6. 第1話 6部目 タバコは作りませんが?

村から徒歩2時間ほど南下した位置であるそこには草原が広がって居た。

ありとあらゆる植物が、あちらこちらに群生して存在している。

日当たりも良く、程よく暖かい。

タバコが自生するには、丁度良い環境と言えるだろう。

いや、そう言った理由などを抜きにしてこの場所は凄い。

「ー……」

広がる草原と遠くに見ゆる圧倒される程の大山。

その場所だけ違う時間が流れているかの様な錯覚に陥ってしまいそうになった。

「お前の言ってた場所に近いだろ?」

親父さんの声で我に返った僕は、下ろして欲しいと願い、その地に足を踏み入れた。

視線が下がった事で、より近くに草原を感じられワクワクしてくる。

しかし、ここはお弁当を食べるには打って付けな場所ではないか。

僕は親父さんに休憩を提案し、僕たちはお袋さんが作ってくれた麦握りを頬張った。

味はいつもと変わらない。

しかし、吹き抜ける風の心地よさや、新鮮な草木の匂いを嗅いでいるだけでいつもとは違って感じられる。

これで、もう少し近ければ、今度はお袋さんも一緒にと言いたい所だ。

…あ、そうだ。親父さんに聞きたいことが有ったんだ。

タバコを手に入れるとなった時から気になっていた事がある。

「父ちゃん。聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「何だ?」

「この世界のタバコって”タバコ”って言うんだよね?」

「はぁ?何言ってんだ、お前」

僕が聞きたいのは、娯楽品の方のタバコの名称の由来だ。

ここに来るまでに見て来た樹木や植物たちは、僕の知ってる植物とは微妙に名前の違うものばかりだった。

しかし、タバコに関しては、タバコで通じるのだ。

これは妙ではないだろうか?

樹木や植物の名前は少し違うと言うのに、タバコは僕の前世での呼び方だ。

この世界特有の呼び名があって然るべきではないだろうか?

と言った疑問を説明すると、親父さんは答えに見当がついた様だ。

「ー…それは、あれだ。異世界人が持って来たからだ」

「タバコも異世界人が持ち込んだものだったの?」

と言うことは、タバコを持ち込んだ異世界人と言うのは十中八九、地球人だ。

この世界では、異世界人と呼ばれる人間が結構な数居る…らしい。

各国のトップに立つ人間は、『異世界人連盟』から

異世界人召喚魔法陣と言う…何やら長ったらしい名前の魔法道具を支給されているとの事。

それを使って異世界人を喚び出す事が出来るのだ。また、還す事も可能なのだとか。

その魔法で喚び出された人間は異世界人や召喚者と呼称され、

各国の問題を解決する様、求められるらしい。

だが、召喚される人間は選べない上、助けて欲しい問題とは

まるで違う事を解決したり、あるいは問題を起こしたり、

帰還を要望する異世界人が殆どだとか。

こう聞くと、結構な博打の様なものだ。

しかし、それを承知した上で各国は定期的に異世界人を喚ぶ。

これもまた、この世界の不思議である。

ともかく。

世界のあちこちに異世界人は存在しており、現れる先々で異世界の技術を残していく。

タバコもその1つだと言う事だ。

「どんな異世界人だったか、知らない?」

タバコをこの世界に残して来た人物は、十中八九地球人だ。

どんな人物にせよ、同郷の人物には会ってみたいが…。

「さぁな。俺が生まれる前から、タバコは有ったしな」

「そっか…」

親父さんが生まれる前からと言うと、少なくとも30年前から存在していると言うことになるだろう。

僕が一人歩き出来る歳になった後で会える可能性は低そうだ。

親父さんは続ける。

「タバコは大陸の南方の国でよく作られるらしいし、そっちの方に行けば会えるんじゃ無いか?」

南方の国。恐らく、その国は一年を通して暑いのだろう。

しかし、この世界には地球で言う赤道の様なものはあるのだろうか?

