26. 第3話 6部目 草履
その後昼休憩を取りながら、何本かの縄が出来てきた所でいよいよ草履作りを始めようと意気込んだその時。
親父さんがぽろりと、とんでも無いことを口にする。
「ー…で、ゾーリって何だ?」
「……」
既視感のある質問に思わず閉口してしまった。
前世で学生の孫の1人に草履とは何かと聞かれた時以来の衝撃だ。
無言になってしまった僕を見て、親父さんとお袋さんは怪訝そうな顔をしている。
「え、えぇっと…草履って言うのは…草や藁で編み込んで作られた靴のことだよ…」
「は?靴?こんなもんで靴が出来んのか!?」
「まぁ凄い!テオは何でも出来ちゃうのねぇ」
驚きと感心の言葉を口にする2人を見て、僕は再び閉口する。
…いや、よくよく考えれば2人が草履を知らないのも無理はないのかもしれない。
この辺りの文化は中世の英国に似ているため、草履と似て非なるものが合ったとしても、草履そのものは知らなくても不思議ではない。
ともなれば、たたら場の存在を知らなかったのも無理はないと言える。
…うん。僕としては、そう思いたい…。
「あ、あはは…た、多分、父ちゃんと母ちゃんの想像する靴とは大分違うと思うけどね…」
そして、恐らく2人が想像している靴とは革靴の事だろう。
足全体を覆う形の靴が普通となった時代において、草履など必要とされない。
しかし、現状のウェルスにはあった方がいい代物だ。
靴がないのだから、当然である。
僕も親父さんも、ウィルソンさんに至っても、主に外を出歩く人間は全員素足のまま歩き回っている。
地面が草に覆われていたり、踏み慣らされている道であるため、殆ど足を怪我することはないのだが、それでも時々鋭くなった石を踏むことがあった。
動物を狩る事も、よしんば革を手に入れられても製法する事は出来ない。
財政難ではエヴァンから買い取る事も出来ない現状では、草履は有効的である。
そして、草履作りで培った技術で別の物を作る事が出来れば、鉄以外の金稼ぎになる筈。
革靴が主流なら草履は売りづらい。しかし、帽子や籠ならば違うだろう。
最終的には品質の高い籠と帽子をエヴァンに買い取って貰いたいものだ。
そのためにも、お袋さんに技術を習得して貰わなければならない!
「それじゃあ、作り始めようか」
僕は、先ほど作ってもらった縄を一本手に取った。
もう一本を手に取りお袋さんに渡しつつ、やってみてほしいと指示する。
両足の親指と人差し指の間に外側から縄を通し、手前に輪っかを作る。
藁を数本手に取り、輪っかの手前中心に片方を短くした、くの字型の藁を引っ掛ける。
短い方が輪っかの上。長い方が下だ。
引っ掛けた藁の長い方…穂先を短い方の上に通し、輪っかの下から内側に向けて穂先を左側に向ける。
そして、輪っかに括り付けられた状態で、短い方の先端を輪っかの内側に向ける。
内側に向けられた藁の先端を中心に、縄の両先2本を交差させて中心の輪っかを作る。
お菓子のプレッツェルの様な形が出来ていれば問題ない。
これで、左の輪、真ん中の輪、右の輪が出来る。
次に左の輪の下から回した穂先を、真ん中の輪を作っている縄2本の上に通しつつ、対面の右の輪の下に抜け、折り返し、今度は縄2本の下を通して元の位置に戻る。
ここで一度、全体をひっくり返す。
足の親指に引っ掛け直してから、最初に引っ掛けた藁の短い方を2本に分ける。
分けた2本は右と左の輪に沿う様にし、穂先で包んで草履本体に編み込んでしまうため切る必要はない。
本体を引っくり返した為、穂先は右の輪の下から出ている。
この穂先を右の輪の上へと回し、真ん中の縄2本の間を上下交互に摺り抜けさせて、対面の左の輪に引っ掛ける。
再び折り返し、先ほどとは逆の順番で、穂先を上下交互に摺り抜け、右の輪に引っ掛ける。
4本分の縄を、上下に波打つ様に穂先で編み込めていれば正解だ。
時々、手の指を縄の間に差し込んで、編み込んだ藁を詰める作業を忘れてはいけない。
