20. 第2話 11部目 取引成立

麦15kgで塩が5kg買える、と言う事以外を知らない僕は金に関しては無知である。

その為、エヴァンと言う人が善人であることを前提として取引をする事にしたのだ。

これは賭けだ。商人としてのエヴァンは、容赦無く鉄を丸ごと持っていってしまうかもしれない。

流石に鉄の値段が金槌一本よりも劣るとは思えないから、それはしないだろうと思うが…どうだろうか?

親父さんの言葉を聞いて、エヴァンは考え込んだ。

金槌を持ちながら銑鉄と睨めっこしている。

暫く、銑鉄と睨めっこしていたかと思ったら、急に顔を上げて口を開いた。

「正確な値段で、かち割るのは不可能ですな…。多少前後すると思いますが宜しいですかな?」

エヴァンの申し入れで僕はエヴァンが真面目な商人である事を確信した。

これならばエヴァンの申し入れを受けても大丈夫だろう。

しかし、親父さんは返事に困った様子で目を泳がせて居る。

僕は急いで、大丈夫の合図を出す。

「あ、あぁ…構わない。全部任せる」

親父さんの返事でエヴァンは引き締まった表情になって、銑鉄と向き合い金槌で叩き始めた。

全部任せると言ったからか、エヴァンはどんどん銑鉄を砕いていく。

しかも、鉄分が多い部分をくり抜く形でだ。

やはり、鑑定眼を持って居るだけあって、鉄分が多い所が値段としても高い部位である事は分かったのだろう。

そして銑鉄は全て程よい大きさに砕かれたのだった。

「金槌分で言うと…この辺りでしょうかね」

そう言って、エヴァンは炭素が含まれている手のひらサイズの鉄を拾い上げた。

そして、親父さんに金槌を手渡す。

「たった今中古になりましたから、少しオマケしておきますよ!」

と、言われても本当にオマケして貰えたか判断がつかない僕としては素直に喜べないのが、却って申し訳ない。

しかし、粋な商人である事は間違いないだろう。

その後、僕たちは買い物を続けた。

結果、僕たちが鉄を元に手に入れられたのは以下の通り。

金槌1本、斧1本、ナイフ3本、根菜の種1袋、巻き糸3本、ボロ布数枚。

それから、いつも通りの取引も行った。一部の麦と塩を交換して貰ったのだ。

鉄でのやり取りも出来たが、正確な値段をはじき出すのに苦労したため、結局麦での取引になった。

「いやぁ、まさかこの村でまともな取引が出来るとは思いませんでしたよ!」

今までと違った取引が行えた事にエヴァンも満足した様子で始終笑顔だ。

「よく鉄なんて手に入れられましたねぇ。近くに廃坑でも有りましたか?」

商人としては知りたい所なのだろう。

もし廃坑があるとなれば、エヴァンも潜るつもりなのかもしれない。

「いや。作ったんだ」

「…は?…い、今なんと…」

親父さんがさらりと事実を答えると、エヴァンは目を見開いて信じられないものを見る目で親父さんを見つめる。

嘘をついている風ではない親父さんの様子から、真実味を得たのかエヴァンは益々表情を硬直させていく。

「…父ちゃん、作ってる途中で火傷しちゃって大変だったよねー」

助け船のつもりで僕が口を出すと、親父さんは気まずそうに目を泳がせた。

「あ?あ、あぁ…まぁな…」

手の平を大火傷した事を僕に酷く責められた事が、記憶に根付いて居るらしい。

いっその事、犯すかもしれない無謀な行動の抑止力になれば良いのだが、果たしてどうだか。

「いっいやぁ、そりゃあ凄い!どう作ったのかも気になりますが…商人としましては、今後も作られるのか気になる所ですねぇ」

エヴァンは辿々しい口調で今後の製鉄の予定を聞いてきた。

現状、優秀な資金源はこれしかないなら、僕としては続けて行きたいが親父さんはどうなのだろうか?

「…あぁ。材料が揃ったらやるつもりだ」

「おぉ…!それは今後も楽しみですなぁ!」

打ち合わせしていなかった言葉が親父さんの口から出たと言う事は、本当にやるつもりなのだろう。

それを聞いて僕は安心した。だが、今度はもっと安全に精錬したいものだ。

その為にも親父さんには色々と気をつけて貰わねば…。

こうして、僕たちは新たな一歩を踏み出す事に成功した。

麦の収穫も近い。新たに手に入れたナイフで多少は刈り取りは楽になるだろう。

何せ、今年は虫の被害がなく4枚の畑いっぱいに麦が実って居る。

これは収穫作業だけでかなりの労力が割かれる事だろう。

しかし、その間に僕は次の季節に向けて用意しておきたいものが幾つもある。

この1年はウェルスの大改変の年となることを確信して、僕は町へ帰っていくエヴァンを見送ったのだった。


第2話 完

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