45. 第5話 8部目 麦藁帽子
そこには天日干ししている藁製の籠や帽子が、同じく藁製の筵の上に乗っていた。
「これは…?」
「今回、あんたに買い取って貰いたいもんだ。値付けは任せる」
前回同様、買取値段はエヴァンの言い値で取引するつもりである。
これら籠や帽子は村の年寄り達とお袋さんによる、2ヶ月の集大成だ。
「ま、任せると言われましても、これが一体何なのか…」
大量に作られた籠や帽子を目の前にエヴァンは困惑している様だ。
どうやら遠目で見ると正体がわからないらしい。
僕は売り込むためにも、一番近くにあった帽子を手にとってエヴァンの元まで持っていく。
帽子を持って来た僕を見て、エヴァンは不思議そうに首を傾げた。
「んん?坊ちゃん、何だい?」
「屈んで!」
「えぇ…?」
怪訝そうにしながらエヴァンは親父さんの顔色を確かめてから、屈んでくれた。
僕は麦藁帽子をエヴァンの頭に被せる。
すると…。
「お…?おぉ…?」
エヴァンは麦藁帽子の軽さと想像していなかった涼しさに驚いている様子を見せた。
「旦那さん…これは?」
まだ少し分かっていない様子でエヴァンは親父さんに尋ねた。
「麦藁で作った帽子だ。涼しいだろ」
「麦藁で…!?帽子…!?」
素材に驚き、帽子である事に驚いているエヴァン。
何故ここまで驚くのか?
それは、この世界における帽子の価値が関係している。
まず、基本として、帽子や靴などは革で作られている。
時折、毛皮を使った帽子や靴なども作られるそうだが、その手のものは総じて高く、更には帽子は庶民には不用の長物として扱われているそうだ。
何しろ、帽子そのものが高く、安くても銀貨1枚。つまり最低1万円から始まるものが殆どなのだとか。
この手の物は、貴族や金持ちが買うものであり、庶民は布を頭に被っていればそれで事足りるらしい。
靴に関しては、需要が高いため庶民にも買える安い靴があるとの事。
以上の事から、帽子は嗜好品であり日用品ではない事が分かる。
そのためエヴァンは驚いているのだ。嗜好品であるはずの帽子が、この寂れた村にある事に。
更には、それを麦藁で作ったと言うのだから、驚きも一入であっただろう。
「母ちゃんたちが作ったんだよ」
「なっ…!?お、奥さんが…?って…”たち”とは…?」
僕の言葉に更に驚きながら、疑問を口にするエヴァンに親父さんが答える。
「年寄りたちにも作らせたんだ」
「なんと!?」
淡々と答える親父さんに、一々驚くエヴァン。
まるで、少し前の僕と親父さんたちの会話を再現してるかの様だ。
麦藁で帽子が作れると知った時の親父さんとお袋さんの顔をエヴァンにも見せてやりたい。
何も驚いたのは君だけじゃないんだよ…と言って。
達観した思いで2人のやり取りを見ていると、急に視界が暗くなった。
「わぁ!?」
「ふふっ、涼しいだけじゃないのよ~。ほぉら、こんなに可愛いでしょう?」
どうやら僕の背後からやってきたお袋さんに、麦藁帽子を被されたらしい。
しかも、何やら自慢そうにエヴァンに麦藁帽子を被った僕を披露している。
「おぉっ!似合うじゃないか。坊ちゃん」
「は、はは…」
苦笑する以外の選択が思い浮かばなかった僕は、せいぜい商品の売り込みに一役買う事に徹した。
「あらぁ、ダールさんもお似合いよ~?」
「えっ。そ、そうですかな?」
「えぇ。私たちも一生懸命、作った甲斐がありますわぁ」
「いやぁ…はっはっは」
僕を褒めたエヴァンを空かさず、褒め殺すお袋さんの天然っぷりには舌を巻くなぁ。
すっかり好い気になったらしいエヴァンは麦藁帽子の査定に入った。
「ふぅむ…しかし、麦藁製の帽子ですか…」
麦藁帽子を被ったまま、査定に入ったエヴァンは実に真面目だ。
どんなにお袋さんに褒められても、真面目に仕事を熟すエヴァンを見ると安心して査定を任せられる。
「町で売るには難しいか?」
「まぁ…売り方にもよるでしょうがね…。いや、でも…」
うんうん唸りながらエヴァンは鑑定眼を屈指して査定を続けている。
何しろ、町には革製の帽子が売られているのだから、そこに麦藁製の帽子を見せても売れない可能性はあるのだ。
勿論、庶民はおいそれと帽子に手を出せないのだから、安価な帽子が売られていたら買うかもしれないが…。
麦藁帽子は夏に被るものであって、決して冬向きではない。
これから冬を迎えようとしている時期に、麦藁帽子は確かに売りづらいだろう。
そこを無理矢理、買い取ってくれと言っているのだから悩むのも仕方はない。
エヴァンの判断は果たして…。
「……1つ、銅貨10枚で、どうでしょう?」
悩みに悩んだ結果エヴァンが出した答えは銅貨10枚。日本円にして1.000円である。
うん。妥当ではないだろうか?
つい1ヶ月前まで、編み物をした事の無かった集団が作った帽子にしては高値と言えるだろう。
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