9. 第1話 9部目 キリキリムシが喋ってるんですが!?

「テオ!どうした!?」

いつまで経っても来ない僕を心配してか、親父さんが戻って来た。

痛がっている僕を見て血相を変えている。

「キッ、キリキリムシが!喋って…!怒って、ぼ、僕に噛み付いてててててっ」

鼻に掛かる痛みが増す中、僕は必死に親父さんに状況を説明した。

親父さんは何とかキリキリムシを追い払おうと、僕の顔の前で手を振り続けてくれたが、却ってそれが怖かった。

暫くすると、キリキリムシも噛み付いているのが疲れたのか、僕から離れてくれた。

「てめぇが先に言って来た事を破った罰だ!ざまあみやがれってんだ!」

「えぇ?ぼ、僕、君に何か言った?」

鼻を摩りながら、キリキリムシの言葉に疑問を返す。

すると、キリキリムシはまたぴょこぴょこ飛び跳ねて、僕を威嚇して来た。

「きぃいいい!お前が「人の食い扶持が減るから、ある程度にしろ」って言ったんだろうが!

その時、俺様は「ある程度にしてやるから、毎年麦作れよ」って返したんだぞ!

それを、お前が破って、畑に毒撒き散らしたんじゃねぇか!!」

「…何だって?」

まさか、このキリキリムシはあの時の個体!?

信じられないが…このキリキリムシの言っている事は本当かもしれない。

しかし、まさかあの時にキリキリムシとの約束が成立してたなんて…。

「また惚けやがって!!」

怒り心頭のキリキリムシに対して、僕は慌てて弁明し始める。

「そ、それは違うよ!僕はあの時、君の声は聞こえなかったんだ!」

「はぁ!?今は会話出来てるじゃねぇか!」

「僕も困惑してるんだ。確かにあの時、僕には君の声が聞こえなかった。

でも今は聞こえてる。どう言う訳か、さっぱりなんだ」

キリキリムシとなるべく目線を合わせようと身を屈めて話すと、

キリキリムシは思案する様子を見せた。

「…確かに、あの時のてめぇは今より惚けたツラァしてやがったな…」

和解への一筋の光が見えて、僕はすかさず飛びついた。

「まさか、知らず知らずの内に約束してしまっていたなんて、分からなかったんだ。

この通り、謝るよ。…信じてくれるかい?」

キリキリムシに頭を下げて謝ると、キリキリムシは段々と溜飲を下げていってくれた。

「…っち。分かった。ただし、毒を撒き散らすのは止めろ!俺様たちが食えなくなるだろうが!」

知らない内に約束していたとはいえ、僕はキリキリムシ達に継続的な餌場の確保を約束してしまっていた。

となれば、どうにかして事を納めなければなるまい。

そうして解決案を僕が思案していると、親父さんが何ともやり辛そうに声をかけて来た。

「…なぁ、テオ。お前、キリキリムシと話してんのか?」

奇異な物を見る目でキリキリムシを見遣り、自分の言動に対して疑わしそうにしている親父さん。

そこで、僕は気づく。

「え…っと。もしかして、僕にしか聞こえてない?」

「俺にはキリキリムシがきいきい鳴いてる声しか聞こえん」

何と言う事だ。キリキリムシの声が僕にしか聞こえていないなんて。

と言うことは、これまでのキリキリムシとのやり取りも

親父さんからすれば一人芝居に見えて居たと言う事になる。

なんて恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

しかし、何故、こんな急に声が聞こえる様になったんだろうか?

