44. 第5話 7部目 ジョーク
1ヶ月後。
時が経つのは早いもので、お袋さんに草履の編み方を教えてから、数えて2ヶ月が経った。
2ヶ月が経ったと言う事で、再びエヴァンがウェルスを訪れる。
きっちり、ふた月に1度来てくれる律儀な商人である。
「ー…その後どうですか?製鉄の方は!」
親父さんと一緒に迎えたエヴァンは挨拶もそこそこに、身を乗り出して問うて来た。
期待に満ちた目を向けられ、親父さんは何とも気まずそうである。
「…麦の収穫で忙しくてな…製鉄はやってない」
「そうですか…そりゃあ残念です。わたしん所のお得意様が全部買い取ってくださいましてね?そりゃあもう、驚くほど食いつきが良いもんで、製鉄されてたらまた買い取りたいと思ってたんですが…」
心底残念そうに言うエヴァンの言葉に、親父さんの影に隠れていた僕は内心で驚いた。
予想以下の値段で買い取られていった玉鋼に、食いついた御仁が居るとは意外だ。
玉鋼の出来栄えとしては、そこそこな物だったと思うのだが…。
何か別の理由があったのだろうか?
「そうか。悪いが、製鉄は暫く出来そうに無い。冬支度があるんでな」
淡々と製鉄が出来ない理由を告げると、エヴァンは殊勝な顔付きになって同意してくれた。
「あぁ…もうそんな時期でしたね。今年の冬も何事もないと良いんですが」
エヴァンはこう言って居るが、この辺りの地域の冬はそれほど寒くはない。
体感的に言うと、外気温が氷点下を大幅に下回る事が殆どないのだ。
健康体であれば冬の間もそんなに苦労する事なく過ごせるのだが、何分年寄りの多い村であるため、年寄りを寒さから守るための準備をしなければならない。
去年の冬は麦藁をひたすら家に運びこんで暖を取らせていた。
今年はもう少しマシな暖の取り方を実施するつもりである。
その為、たたら場を稼働させる暇は恐らくないだろうと言う事だ。
本来、たたら場は冬にやってなんぼなのだが…こればかり仕方がない。
「何事もない様にするつもりだ。で、だ、銑鉄じゃねぇが、あんたに見て貰いたいもんがある。来てくれ」
唐突に話題を切り替えられたエヴァンは不思議そうにしながら、僕たちの後を着いて来てくれた。
僕たちは、僕たちの家…ミラー宅へ向かう。
「あらぁ。こんにちは、ダールさん。毎回、ご苦労様」
家の前で待機してくれていたお袋さんが丁寧にお辞儀をしてエヴァンを迎えた。
「おぉっ。これはこれは、奥さんじゃないですか。相変わらず、お美しいですなぁ」
エヴァンは見事に鼻の下を伸ばしている。
「まぁ、ふふっ。ダールさんも相変わらず、お世辞が上手いですわぁ。こぉんな案山子みたいな女にお優しい」
ニコニコと微笑みながら、お袋さんはエヴァンの言葉をさらりと流してしまった。
しかし、エヴァンはお世辞で言ったんじゃないと否定したかったのか、言葉を付け足す。
「いやいや!こんな綺麗な案山子が居たら畑仕事が捗って仕方ないでしょうよ!」
何処か暗喩を感じさせる会話に、むしろ感心していると親父さんが唐突に口を挟んだ。
「アメリア。お前は案山子じゃなくて畑だろ。案山子は俺にやらせろ」
ギロリとエヴァンを高圧的に睨みつけながら親父さんはそんな事を言った。
うん。実に案山子の役目を全うしている。
「あらあら、まぁ…」
「ほ、本気に取らないでくださいよ!旦那さん!」
困った様に笑いながらも何処か嬉しそうにするお袋さんに、本気で慌て始めるエヴァン。
賑やかな光景を見ているのは楽しい気持ちになるので、構わないのだが…
そろそろ本題に入って欲しかった僕は、親父さんの服を引っ張って口を挟んだ。
「ねぇ、アレ見せないの?早く見せようよ」
精一杯、子供らしい口調を心がけながら親父さんを急かすと、目的を思い出したのかエヴァンを家の裏庭に案内する。
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