28. 第3話 8部目 ミラー夫妻の悩み事2
その晩。
テオが眠りについたのを見届けたネッドとアメリアはゆったりとした時間を過ごしていた。
しかし、そんな中でもネッドは難しい顔をして机を見つめている。
草履の練習をするアメリアが一息吐いた瞬間に、ネッドに話しかけた。
「どうしたの?また怖い顔になってるわ」
クスクスと笑いながら言うアメリアだったが、ネッドは表情を崩さない。
「…あいつの知識の多さに嫌気が差してな」
「あら。本気で言ってる?」
「半分はな」
「なら、半分は冗談なのね」
昼間、テオが頭を抱えながら、根気強くネッドとアメリアに算数を教えた。
理解してしまえば何て事ない物の数え方であった事が、よりネッド達の知識不足が浮き彫りになった。
それがネッドを苦悩させている。
「嫌にもなるだろ。俺たちとあいつとじゃ、出来が違いすぎる」
自身の子供であるはずのテオに、ありとあらゆる知識を与えられる状況は親としては複雑である。
その事を隠すこともなく口にするネッドに対し、アメリアは困った様に笑って相槌する。
「仕方ないわよ。テオは転生者だもの」
アメリアの言葉を聞いてネッドは更に表情を強張らせた。
「だが、俺たちはあいつの親だ。親である俺たちは知識者であるテオに何を教えてやれる?」
「それは…ネッドが教わったことを教えてあげるんでしょう?」
親が出来てきた事を、子に継承するのはこの世界では当たり前の事であり、それが出来なければ子は生きていけない。
アメリアもそれが当然であると信じて疑っていないようだ。
だが、テオはどうだろうか?
テオほどの知識を持った転生者であるなら、ネッドが何を教えたところで意味をなさない気がしてならないのだ。
魔法すらテオの知識の前では、遊びではないかと思えるほどなのだ。
しかし、それでは親であるネッドは納得がいかない。
テオの親でありたい。頼れる親でいたい。
その想いから、ネッドは苦悩する。
顔を顰め続けるネッドを心配したアメリアは、草履編みを中断してネッドに寄り添った。
「…最近のネッド、変よ?どうして、そこまで苦しそうにするの?私たちは私たちに出来る事をすればいいじゃない。そうやって、今まで生きてきたんだから…」
そう。出来る事はやってきた。
テオが言葉を理解し、話せるようになるまでネッドとアメリアは出来る範囲でウェルスを支えてきた。
そして、これからもやっていけると思っていた。
しかし、テオが次から次へとウェルスの問題点解決していく様を見ていると、2人がやってきた事だけでは駄目なのではないか?と思えるようになってきたのだ。
テオに何から何までやらせれば、ウェルスは復興されるかもしれない。
だが、本当にそれでいいのか?
テオに出来るから、テオにやらせるのか?
そうして、テオの知識に頼りきりで居る事が正しい事なのか?
テオから与えられるものを受け取るだけ受け取って、テオには何も返さないでいるのか。
それは、親としての自尊心が許さない。
「…そうだな。俺に出来る事であいつに教えるしかないな…」
「そうよ!ネッドなら大丈夫よ」
納得したような言葉を口にしたネッドに、アメリアは嬉しそうに同意した。
そして、草履編みに戻っていく。
何て事ない日常を過ごすようにアメリアは微笑んでいる。
しかし、その手にしている草履の作り方を教えてくれたのはテオだ。
その姿を見たネッドに不思議な焦燥感が襲う。
どうしてだ?今までは、こんなに苦悩することなど無かったのに…。
心配するアメリアを納得させたものの、ネッドの苦悩する夜は続くのであった。
完
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