25. 第3話 5部目 防衛本能

「テオ。藁が短くなって来ちゃったわ」

改めて村の復興への決意を固めた僕に、お袋さんが困った様子で助けを求めて来た。

「藁を差し込んで足せば、続きを編めるよ」

そう言いながら、僕はお袋さんの手元に適量の藁を差し込む。

「これだけで出来るの?」

「うん、大丈夫だよ。ほら、続きを編んでみて」

こうしてお袋さんに続きを促し、縄を綯い続けて貰う。

その傍らで、僕は藁を木槌で叩いて柔らかくする作業を続けた。

縄が1mを超えた辺りで1本目を完成させてもらい、2本目、3本目と綯い続けて貰う。

そうしてお昼が近くなって来た頃、大量の麦を抱えた親父さんが帰って来た。

「これは…縄か?」

「あ、おかえり。父ちゃん」

「おかえりなさい、ネッド!ねぇ、見て見て!こーんなに作ったのよー!」

お袋さんはない途中の縄を持って、嬉しそうに親父さんに報告する。

見せられた縄の端も持ち上げて、親父さんは物珍しげにしげしげと眺めている。

「これが、テオの言ってた麦藁で作れる縄か」

「うん。本当は稲藁が良いんだけど、無いものは仕方ないし…でも、麦藁はやっぱり硬いや」

本来、草履を作るときの藁は米稲の方が適している。

水分が多いため、藁にして乾燥させた後でも柔らかくなりやすい上、草履などの細かい編み込みをする時に適しているからだ。

対して麦藁は硬いが形状を保ちやすいため、帽子や籠などを作るのに適している。

お袋さんたちの編み込み技術が上がったら、帽子や籠も作って貰う予定はあるが、形状をそれほど気にする必要のない草履から試しに作って貰う必要がある。

そして、出来の良い品をエヴァンに売りつける事が出来れば、小金を稼げるはず。

いわばこれは内職の一種。それをお袋さんや、村の年寄りたちなどの非力な村人にやって貰うつもりだ。

「確かに丈夫そう…あぁ!?」

お袋さんが持っている縄を眺めていた親父さんが唐突に驚きの声を上げた。

一変した親父さんの姿に、僕とお袋さんは疑問符を浮かべる。

「おまっ…アメリア!手ぇ、真っ赤じゃねぇか!!」

「え?…あら、本当…夢中で気がつかなかったわぁ」

何て事だ。お袋さんの手が真っ赤になっているとは、僕も気がつかなかった。

あまりに楽しそうに縄を綯うものだから、てっきり大丈夫なのかと思い込んでいた。

これは暫く休んで貰わなければ。

「昔っからお前は…!ちょっと縄置け!治してやる」

「えぇ?大丈夫よお」

慌てる親父さんに対して、お袋さんは実にのんびりとしている。

仲睦まじい様子を眺めているのは嫌では無いのだが…。

「父ちゃん…。出来れば、母ちゃんの手は治さないで欲しいんだけど…」

「あぁ!?何だと!?」

目をひん剥いて僕を威嚇してくる親父さん。よっぽど気に障ったらしい。

「心配する気持ちは分かるよ。僕も製鉄してる時の父ちゃんの無謀っぷりには肝を冷やしたし」

僕の言葉を聞いて、親父さんは言葉に詰まって冷や汗を流す。

親父さんが熱された炉を素手で破壊して、手が焼け爛れたのは記憶に新しい。

その時の事を引き合いに出されては、親父さんも言葉を飲んでしまう事は分かっていた。

「でも、母ちゃんのソレは今後何度でも起きる事だよ。

その度に治してたら、却って母ちゃんが苦しむ事になるから、無闇に治さないで欲しい」

「…どうして苦しむ事になる」

僕が真剣に忠告した事で親父さんが冷静になったのを見て、続けて言った。

「いつ迄経っても、手の平の皮が丈夫にならないからだよ。

人の身体は傷を負うと、その箇所を丈夫しようと皮を厚くさせたり、毛の量を増やしたりと防御体制を取る様に出来てる。

けど、怪我をする度に、直ぐに治していては身体が傷を負っていないと勘違いして、そもそも防御体制を取らなくなってしまうんじゃ無いかな?

…前回の親父さんの怪我は直ぐにでも直すべき怪我だった。

けど、今回の母ちゃんのソレは暫く手を冷やして休ませれば良いだけ。

後は母ちゃんの中の防御本能が手の平の皮を厚くするために作用する筈だから、今後のためにも身体に学習させなきゃ、今後も縄を綯う度に痛い思いをする羽目になるよ」

怪我を治す魔法は便利だが、便利ゆえの弊害がある。

親父さんが怪我を治せるからと無茶をしたり、お袋さんの手の平の皮がいつ迄経っても成長しなかったりと言う弊害。

お袋さんの場合は完全に僕の想像でしか無いが、親父さんの様に怪我は直ぐに治せるから無茶をしても良いと言う考えを捨てて欲しいのだ。

それは本来ある人間の機能を阻害する事になるのだから。

痛覚は身体の防御本能からの警告であり、それらを無いものとするのは余りに危険だ。

死に対する恐怖そのものを取っ払いかねない。

「テオもこう言っている事だし、そうしましょうよ、ネッド。私なら大丈夫よ」

僕の忠告を聞いて放心する親父さんにお袋さんが笑顔で話しかけた。

ハタと我に帰った親父さんは渋々ながらに僕の忠告を受け入れてくれた様だ。

無闇に治癒魔法を使うことを阻止出来た所で、僕は急いでお袋さんの両手の様子を見る。

所々薄皮が剥けており赤くなっているものの、これくらいなら直ぐに治る筈だ。

「とりあえず水で冷やそうか。母ちゃん出来る?」

「えぇ」

そう言って、お袋さんは自らの魔法で冷水を出して、自分の手の平に置く。

玉の様に形を保った水がお袋さんの手の平の上で、太陽の光を反射して輝いている。

「…ここじゃ却って危ないかな」

「え?」

太陽の真下で形状を保ったままの水は熱を吸収しやすい。

ただでさえ夏の季節では冷水も温度を保っているのは難しいだろう。

例え、魔法で出した水とは言え、冷やす事に集中して魔力を消費するなんて莫迦莫迦しい。

少しでも温度が上がらない様に、日陰に入っておいた方が幾分か懸命だ。

僕はお袋さんを日陰へと誘導した。

「どう?」

きょとんとするお袋さんに、手の具合を確かめる。

答えるまでに少し間があったが、お袋さんは笑って答えた。

「ふふっ、大丈夫っ。ちょっと沁みるけど冷たくて気持ちいいわぁ」

「じゃあ、暫くそうして休んでて?あの縄の続きは僕が綯って…編んでおくから」

そう言い置き、僕はお袋さんが綯っていた縄を取りに戻る。

すると親父さんが縄を手に取って、じっと見つめていた。

僕が戻ってきた気配を感じ取ったらしく、親父さんは手元から視線を逸らさずに言った。

「…テオ。これの作り方、俺にも教えろ」

「えっ。でも、父ちゃんは麦の収穫が…」

麦の収穫作業もある上に、縄綯い作業までやらせるのは申し訳ないのだが…。

「休憩がてらやるだけだ」

そう言って、親父さんは座り込んで僕を見上げる。

とっとと教えろ、と目で訴えているのが良く分かった。

親父さんがそうまで言うなら強く拒否する理由はない。

僕は親父さんにも縄の綯い方を教えることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る