兄さんの足跡
――あれはいつの事だったんだろう……
――兄さんの足跡を追いかけるようになったのは……
休日の朝、ハオユーはベッドにごろんと寝転び、手鏡を見ながら鼻毛を抜いているフェイロンを見ながら子供の頃に思いを馳せる。
ハオユーは幼い頃、典型的ないじめられっ子だった。いじめられて泣いて帰って来ることもしばしば。原因は殴られるのが怖いという、フェイロンにとってはそれこそ鼻毛を抜かれるようなちんけな答え。
当時、学校に行けるのは金持ちだけだった。フェイロンは自分は学が無くてもいいから、下男としてのなけなしの給金をほとんど使い、ハオユーだけは学校に行かせていた。
読み書きが出来ないと、一生、社会の底辺を這いずり回ることになる。ハオユーには普通の暮らしを手に入れてもらいたい兄心だ。
しかし厄介な問題が待っていた。ハオユーが学校に入ったのは八歳の時。普通六歳から通い始めるところ、八歳のクラスに途中編入してもちんぷんかんぷんだろうと学校と協議した結果、六歳のクラスに通い始めたのである。
それに目をつけたのがいじめっ子たちだった。二才も年上のくせに体も大きくないし、なによりすぐおどおどしてしまうその肝っ玉の小ささに、いじめ心がくすぶられるのであった。
まずあったのが、クラス中から無視されるいじめ。これも辛かったが我慢はできた。しかしいじめはエスカレートするものだ。つぎに突如訳もなく殴られるという厄介なやつだ。これをされている時に泣いて帰ったものだった。
特にたちの悪いのがウー (呉)という奴をリーダーとした四、五人のいじめっ子グループだった。たまに本気で蹴りを入れてくる。それで椅子から転げ落ちるとクラス中の皆が大笑いをしたものだった。
「ふーむ」
そこでさっきの話しと繋がる。ハオユー自体はフェイロンと同じように、三つのころから武術を修めさせられ、本気で戦えば年下の三人程度は余裕で倒せるはずなのである。工字伏虎拳はとっくに覚えているし、体力もそれなりにある。対練もたまに相手をしてやるし、負ける要素が全くない。ただ一つ欠けているとしたら、気迫。これにつきる。
フェイロンは呼吸法で喧嘩で殴られるのが痛くなくなるという奥義を徹底的に教え込んだ。きつい時には体中あざができるほど厳しく、殴られる事が平気になり慣れてしまうまで肉体改造、そしてフェイロンのサンドバッグ状態という修羅場をくぐりぬけさせ、精神改造も行った。
ある日ハオユーを武館の庭先に呼びつけた。フェイロンはこの半年間で身につけた五形拳なるモノを披露する。そしてこの五つの拳の中から気に入ったものを選べと言う。ハオユーは迷った末に華麗で、美しい鶴形拳を選びとった。
相変わらずいじめは続いていた。しかし毎晩鶴形拳の套路を踏んでいると次第に骨身に染みてくる。鶴形拳をやっているときは自分は無敵だと思えるようになってきた。
まずは指先を鍛えなくちゃならない。指先で地面を押さえ毎晩百回の腕立て伏せをフェイロンからやるように言われた。
そして呼吸法。息を吸って丹田に力を込め、「ふーっ」と息を吐く。これで多少殴られても痛くなくなるのをフェイロンとの対練で身につけた。
それから三ヶ月が過ぎた。
「他の者はどうでもいい。リーダーのウーをまず叩きのめすんだ」
フェイロンの指示に従い、ウーが殴ってくるのを待った。
ついにその時は来た。ウーがへらへら笑いながらハオユーの方へやってきた。ハオユーは呼吸法で丹田に気をこめる。
ウーが蹴りを飛ばす。ハオユーの後頭部に蹴りが当たる……筈だった。
ハオユーはやおら後ろを鶴手で防御し、その足を抱えこむと体当たりをかまし、倒れさせる。ウーの仲間がハオユーを殴る蹴るをするが、痛くもなんともない。
ウーに馬乗りになり鶴手で顔面を思い切り突く。今までの恨みを込めていると次第に拳でどつきまわしていた。ウーが気絶をすると、次はウーの仲間たちと闘い始める。一応パンチらしきものはだすのだが、へなちょこで鶴手でやすやすと受け流す。そして反撃の掌を顔面に打ち当てる。次第にハオユーの真の強さを悟った者たちがじりじりと後退をしはじめる。
ハオユーはそいつらを追いかけ回して、捕まえた者から順番に倒していく。
たちの悪い五人組を倒すとそれまでウーに言われて無視をしていたやつらも教室の隅に固まっている。
「ホアン君て本気を出したら凄いんだね!」
いままでウーに押さえつけられていたグループがハオユーに話しかける。
こうしていじめは幕を閉じた。
そして七年後、学校を卒業する日が来た。フェイロンが自分の武館を探し回るのを手伝って、空いている武館をしらみ潰しに訪れていた頃、ハオユーは臨時の職を見つけ出し、生活費を捻出してフェイロンを支えた。
フェイロンが十八歳になり、武術大会の大人の部に出場できるようになると、早速優勝をかっさらった。マー大人が所有している武館も決まり、晴れて道場主である師範につくと、ハオユーは師範代におさまった。
それから十年、兄さんの足跡を必死で追いかける日々が今日も続いている。
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