19. 第2話 10部目 初の買い物
3日後。
「こっこれは…!?」
隣町から来た商人エヴァンが銑鉄を見て声を上げた。
これまでに麦と塩を交換することしか出来なかった集落において、初の麦以外での取引物。
しかも、それが銑鉄となれば声を上げて驚くのも無理はない。
「どうだ。これで何か買えるか?」
親父さんの問いが聞こえないのか、エヴァンは食い入るようにして銑鉄を鑑定眼で見て居る。
エヴァンとの取引は、事前に親父さんと打ち合わせをしておいた。
僕が表立って取引しても良かったが、大人である親父さんが相手取る方が舐められずに済む筈だ。
最も、このエヴァンと言う商人は悪い人ではない。
何せ、ウェルスが年寄りばかりになってからと言うもの、10余年以上もの間
二ヶ月に一度の頻度でウェルスに通い続けてくれていたのだから。
しかし、それでも取引物が麦から鉄ともなれば話は変わってくる。
商人として親切心だけでは商売はできない筈だ。
ともなれば、やはり子供である僕が直接取引するのは部が悪い。
ここは親父さんの強面を存分に生かしてもらいつつ、なるべくこちらの思う通りの買い物をしたい。
一通り鑑定し終わったらしいエヴァンが親父さんと向き直っていった。
「勿論!出来ますとも!…して、何をお買いになりたいので?物によってはご用意してないと思われますが…」
「先ずは金槌だな。こいつを割るのに欲しい」
エヴァンの伺い立てに親父さんは銑鉄を見遣って言う。
するとエヴァンは感心するような表情を浮かべた。
「はー、なるほど。わたしゃてっきり、これ丸ごと買い取ってくれって話かと思いましたよ。
金槌で割って必要分だけこちらに…と言うことですな?」
「まぁな。…可能か?」
親父さんの問いにエヴァンは商人らしい笑みを浮かべて答える。
「えぇ!構いませんとも!金槌ですね?少々お待ちください…」
そう言いながらエヴァンは荷馬車に向かい、荷物を探り始めた。
その間に僕たちは打ち合わせをする。
「…今ので良かったのか」
「うん。バッチリだよ。あとは、どれだけ欲しいものを買えるか…だね」
「買うもんは昨日言ってた通りで良いんだな?」
「うん。大丈夫だと思うよ」
ひそひそと声を潜めながら打ち合わせをして居ると、にこにこ顔のエヴァンが金槌を持って走ってきた。
「お待たせしました!こちらでどうでしょう?」
親父さんの後ろから金槌を鑑定眼で見る。
エヴァンが持ってきた金槌は、僕たちが作った銑鉄より少し硬い程度の強度だったが
銑鉄を割るだけなら使い潰してしまっても良いだろう。
僕はひっそりと親父さんの服を引っ張って、「買い取って大丈夫」の合図をする。
「…あぁ、それで良い」
「お買い上げありがとうございま…」
「それで必要な分だけ、かち割って持ってってくれ」
エヴァンが言い切る前に親父さんが口を開くと、その内容にエヴァンはかなり驚いた様子を見せた。
目をパチクリさせるエヴァンに親父さんは続けて言う。
「…俺には、その金槌がどの程度の価値か。それが鉄で言ったらどの程度か。それが分からない。
だから、あんたの目を信じて任せる」
これも打ち合わせ通りだ。実際、この世界の物の価値観が分からない現状ではこうする他ない。
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