお袋さんは、不思議そうに出来上がりを見ている。

「うん、大丈夫。これで明日には食べられる様になってる筈だよ」

コンダイと言う名の変わった大根を一口大に切り、塩を揉み込んだ後、麦藁で作った手拭いの様な物で包み込み、木の板に置き、その上で大きめの石を乗せてある状態だ。

僕がお袋さんに頼んで作って貰ったのは、コンダイの塩漬けである。

冷蔵保存が利かない環境では、野菜や肉を塩漬けにして腐りにくくするのは当然だが、この塩漬けを作ったのには他にも理由があった。

「この作り方、村の年寄り達にも教えてあげてくれる?」

「これを?…分かったわ」

不思議そうに首を傾げながらも、お袋さんは了承してくれる。

食べるものの種類が増えていくのは良い傾向だ。

その中でも今一番、このコンダイの塩漬けを必要としているのは、この村の年寄り達だろう。

尤も、本人達は望んでいないため勝手に僕が必要だと思っている。

「…美味しいの?」

本当にこんなものが美味しいのか?と疑心暗鬼が篭った視線で訴えかけてくるお袋さん。

とは言っても、お袋さんも野菜の塩漬けくらいは食べた事があるだろうから、調理方法に馴染みがないために不安に思っているだけだろう。

「人によっては塩辛いかも…あ、でも、年寄り達には食べる時に一旦水で洗ってから食べてって言っておいてくれる?塩っ気取りすぎて、却って体に悪いかもしれない」

危ない。この塩漬けで年寄り達の足の痛みを改善しようと思っているのに、そのまま食べさせたら塩分過多で高血圧を招きかねないな。

十分に注意して貰わなければ…。

内心で焦っている僕の言葉を聞いて、お袋さんは疑問符を沢山浮かべる。

「??。そう、なの?」

美味しいか?と問われて、的外れな答えを出してしまったからか、お袋さんを更に不安がらせてしまった。

僕は慌てて訂正する。

「あ、でも、塩っ気を加減して食べれば、ちゃんと美味しいから大丈夫だよ」

勿論、人の好みによりけりだが。

「そう?テオがそう言うなら安心ね!」

しかし、お袋さんは僕の美味しいと言う言葉だけで信じ切ってしまったらしく、村の年寄り達に教えて回る事に張り切りを見せた。

どうにもお袋さん達は僕の一挙一動を盲信している節があるなぁ。

僕が転生者であるからなのか。身内の欲目からなのか。

はたまた2人が何も知らなさすぎるのが問題なのか…。

疑問は尽きないが、とりあえず子供の僕の言う事でも信じてくれる事は非常に有難い。

そのお陰で、この数ヶ月の間に大分ウェルスの状態は改善された様に思えるからだ。

この歳になるまで僕の言葉は非常にあやふやで、大人達には理解できないものだった事もあり、ウェルスの状況を改善したい思いは合っても、これまでは言葉の壁が邪魔していた。

僕には大人達の言葉は理解できたが、大人達が僕の言葉を理解できない状況だったのだ。

恐らく、僕は言語理解能力があるから大人達の言葉を理解出来て居たのだろうと、今になって思う。

しかし、僕が喋る言葉は大人達からすると、聞き慣れない言葉…舌ったらずな日本語だったのだろうと想像できた。

それでは会話が成り立つ筈がないのは当然だ。

…何故、こんな風に考える様になったかと言うと。

この前、緑丸くんとの実験で言語理解能力を発動する、しないを操作出来る様にした後の事だ。

僕は試しに言語理解能力を切った状態で、親父さんとお袋さんと会話しようと試みた。

すると、僅かながらに親父さんとお袋さんの言葉が理解出来ない程度で、普通に会話が成立したのだ。

更にその後で僕は意図的に日本語を喋る様にしてみた。

そしたら親父さんとお袋さんは僕を見て、怪訝な顔をしてみせたのだ。

直ぐに普段通り喋る様にしてみたら、2人にはちゃんと言っている事が伝わって居た。

これはつまり、僕の中の母国語がこちらの世界のものに成り代わったため、僕が普段喋る言葉も日本語ではなくなった。と言う事なのだろうと結論付けたのであった。

ともかく、僕は徐々にだが、この世界に馴染みつつあるらしい。

そして、僕はウェルスの状況改善の手段を大人達に伝えられる様になった。

しかし、僕の知る限りの知識を伝えられる様になっても、圧倒的に足りないものがある。

それらを村に呼び込めない事には、これ以降のウェルスの復興は遅々とし進まない。

だが僕はその未来を先に見据えながら、ただ走り続ければ良い。

きっとその先に僕の望むウェルスの姿があると信じて。

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