4. 第1話 4部目 殺虫剤、作れますが?


まずは、畑の収穫量を増やすところから始めよう。

その為には、先に害虫の存在をどうにかしなくてはならないな。

親父さんが管理している畑の周りをうろつきながら、僕は害虫の姿を探す。

作物の天敵とされる虫は何種類か居るが、この世界では

キリキリムシと呼ばれる虫が一番の天敵だ。

見た目は、カミキリムシと酷似しており性質もそれほど変わらないらしい。

違う点と言うと、寿命だろう。

本来なら虫の寿命など嵩が知れているが、この世界の虫や動物の寿命は

その体内に蓄積してる魔力?とやらの量によって異なるらしい。

虫の中でも魔力の蓄積量が多い個体は、長くて20年近く生きるとか…。

これらの話には何の根拠もなく、”らしい”程度の話でしかない。

20年近く生きている虫と遭遇する事自体、単純に難しいのだから無理もない。

しかし、それだけ長く生きている虫ならば、人の言葉も理解していそうだ。

ファンタジーな世界なのだし、虫と喋れても良いのではないだろうか?

そうすれば、相互理解の元、共生していく道も開けそうなのだがなぁ…。

「なぁ、お前さんはどう思う?」

親父さんに聞かれない程度の小声で、僕は目の前にいるキリキリムシに話しかける。

こいつの存在が親父さんにバレたら、まず殺されるだろうからだ。

今世の僕の父、親父さんは中々に血の気が多い。

自分が管理してる畑に虫が居ようものなら、麦ごと潰してしまいかねないほどの動きで虫を殺しに行く。

その調子で、鶏の一匹くらい仕留めてこれないものだろうか…?

