18. 第2話 9部目 未知の力

現在の時刻は朝方から作業を始め5時間が経過し、お昼時を少し過ぎたくらいだろう。

時計がない環境では大体の時間しか把握できないが、太陽の位置からしてそのくらいだろうと推察する。

親父さんに確認を取ると、大体そのくらいだろうとの事。

お昼休みを取りつつ、炉の火の具合に注意しながら僕たちは火が完全に収まるのを待った。

その間。僕は、常日頃から気になっていた「魔法」について、2人に尋ねる。

「ー…そもそも、魔法って何?」

僕にとっての魔法と言うものは、前世で言うところの科学であった。

科学の発達により、思いもよらないものが誕生し、それを駆使し新たな技術を生み出す。

それらを端から見ていた僕は、魔法の様だと思ったものである。

しかし、この世界における魔法とは科学ではない。

僕の疑問にウィルソンさんは唸った。

「何って言われるとなぁ…女神様から授かった権利としか…」

授かった権利?

またよく分からない答えに首を傾げると、ウィルソンさんは説明してくれた。

女神ティアナ。それがこの世界における唯一神である。

他に信仰対象となる神は居らず、ティアナを崇める教会は世界各地に存在する。

それら教会の総本部にある伝承によると、魔法とは女神ティアナが人々に分け与えた叡智の結晶である。

この結晶は人々が生きていく上で必要不可欠なものであり、これが無ければ人々は生きてはいけない。

故に魔法とは女神ティアナ様から授かったものであり、これは人々の当然の権利である。

と言う教えが伝わって居るらしい。

魔法には大きく分けて、元素魔法と転換魔法と言う2種類が有る。

人によって使える魔法が異なり、適性が有る無しに関係してくるらしい。

親父さんは転換魔法。ウィルソンさんは元素魔法。とそれぞれに適性を持っている。

また、2つの魔法の中身は大きく異なる。

まずは元素魔法から。

元素…と言う名前から分かる通り、自然界を構成する根源的な力を操る魔法である。

火と水などがこれに当たる。

人が生きて行く上で必要な素を操れると言うことは、科学にも匹敵する能力だろう。

逆を言えば匹敵するからこそ、科学が進歩していないのかもしれない。

元素そのものを操る事が出来るなら、そもそも科学技術など無くても生活に困らないと言う事だ。

しかし、だからこそ異世界人にとっては何て事ない物でも、この世界の人たちには革命的な物に見えるに違いない。

次に転換魔法。

これは、元素魔法とはまるで性質が異なる魔法である。

自然界にあるものを操るのではなく、生物そのものを変化させる魔法だ。

元素魔法が外から作用するなら、転換魔法は内から作用を為す。

使用者の身体を強化したり、敵対者の身体能力を下げる効果を付与するらしい。

親父さんが先ほど使用していた治癒魔法においても、身体強化の一種らしく

一時的に人間の持つ再生能力を底上げする魔法である。

ただし、これは万能では無い。

あくまで一時的に人体の再生能力を底上げするだけなので、

重傷や重病には焼け石に水程度の効果しか得られないとのこと。

魔法。とは言っても、やはり何でもかんでも出来るわけでは無い様だ。

「ー…で、テオはどっちが良い!?」

「はい?」

僕が考え込んでいると、ウィルソンさんが目を輝かせて問うてきた。

しかし、質問の意味が分からず聞き返してしまった。

どっち、とは一体?

「テオなら適性とか関係なく、どっちの魔法も使えるだろうからな!

元素魔法と転換魔法のどっちを覚えたい!?」

んん?僕なら適性は関係ない?どう言う意味だ?

