36. 第4話 8部目 いただきます!

この世界では、食事前にいただきますと言う習慣はない。

だが、僕が席について食事を始める様になった頃に、手を合わせているのを見て2人も、やり始めたのだ。

いただきますとは言わないまでも、2人とも僕の習慣に少しでも習ってくれようとしている。

おそらく、手羽元と手羽先が食べたいなどと言い出したのも、僕が食べた事があるからだろう。

鳥スープに口をつけた2人は、ハッとした表情で言う。

「美味い…!」

「本当…久々ねぇ」

2人に続いて、僕も自然と口から嬉しさが溢れた。

「うん。美味しいね」

あぁ、味は普通の鶏ガラの塩スープだ。臭みも感じない。

これで味がまるで違ったら、どうしようかと思っていたところである。

鶏なのに、イナゴみたいな味がする…なんて事にならなくて安堵している。

いや、イナゴの佃煮は好きだけども。それとこれとは別である。

美味しそうにスープをがぶがぶと飲む親父さんに、ホッとしながらゆっくりと味わうお袋さん。

食事の仕方から見ても、2人の出生の違いが明らかである。

そんな2人はどのように出会い、どのようにしてここウェルスに辿り着いたのか…。

「父ちゃんと母ちゃんって、何処で生まれたの?」

僕の問いかけに、2人揃ってピタリと食事をする手が止まった。

親父さんは口の中に入っていたスープをごくりと飲み下してから、口を開いた。

「…また、お前は突然だな」

「ごめんなさい…。聞いちゃいけなかった?」

2人の反応から察するに、あまり話したくない事の様だ。

お袋さんはだんまりを決め込んで、ちまちまとスープを飲んでいる。

「いや…」

親父さんも言葉では僕の言葉を否定しながらも、表情は言いたくないと物語っている。

時々漏れ聞こえてくる2人の会話から、ただ事ならぬ関係の末、僕は生まれたのだろうと思っているだけに、これ以上に追求する気はおきない。

「…話したくなったらで良いよ。無理には聞きたく無いから」

そう言って、僕はスープに入っていた手羽先に齧り付く。

口の中に広がる肉汁を堪能しながら咀嚼していると、先ほどまで思いつめた表情をしていた親父さんが意を決した風に顔を上げた。

「…あと、9年待て。9年経ったら、話してやる」

「ネッド…っ」

親父さんの宣言を聞いて、お袋さんが悲痛な声で親父さんの名前を呼んだ。

「…いつかは話さなきゃならねぇんだ。それが9年後だってだけだろ?」

「でも…」

親父さんの説得を聞きつつも、お袋さんは受け入れ難い様子を見せる。

2人のやり取りを見て余計に詳細が気になったが、追求しない様にぐっと堪えて手羽先から肉を齧り取っていく。

9年。9年かぁ。とすると、僕は15歳になっているわけだ。

しかし、また何故9年なんだろうか?

キリの良い所で10年にすれば良いのでは。

話したく無いと言うお袋さんと、まだ9年も先だからと言って宥める親父さんの応酬を収めるためにも、僕は疑問を口にする。

「どうして9年後なの?僕が15歳の時って事だよね?キリの良い10年じゃ駄目なの?」

「あ?あぁ…お前の前世の世界じゃどうだか知らねぇが、この世界じゃ15で大人なんだ」

まるで元服の様だなぁ。

まぁ前世の僕が成人するくらいの時代では、流石に20歳が成人だとされていたけど。

あ、いや、何処かで日本でも18歳で成人と言う事になったんだったかな…?

その辺りの記憶は曖昧である。

ともかく、こちらでは15歳で成人であることは理解した。

「なるほど。大人になったら聞かせてくれるって事なんだね。それじゃあ、それまで待つ事にするね」

「あ、あぁ…」

僕の言葉を聞いて、微妙な表情をする親父さんだったが、とりあえず2人の言い合いは止まった。

微妙な空気の中、手羽先を食べ終え手羽元を食べている僕を見てか、親父さんもお袋さんも怖ず怖ずと肉を食べ始めた。

「うまっ!」

一口食べた瞬間に、親父さんはあまりの旨さに目を見開きながら、がっついた。

親父さんのところに1羽分の手羽元と手羽先を入れておいて良かった。

「あら、美味しい。これ、鳥の何処なの?」

お袋さんも驚いてはいるものの、所作が綺麗である。

「今食べてるのは手羽先だから、羽の先の部分だね」

「こっちは?」

「それは手羽元だから、羽の根本だよ」

「あらぁ~…」

そんな所もこうして食べられるのかと言う衝撃が表情から伝わってくる。

鶏、豚、牛はとりわけ捨てる所が殆ど無いと言われるほど、食べられる箇所があるのに、今の今までもも肉と胸肉しか食べた事がなかったと言うのが、僕としては不思議でしょうがない。

虫も食べられると言ったら、驚きすぎてひっくり返るかもしれないな。

こうして、それぞれに驚く様な事が起きた夜は更けて行くのであった。

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