少なくとも太陽と月は存在しているし、星もよく見える。

となれば、この世界も地球と同じ球体の惑星であると考えるべきか…。

ううむ…本当に分からない事ばかりだ。

しかし、それ故に知る事の楽しみは存在する。

これからじっくり、この世界の事を知って行こう。

その過程で、僕が転生を果たした理由も分かるかもしれない。

「異世界人かぁ…どんな人なんだろう?」

「……」

僕の素朴な疑問を聞いた親父さんは複雑そうな顔を見せた。

しかし、その顔を隠す様に親父さんは直ぐに立ち上がり、用を足しに行ってしまう。

親父さんとお袋さんは、時々今の様な顔を見せる事がある。

その理由は分からないが、その顔を見ると申し訳ない様な、寂しい様な気がしてくるのだ。

出来る事なら理由を知って、その顔をさせない様にしたいのだが…。

それを聞くのは何故か躊躇ってしまい、未だに聞けずにいる。

果たして、あの複雑そうな顔の理由を知れる日は来るのだろうか。

親父さんが用を足している間に、僕は周辺の草木の鑑定を進めた。

探しているタバコが異世界人の持ち込んだものであるなら、

こちらの世界でのタバコの名称は本来なら違うものである可能性が高くなった。

それを確かめるためにも、僕は親父さんにタバコの名前の由来を聞いたのだ。

僕はある程度の見当をつけながら、慎重に調べて回る。

生のタバコとは、多年生であり被子植物のナス目、ナス科のタバコ属である。

ナスと言う言葉から察する通り、生のタバコはナスやトマトの様に

葉が茎の全体を覆い尽くす様な見た目をしている。

なので、その見た目に似ている植物を見つけて鑑定するのだ。

親父さんが用足しから戻ってくると同時に、僕は遂に見つけた。

「あった…!」

「これがそうなのか?…確かにタバコのニオイするな」

僕が見つけた植物の匂いを嗅いで確かめる親父さん。

匂いからも分かる通り、確かにこの植物こそ、この世界で言う生のタバコである。

名前をコタバ。やはり、名前はタバコのアナグラムだった。

現在生産されているタバコも、このコタバの葉から作っているのでは無いだろうか?

僕は早速、何枚かの葉っぱを採取する。

すると、親父さんが怪訝そうに声を上げた。

「何で、チマチマ集めてんだ?根っこから引っこ抜けば良いだろ」

親父さんはそう言ってタバコに手を掛けようとしたが、僕は慌てて止めた。

「今の所、ここにしか自生してないから摘み取るのは控えておこう?

そうしないと、来年同じ事が出来なくなっちゃうかもしれないし…。

栽培出来る様になってからでも遅く無いから」

最も、栽培出来る様になった後でも、根っこから引き抜くのは効率が悪いと思う。

この手の植物は接ぎ木で増やしていくものだが、まずコタバ性の殺虫剤の効果を確かめてからだ。

僕の説明を聞き、親父さんは納得してくれたらしく手を引っ込めてくれた。

「まぁ…テオが言うなら止めとくが…。その量でタバコ、作れんのか?」

不満そうな顔をして言う親父さんを見て、僕はある種の確信を得る。

「…父ちゃん。もしかして、昔、タバコ結構吸ってたの?」

「あぁ。町に居る時はよく吸ってたな。しかし、よく分かったな?」

やっぱり。

お袋さんがコタバ捜索に、乗り気でなかったのは親父さんがヘビースモーカーだったからだろう。

町を離れて、お袋さんと当てのない旅を続けている間に強制禁煙する事になり、

ウェルスに居着いてからはタバコを買う当てが無かったから、吸う事が出来なかったのではないだろうか。

しかし、ここに来て僕の提案からタバコを再び吸う事が出来るかもしれないと考えた親父さんに対して、お袋さんは渋々な反応を見せたのだ。

「父ちゃん…僕たちは、殺虫剤を作るためにコタバを探してたんだよ?

タバコを作るためじゃないんだから、我慢してよ。ね?」

眉を下げて苦笑しながら諌めると、親父さんは何かに耐え忍ぶかの様な顔をした。

「うぐ…お前…年々、アメリアに似てきやがって…。卑怯だぞ…」

そう。親父さんはお袋さんにとことん弱い。

特にお袋さんが困った様に笑うと親父さんは何かのツボを刺激されるのか、身悶えするのだ。

更に言うと、僕の外見は母親似だ。

その僕が困った様に笑っても、親父さんは堪らないらしい。

いつもは頼り甲斐のある父であるが、母に弱い所を目の当たりにすると、途端に親しみが沸く。

そんなこんなで採取を終えた僕たちは、また2時間ほど掛けて帰郷。

お袋さんに草原の話をしたり、コタバの殺虫剤の作り方を話しながら整理したり、

親父さんがヘビースモーカーだった話をしたりして、僕は寝床へ潜る。

やはり、まだ6歳の体では4時間余りの遠征はキツかった様だ…。

僕は明日にする事を思い描きながら、深い深い眠りへと誘われていった。

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