そして、この手順を繰り返す事で草履を編み事が出来る。
「ー…これで良いの?」
手順を確認するお袋さんの手の運びを見て、僕は太鼓判を押す。
「うん!その調子で編み込んでいって、穂先が短くなったら言ってね」
穂先が短くなったら、藁を足す作業があるため、そのやり方も教えなければならない。
最も付け足す事自体はそう難しくないので、苦戦することはないだろう。
短くなった穂先に沿う様に、藁を足して編み込み続ければ良いだけなのだから。
こんな調子で編み込みつつ、半分ほど編めた所で新たに縄を足す作業を入れる。
草履を履く人物の足の厚さに合わせた長さの縄を作っておき、両先端を2本ずつに分ける。
この縄は鼻緒になる。
まず右の輪の外側から、鼻緒の縄の先端2本を上下交互に編み込む。
これを左の輪にも同様に施したら、草履本体の編み込みを再開する。
足の大きさに合わせながら編み込み終えたら、真ん中の輪の縄を思い切り草履の外側に向けて引っ張る。
これで草履本体は編み終わった。次に鼻緒を作る。
途中で括り付けた縄は、ただの輪っかでしかないため、このままでは草履として履く事ができない。
なので、この輪っかを鼻緒にするための作業をする。
真ん中の縄を草履の下に持っていき、新たに藁を数本手に取り、縄2本を藁で纏めてから草履の隙間に通す。
これが結構大変な作業だ。何せ、ガチガチに編み込んだ藁の間に、新しく藁を通さなければいけないのだから。
その為、伐採して貰った木から、棒を作っておいた。
弓を作成する時に練習がてらに作ったものである。
これで、草履に一時的に隙間を作って藁を通す。
そうしたら、通した藁を捻りつつ、鼻緒となる輪っかに藁を引っ掛けてから再び捻り、草履の隙間を縫って下に藁を出す。
出した藁は、草履の藁の間に編み込んで処理する。
最後に草履の底となる部分に余った藁が飛び出ているのを、ナイフで刮ぎ落とせば…草履の完成だ!
「最初の内は履き慣れなくて大変だと思うけど、無いよりはマシだと思うよ」
そう言いながら僕は草履を履く実践をしてみせる。
鼻緒を縫い止めた藁を親指と人差し指で挟み込み、そのまま歩いてみる。
流石に麦藁で作ったからか、かなり硬い。
これは靴擦れ…ならぬ鼻緒擦れが出来そうだ。
「まぁー!ふふふっ。何だか、ワクワクしてくるわぁ」
そう言ってお袋さんが草履を履いて、ぴょこぴょこと動き回っている。
初めて自分で作った草履と言う事と、本当に靴として使える事に感動を覚えているのだろう。
「喜んで貰えて僕も嬉しいよ」
しかし、このまま履き続けて貰うには鼻緒の部分が心配だ。
僕は急いで新しいボロ布を持ってきて、お袋さんが履いている草履の鼻緒に布を巻きつけた。
これで多少は痛みを防げるはずだ。
「こうすると良いと思うんだけど…どうかな?」
「あらあら、さっきよりゴロゴロしないわぁ」
「なら大丈夫かな。後は、履き慣れるしか無いね。ただ、指の間が痛くなったら無理して履き続けないで、さっきみたいに水で冷やして様子を見てね」
僕の忠告を聞いてお袋さんは、またも嬉しそうに笑った。
「おい。俺の分も作れ」
僕の肩口でそわそわとしながら親父さんが言った。
物珍しく便利なものに興味が尽きない様だ。
「ネッドの分は私が作ってあげる」
作る楽しさを経験した事で、お袋さんも前向きに草履作りに着手しようとしてくれている。
全く喜ばしい事だ。
「そうだね。練習にもなるし、良いと思うよ」
「じゃあ、草履作ってる間は居なきゃならねぇか」
僕たちの草履作りを始終見ていた親父さんがそんな事を言った。
僕たちが逐一自分の足に合わせて編み込んでいたから、そう思ったのだろう。
「親父さんの足の大きさが分かれば大丈夫だよ」
立っている親父さんの足に沿う様に右手を地面について、大きさを測る。
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