疑問符を浮かべる様が見えたのだろう。親父さんが見かねて、ウィルソンさんの言葉の意味を説明してくれた。

「…異世界人ってのは両方使えるらしいからな。テオも…転生者で元は異世界人だ。

だから、どっちも使えるだろうって事だ」

「あぁ…なるほど…」

しかし、また何故異世界人なら両方使えるとされるのか…。

謎が謎を呼ぶ。これではキリがない。これらの問題は後回しにしよう。

とりあえず、僕はウィルソンさんの問いに答えるべく考えを巡らせた。

「うーん…僕は転換魔法が使いたいです」

「!」

僕の答えを聞いて親父さんの顔が俄かに明るくなった。

「やっぱり、父親が使ってるとそう思っちまうのかねぇ」

逆にウィルソンさんは残念そうだ。

「それもありますけど、火や水なら自力でどうにかしようと思えば出来ます。

でも、自身の体力を強化するのは必ず限界が来るでしょう。なので、それを補う魔法は使い勝手良いのではと…」

今回の事だって、材料さえ揃えば火も風も自力で起こせたのだ。

悲しいことに貧乏だから、火も風も用意出来なかった。

だが、そこさえ解消出来れば元素魔法を使う必要性は低いように思えるのだ。

ならば自力では如何しようも無い事を補う力を、別に身に付けた方が今後の役に立つだろう。

まぁ…元素魔法が便利で有ることは分かって居るし、両方覚えられるかもしれないと言うことなら、

日常生活を送る上で使える程度の元素魔法なら覚えておいても損はないだろう。

ともかく、本格的に覚えるのは転換魔法の方が良いと言う結論で有る。

「お、おー…?テオ、難しい事、考えてんだなぁ…」

「そうでもないですよ。親父さんのようになりたいと思ってるからこそです」

これまでの話から、転換魔法を扱う親父さんだったからこそ、僕が生まれてからの6年間を

崩壊寸前だったウェルスで生き残る事が出来たのだろうと僕は考えた。

親父さんがウェルスの要となったからこそ、僕もお袋さんも、村の人たちも生き残る事が出来て居るのだ。

ならば、親父さんのようになりたいと思うのは自然な事だ。

僕が親父さんのようになれれば、それだけウェルスを支える事が出来るのだから。

「そうかぁ!良かったなぁ、ネッド!」

僕の考えを聞いたウィルソンさんは、親父さんの背中を叩きながら言った。

「……」

しかし、親父さんは明後日の方向を見て無言を貫く。

親父さんはどうやら照れて居るらしく、耳まで赤くなっている。

僕の選択が親父さんを喜ばせたのなら僕としても嬉しいが、敢えて突っ込むまいと決めて、僕は水を飲んで一息ついた。

しかし、ウィルソンさんが容赦なく親父さんが照れているのを指摘してしまい、2人で結構な口喧嘩をする事になる。

賑やかな昼休みを過ごした後、2時間が経過した。

崩壊した炉の火は完全に落ちたようで、残ったのは真っ黒な灰の山だった。

燃え尽きた木炭や破壊された炉の破片を選り分けて、僕たちは灰の山の中から円形の塊をひきづり出した。

その塊は僕が想像していた通りのケラの塊だった。

「やった…!」

ケラとは銑鉄の事。つまり、製鉄は成功したのだ!

質がどの程度良いかまでは鑑定眼を持つ僕でも推し量る事は出来ないが、とにかく銑鉄が出来たなら当初の目的は達成された。

後は、これを砕いて商人との取引に用いれば良い。

問題はどうやって砕くか、だ…。

「これが、鉄か?」

目の前にある灰色の塊を見て、親父さんが不思議そうに呟く。

「随分、違うんだなぁ」

ウィルソンさんも不思議そうにケラを眺めて居る。

おそらく2人が想像して居る鉄は、成形された状態の鉄インゴットなのではないだろうか。

鉄インゴットを作るには、この状態から更に精錬し型どる必要があったはずだ。

出来上がったケラは凸凹しており、歪な形はしているが直径30cmほどで重さは恐らく20kg程になるだろう。

だが、どんな形にせよ鉄には変わらない。

それは商人に見せても納得してくれるだろう。何せ、商人は総じて鑑定眼を持って居るそうだから。

しかし、この状態のまま商人に見せて良いものか…。

出来るのなら、鉄の成分だけで固まって居る箇所を選り分けたい所だ。

木炭で精錬したため、当然炭素もケラに含まれて居る。

炭素が多い場所はそれだけ鉄分が少なく、おそらく鉄としての質は良くないだろう。

純粋に鉄分だけの箇所ならば、いくら素人が作った銑鉄でもそれなりの値段になる筈…。

しかし砕く手立てがない。

…これは、思い切った方法を取るしか無さそうだ。

あとの問題は商人が都合よく欲しいものを持ってきてくれるか、どうかだろう。

「…商人さんが次に来るのっていつ頃だっけ?」

「ん?あー…そろそろじゃないか?3日か2日か…」

僕の問いに親父さんは指折り数えて、教えてくれた。

これは丁度良かったとしか言いようがない。

それまで、この銑鉄はミラー家で保管し取引もミラー家ですることにしよう。

僕の提案を聞いた親父さんは軽々と鉄の塊を持ち上げた。

火点けと送風の役割を担ってくれたウィルソンさんにお礼を言って別れ、

僕たちは銑鉄と共に帰宅したが、銑鉄見たお袋さんを目玉が落ちるのではと思うほど目を見開いていて、かなり驚かせたようだった。

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