37. 第4話 9部目 グレイスフォレストにて

ウェルスから約8km離れた町、グレイスフォレスト。

町の中のとある工具工房、スミス・ツールから男の驚愕する声が響く。

「何じゃこりゃぁあ!?」

工具作成を進めていた職人たちが、思わず手を止めるほどの声だった。

「お、親方?どうしたんですかぃ、そんな大声出して」

職人の1人が、大声を出した男・パーカー・スミスに声をかける。

「この鉄…ただもんじゃねぇ…!」

「はい?」

パーカーの手に収まっている鉄を見て、弟子の1人は首を傾げる。

何てことない鉄にしか見えない。むしろ、整形もされていないため、雑な鉄の塊にしか見えないのだ。

しかし、それを凝視しながらパーカーは続けて声を上げる。

「こいつを仕入れたのは誰だ!?」

パーカーの問いに弟子たちは騒つく。

その中から、1人手を挙げて前へ出て来た。

「へっ、へい。あっしですが…」

「てめぇかぁ!?こいつぁは、何処で買って来た!?隣町か!?」

パーカーの迫力に押され気味にビクビクとしながら弟子は答える。

「どっ何処も何も…いつも来るダールさんから買いやしたが…」

「エヴァン!あいつか!おい!誰かエヴァンを捕まえてこい!!」

聞き慣れた名前が返って来た瞬間にパーカーは、弟子たちにエヴァンを連れてこいと叫ぶ。

親方に何が起きたのか、困惑する弟子たちをそれぞれに顔を見合わせる。

と、そこへ。

「はい。わたしがどうかしましたかね?」

工房の入り口から、エヴァンが顔を覗かせた。

それを認識して直ぐにパーカーはエヴァンに詰め寄る。

「エヴァン!てめぇ、こいつぁ何処で仕入れた!?」

とにかく仕入先が知りたくて仕方がないらしいパーカーは、再三同じ質問をした。

エヴァンは勢いに飲まれそうになりながらも、素直に答える。

「ウ、ウェルスですが…何か不備でも?」

答えを聞いたパーカーは急に勢いをなくし、真顔で冷静になった。

「…ウェルス?…あの村、まだ残ってたのか」

ウェルス。

何十年か前、森を開拓する為、ここグレイスフォレストから住人の何人かが移り住んで行った。

しかし、数年も経たずに瓦解し、今や年寄り数人しか残っていないと聞いていたが…。

「えぇ…この前、行った時にこれを出して来ましてね?買い取って欲しいと言われたんで、物品と交換で取引したんです」

そう言いながら、エヴァンは積み荷から銑鉄を取り出す。

それはパーカーが手にしている鉄と同じものだった。

「まだ有ったか!よし!それ全部寄越せ!」

「え?そりゃ構いませんが…」

勢いの戻ったパーカーに押し切られる形で、エヴァンはウェルスから買い取って来た銑鉄を全て売った。

しかし、何故こうも食い付かれたのかエヴァンは不思議に思い、パーカーに尋ねる。

「ただの鉄でしょう?そりゃ、あのウェルスから買い取ったもんですから、珍しいもんだとは思いますが…」

潰れかけている村から買い取った鉄となれば、それだけである種の珍品にはなりえるが、鉄は鉄だ。それ以上の価値があるとは思えない。

それは、エヴァンだけでなく弟子たち同じ思いで有ったため、パーカーの暴走に辟易して一様に溜め息を吐いている。

周りの空気が明らかに沈んでいるのを、まるで気にする様子もなくパーカーは熱弁を続けた。

「ただの鉄!?莫迦言ってんじゃねぇ!こいつは、そんじょそこらの鉄とは違う!俺にはわかる!」

「しかしねぇ…わたしの目で見ても、ただの鉄とそう変わりませんよ?」

エヴァンは鑑定眼の持ち主である。

鑑定眼とは、物品の性質や原材料、重さ、品質などと言った物品の情報が可視化される能力である。

つまり、鑑定眼を持つ人間の言葉以上に、物品の価値が正確に測れるものは無いのだ。

だというのに、鑑定眼を持たないはずのパーカーが、ウェルス産の鉄を絶賛しているのは異様に見える。

しかしエヴァンの鑑定を聞いても、パーカーは引く気配がない。

「いいや!この鉄は違う!俺の刀匠としてのカンがそう言ってんだよ!」

パーカーの言葉を聞いた弟子たちが、一斉に溜め息を吐いた。

「…親方、また言ってるよ…」

「良い歳なんだし、あの自称、止めてくんないかねぇ…」

「ウチは工具屋だろ?武器なんて作らねぇってのに…」

次から次へと言われる苦言を聞いたパーカーは、悔しさから声を張り上げて弟子たちを威嚇する。

「てめぇら、見てろよ!?この鉄がただもんじゃねぇって、この刀匠パーカー・スミスが証明してやるからな!!」

高らかに宣言された宣戦布告。

「親方ぁ、仕事しましょうよ…納期間近なんですからぁ」

「おーい、誰か坊ちゃん呼んできてくれぃ」

しかし、それを弟子の誰も受け取ろうとせず、パーカーの暴走として片付けようとしている。

あまりの扱いに出鼻を挫かれた気分になりながらも、パーカーは内心で呟く。

この鉄は、今までの鉄鋼の常識を覆すぞ…!

そして、この事は確実に俺の功績となる!国に召し抱えられるのも遠くない未来になりそうだ…!

芽生えた野心を持ち、自称刀匠パーカー・スミスはウェルス産の鉄に向き合うのであった。


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