「…緑丸くん。どうして僕は君の声が聞こえる様になったんだろう?」

会話ができる様になったキリキリムシに、聞こえる様になった理由を尋ねてみる。

「はぁ!?みどりまるぅ!?何だそりゃ!?」

しかし、キリキリムシは僕が呼びかけた名前の方が気になる様だ。

「君の名前を知らないし…とりあえず、暫定で…」

外見は緑色をしているし、分かりやすくて良いと思うんだけど…。

「俺たちに名前なんてねぇよ!」

「あ、それなら丁度良い。これからは緑丸くんって呼ぶね」

元々名前がないなら好都合。

と言うより、やはり名前で個別認識しないと話がし辛いから、受け入れて欲しい。

「んなダセェ名前要るか!」

だが、緑丸くんは気にくわない様だ。

「えぇ、そうかなぁ?僕は格好いいと思うんだけどなぁ…」

緑はキリキリムシの特徴を捉えているし、丸は戦艦などの船に良く付けられるから、

戦艦みたいに格好いい見目のキリキリムシにはピッタリだと思う。

その思いを込めて、格好いいと伝えると緑丸くんは満更でもなさそうな態度へと変わった。

「…かっこいい?…ふうん…なら、仕方ねぇな。緑丸って呼ぶのを許してやる!」

「本当?ありがとう!緑丸くん!」

何とか了承を得られた所で、僕は改めて緑丸くんに言葉が通じる様になった理由を尋ねる。

すると、緑丸くんは素っ気なく答えてくれた。

「俺が知るか。てめぇが持ってる能力のお陰なんじゃねぇの」

「でも、僕の能力はこの目…鑑定眼だけなんだけど」

「だーかーら!俺が知るかって言ってんだ!別の能力でも手に入れたんだろ!」

緑丸くんは苛立ちを露わにしつつも、ヒントとなりそうな言葉を返してくれた。

「…新しく能力を手に入れたか、元々持ってた能力が開花したか…?」

しかし、虫の言葉が分かる様になる能力とは、一体…?

「そうか…言語理解能力か!」

すると突然、親父さんが声を上げた。

「言語理解?」

「あぁ、そう言う能力があるってのを聞いたことがある。全異世界人が持つ能力だった筈だ」

「それじゃあ…その能力が強化したから緑丸くんの言葉が分かる様になったって事?」

「多分な」

親父さんのおかげで合点がいった。

転生者である僕も、言うならば異世界人だ。

しかし、この世界に生まれ、育つ過程で自力で言葉を理解して居たから、

言語理解能力がある事に気がつかなかったと言う事か?

いや?よく考えれば、生まれた時から人の言葉を理解して居た様に思える。

あれが言語理解能力の一端だったのかもしれない。

ならば、年を追う内に言語理解能力が強化されても可笑しく無いか?

「おい!それより、こっちの話をどうにかしろ!」

「あぁ、ごめんよ。麦の話だったね」

僕と緑丸くんは麦畑について交渉を始める。

時折、緑丸くんの言葉を親父さんに伝える事で畑の取り分を決める事にした。

殺虫剤を撒く前の畑の1つを、キリキリムシたちに分けて

それ以外の畑にはキリキリムシたちは一切手を出さない。

その代わり、人間である僕たちはキリキリムシたちの為に毎年麦を植える。

これによる人間へのメリットは、キリキリムシによる畑への被害が無くなる事。

だが、これらはお互いの信頼関係が問われる取引になる。

よって、人間とキリキリムシの中から、代表者を立てお互いを見張る事にした。

そして、その役目を担うのは…。

「まぁ、お前と緑丸しかあり得ないな」

「そうだよね…」

今の所、キリキリムシたちの言葉が分かるのは村の中で僕しか居ない。

緑丸くんは何と、キリキリムシたちのリーダーだったらしく、一も二もなく見張り役を申し出てくれた。

交渉を持ちかけたのも緑丸くんである所や、僕の弁明を聞き入れてくれた所から緑丸くんの知能の高さが伺える。

ともあれ、僕たち人間とキリキリムシたちは共生を誓う事になったのだ。

キリキリムシたちには、村の一番端に位置する畑を譲る事にした。

他の畑は、暫くの間殺虫剤を巻き続ける事を約束の中に盛り込んだためだ。

少しでも殺虫剤の効果がない場所に、キリキリムシたちは居るべきだろう。

「ー…と言うわけで、これからよろしくね。緑丸くん」

僕の肩に乗る緑丸くんに、握手の代わりに人差し指を差し出すと緑丸くんは外方を向く。

「ふん!俺様はてめぇら人間を信用したわけじゃねぇからな!

約束を破ったら…」

そう言って、緑丸くんは牙をカチカチと鳴らして、僕の人差し指に威嚇をしてきた。

緑丸くんの牙が肌に刺さる感覚を味わったのは記憶に新しい。

あれは、とても痛かった。

恐らくだが、あれでも手加減をしてくれて居たのではないだろうか。

本気で噛まれたら…指が取られかねない。

「それは嫌だから、頑張って守らせて貰うよ」

そう言って、僕は緑丸くんの牙をちょんと突き、

初めて村の大人以外の話し相手を得た事に喜びを感じつつ、

明日は何をしようか思案するのだった。




第1話 完

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