そんな事を考える僕を無視して、キリキリムシは麦を一心不乱に頬張っている。

「そんなに食わないでくれないか?僕たち、人間の食い扶持が減ってしまうよ。

ある程度、子孫繁栄出来るくらいの量を食べるのに留めて欲しいんだがなぁ…」

何も全滅させたいなどとは思っていない。

ただ、お互い歩み寄れないかと考えているだけ。

しかし、当のキリキリムシは腹が一杯になり満足したのか、僕の横を軽やかに飛んでいってしまった。

魔法などと言うものが存在する世界でも、人間以外の生物と話すことは出来ないか。

個人的にもガッカリした所で、親父さんに声をかけられ帰宅することとなった。

帰宅するとお袋さんが麦をお湯で煮詰めた…粥の様な食べ物を出してくれた。

これが、この村の毎日の主食だ。

もはや食べ飽きたと言わざるを得ないのだが、

最近に至っては空腹を紛らわすためだけの精進飯と思う様になってきた。

親父さんと僕は揃って粥を何杯も胃に流し込む。

肉も食べられない状況で、重労働を熟す親父さんには積極的に食べて貰わねばなるまい。

親父さんはこの村の食料事情を支えていると言っても過言ではないのだから。

何杯目か分からない粥を流し込んだ親父さんは、苦々しい表情で口を開いた。

「…また、ウィルソンの所の畑が1つやられた」

悔しげにしながら、机に食器を乱暴に置く。

「まぁ…今年の収穫、大丈夫かしら…?」

お袋さんが不安げに相槌を打つ。

現在、村で管理されている畑の数は5つ。

3つを親父さんが管理しており、後の2つを村で2番目に若いウィルソンと言う、中年男性が管理している。

そして、ウィルソンが管理している2つの畑の内の1つが、キリキリムシの餌食になったようだ。

「何とかするしかないだろ。収穫までに、まだ時間はある」

そう言いながら、親父さんはまたも粥を飲み干す。

1つの畑がダメになったとは言え、幸いな事に収穫の時期までは遠い。

今から、種を蒔けば間に合うことだろう。

しかし、またキリキリムシに食べられては困る。

殺虫剤の代わりになる様なものを作れれば良いのだが…。

と、思った時、フと前世の光景が脳裏を過ぎった。

それは、娘の晶子が農家に嫁いだ後の事だった。

家庭菜園を始めた妻の千代子が、虫を寄せ付けない方法は無いか?と晶子に尋ねた。

殺虫剤を使えば良いと言う晶子に、千代子が「体に悪そう」と言って及び腰の姿勢を見せると、晶子は代替案を千代子に伝えたのだ。

しかし、それも今考えれば千代子の案ずる所になってしまっていたのだが…。

晶子が千代子に提案したのは、タバコの茹で汁を作物に振り掛ける、と言う方法。

タバコに含まれるニコチンを抽出した水を、作物にかけると殺虫剤の代わりになるのだ。

もし、これが今世で作れれば、絶大な効果を得られるかもしれない。

ただ、虫を寄せ付けないと言う目的のためだけに使うもののため、

作物の味が変化する可能性は否めない。

それに、生のタバコがこの世界にあるとも限らないのだ。

だが、タバコ製の殺虫剤を作成出来れば、虫の被害に苦しむ現状を打破する事は出来るはずだ。

僕は早速、親父さんに質問をした。

「父ちゃん。この世界にはタバコって有る?」

もし、タバコが娯楽品として広まって居るなら、当然、タバコの葉も存在してる筈。

そう思い口にした質問に、親父さんは見る見るうちに顔を真っ赤にして、凄い剣幕で問い返してきた。

「何…?お前、吸うつもりか!?」

「ち、違うよ。有るのか、聞きたかっただけで…」

そもそも、前世でもタバコはそんなに吸わなかったしなぁ。

今世でも必要に迫られない限り吸う事は無いだろう。

しかし、親父さんの反応から察するに、タバコは存在して居るようだ。

ならば、村の周辺の森の何処かにタバコが自生して居るかもしれない。

それを見つけ出せれば、農薬としても娯楽品としても扱えるようになる筈。

鑑定眼を屈指すれば、見つける事も出来るだろう。

希望の光が見えて来た事にほくそ笑む僕を見た親父さんは、

怪訝な顔をしてこちらを見ている。

「…ならなんで、そんな事聞きたかったんだ」

「うん。タバコを上手く使えば、殺虫剤の代わりに出来るから

生のタバコが森の何処かに自生して無いかなと思って…」

「…何!?どう言う事だ!?」

僕の言葉を聞き、親父さんは目の色を変えて、詳しく話せとせっついてきた。

親父さんとお袋さんは、僕に前世の記憶がある事を知っている。

と、言うより、村の人たち全員が周知している。

そもそも、転生者とは前世の記憶を持って生まれるものだと言われているらしく、

僕が年寄り臭い発言をしても、村の人たちも両親もそれほど驚かない。

そのため、前世の記憶を交えて話しても、親父さんもお袋さんも茶化さず真剣に聞いてくれた。

タバコに娯楽品以外の使い道がある事を知った親父さんは、膝を叩いて言った。

「よし。それなら、明日森にタバコを探しに行くぞ。当然、お前も連れてくからな」

そう言って、親父さんは乱雑に僕の頭を撫で繰り回す。

「うん!ありがとう、父ちゃん」

正に即断即決。僕の話の1つも疑っていない様だ。

しかし、こう言う時の親父さんの即決力は実に頼もしい。

親父さんなら森は危険だから行きたく無いとは言わないだろうと踏んでいた事もあり、極自然に森へ行く事が叶いそうだ。

だが、傍目で見ていたお袋さんが困り眉をして口を挟む。

「えぇ…本当に行くの?」

心配そうな、訝しむ様な目で親父さんを見つめている。

「ったり前だ!もし、畑に使えなくても、タバコなら吸っちまえば良い。

どちらにしても、森に自生してるのを見つけるだけで儲けもんだ」

お袋さんの心配は他所へ、悪どく笑いながら親父さんはやる気に満ち溢れている。

対して、お袋さんは納得がいかないらしく、「でも…」と何か言いたげな様子を見せたが、やる気一杯の親父さんを見てため息を吐く。

もしかして…と、お袋さんの心配にある程度の見当が付いたが、敢えて指摘せず僕は早めに眠りにつく事にした。

明日は滅多に行くことのない森へ行けるのだ。

それも、タバコと言う名の宝を探しに。

明日が来るのを楽しみに待ち構えて、僕は眠りに落ちていくのだった。

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