40. 第5話 3部目 打ち方の違い

前世で見た弓道だと、確かこんな感じだったよなぁ…。

と思いながら、僕は弓を持った左手の親指の上に矢の先を乗せる。

すると。

「あ?違う、そうじゃない」

「え?」

親父さんが僕の手を動かして、矢を番える位置を左手の甲の上に変更した。

そして僕の背後に回り、弓を持っている僕の左手と

矢を持っている右手を同時に掴んで、一緒に後ろへと引っ張る。

矢先が向いているのは先ほど親父さんが的にしていた木だ。

「で、離す」

と言った瞬間に、矢から手を離した。

矢は木へと真っ直ぐに飛んで…飛んで?

「…手前で落ちた」

矢は斜めに地面に突き刺さっている。

「まぁ、最初はそんなもんだろ。俺が引っ張ったから、あそこまで飛んだとも言えるしな。打つ位置を変えるか」

そう言って、親父さんは僕が弓矢を打つに適している距離を測り始めた。

声がかかるまでの間、僕は親父さんのいない方向に向かって、先ほど教えて貰った姿勢で矢を番えてみた。

先ほどの違和感の正体はこれだ。

僕の知っている矢の番え方と、親父さんの矢の番え方が違うのだ。

日本の弓道では、左手の親指に乗せて矢を放つ。

しかし、親父さんの方法では左手の甲に矢を乗せて放っていた。

ここに違いがある為、違和感を覚えたようだ。

にしても、何故、番え方が違うのだろうか?

親父さんの方法は、まるでボウガンで矢を放つ様な姿勢であり、弓を横にして矢を打っている。

…そういえば、前世でも西洋と東洋で打ち方の違いがあるとは聞いたことがあったな。

打ち方の名称までは流石に覚えていないが、今の様な違いだったかと思う。

弓の形状を変えずに打ち方を変えた東洋型と。

弓の形状を変えて矢を打つ西洋型…だったかと思う。

うろ覚えの知識を思い返しつつ、違和感の正体が分かった所で親父さんから声がかかった。

「テオ。この辺りで打ってみろ」

「あ、うん」

親父さんが指定した場所へ赴き、僕は親父さんから教わった方法で練習を開始する。

練習する傍ら、親父さんは姿勢の指示や、力の入れ方、目標から目を反らすななどなど…様々な指導を施してくれた。

しかし、どうにもやはり打ち方に違和感を覚える。

打てない訳ではない。だが、どうにも落ち着かない。

そんな僕に気がついたのか、親父さんが練習を止めた。

「テオ、一旦止めろ。…何をそんなに気にしてる?」

ずばりと僕の不安を見抜いた親父さんに驚きながら、僕は怖ず怖ずと打ち方の違いについて話すことにした。

「打ち方がどうにも違和感があって…」

「違和感?どんな風にだ」

「えっと…僕が知ってる矢の番え方が違うんだ」

「…さっき間違ってた番え方か」

親父さんの得意分野なだけあって流石に話が早い。

僕は親父さんに促されて、東洋型の構えを見せた。

すると、親父さんは目を見開いた。

「…随分、姿勢が良いな」

先ほどまでの型では、矢の先端を見るために首を屈めていたため、猫背になりがちであった。

しかし、弓道と同じ姿勢を取ると、自然と背筋が伸びる。

いや、背筋を伸ばさなければ、矢を番えないのだから当然だ。

見様見真似でやってみたが、この方が違和感が少ない。

やはり、どうしても日本人の感覚が残ってしまっているからだろう。

「…ちょっと待て」

そう言って、親父さんは自分が矢を打つ場所まで移動していく。

僕は慌てて親父さんの後をついていった。

すると、親父さんは僕が見様見真似でやってみた東洋式で矢を番えたのだ。

少し考えながらやっている様だったが、実に自然な形で矢を番え引っ張っている。

そして、そのまま矢を放つ!

見事、矢は木に命中した。

「凄い!」

僕のなんちゃって弓道を見ただけで、見事に打ち切ってしまった親父さんに感嘆の声を上げる。

「まぁ、打てない事はないが…俺はこっちの方が違和感あるな」

それは無理もない。長い間、横打ちでやってきたなら、身体に染み付いているだろう。

「とりあえず、基本が身につくまでは俺の打ち方で教えるぞ。良いな?」

その方が親父さんも教えやすいのであれば致し方ない。

僕としても、しっかり教わりたいし許容しよう。

「うん。分かった」

「慣れてきたら、お前なりの打ち方でやってみれば良いだろ」

僕のやり方も尊重しようとしてくれる言葉に嬉しく思いながら、僕は弓矢の練習に励むのであった。

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