天涯の拳

最後の闘い

「うおりゃー！」

　与儀が全速力で突進してくる。フェイロンは腕を十字にし、その重い肩を受け止める。少し後ろにずれたが、与儀の突進を止めた。

「むぅ、誰も止めた事のない俺の体当たりを受けるとは……」

　フェイロンと与儀は一旦距離を取る。まず与儀が動いた。二歩突っ込んでの正拳突きである。フェイロンは上げ受けで防御すると同時に与儀の顔面に拳を叩き込み、さらに受けていた左手で横突きを喰らわす。

　攻防同時。相次ぐ連突きに与儀は直感的に感じる。

「それは……五形拳ではないな」

「いや、五形拳だ。ただしお前には教えていない技だ」

「なに！？」

「行くぞ！」

　フェイロンが龍手で与儀の顎を狙うも外受けで返される。与儀はあの打ち下ろす正拳突きをフェイロンめがけて仕掛けるも、フェイロンは中に入って肘で与儀の顎を打ち上げる。

　やや一方的な展開になってきた。フェイロンは今与儀に明かしていない龍形拳で闘っている。それに翻弄される与儀。

　与儀が飛び膝蹴りをフェイロンにしかける。すっと後ろに下がるフェイロン。だが、それは見せかけで着地と同時にその足で前蹴りを腹に極める。

「うっ！」

　体勢が崩れたところを与儀の左手の手刀がフェイロンの首を狙って繰り出される。フェイロンは上げ受けで受け止め、返し技で下突きを与儀にお見舞いするも、肘で受けられる。

　互角……と言っていい。与儀の技も冴えている。

「拳くらべだ！」

　フェイロンが叫び右拳を与儀に向かって突き出すも与儀は首をかしげてかわしてみせる。

「おうよ！」

　与儀は細かい連突きをフェイロンにくりだす。豹形拳のそれではなく、翻子拳の連突きに近い。それを一発一発丁寧に受けながら返し技で虎形拳の拳を与儀の顔面にめり込ませる。

　それをものともせずに左横突きをフェイロンにぶち当てる。フラりとするフェイロン。

　そこに与儀の横蹴りがフェイロンの腹に極る。ズドドっと後退し、尻餅をついてしまった。

「やるじゃねーか……」

　フェイロンは息を整えながら虎形拳の構えだ。

「ドンッ！」

　与儀が突っ込んでの追い突きである。フェイロンは右手を鶴手にし円を描きながら受け流す。与儀は勢いこんでフェイロンに体ごとぶち当たる。フェイロンはその隙に体が半身痺れてしまう神堂の経穴を突く。

　しばし混戦のあと、与儀の左半身が重くなったようだ。神堂の効き目は短い間だ。その間に徹底的に痛め付けておかなくてはならない。

　ドドドドドド……

　豹形拳の連続打ちが与儀の顔面に炸裂する。与儀は右手で防戦しようとするも、今度は水月に下突きの連打だ。

　最後にがら空きの脇の下を拳で突きまくる。

「バキッ」

　肋骨が折れた感触があった。いくら筋肉を鍛えても鍛えられない箇所は至るところにあるものだ。

　与儀はフェイロンの猛攻に耐えながら体の痺れが切れるのを待っている。肋骨をやられたところでようやく回復したようだ。

「おのれ！」

　与儀が丸太をふってくるような重い中段回し蹴りを何度もフェイロンに仕掛けてくる。受け手を駄目にする策である。一発受けただけでも痺れるほどなのに、五、六発受けてしまった。今度はフェイロンの前腕が重くなる。

　与儀の内懐に飛び込み拳の応酬だ。フェイロンの横突きを顔を後ろに引いてよける与儀。左拳を与儀にうち当てるもさっきの中段蹴りを受けて力が入らない。

　ここで与儀が渾身の力をこめて、肘打ち下ろしでフェイロンの肩を攻撃する。

「ベキッ！」

　フェイロンの鎖骨が折れた。たまらず前蹴りを放ち距離を取る。

　二人ともぜーぜーと肩で息をしている。フェイロンも与儀も呼吸法で復活する。

　とくにフェイロンは左の鎖骨を折られてしまった。当然左手に力が入らない。

「出す気だ」

「何をです？」

「まあ、見てなって」

　それからフェイロンの足技での猛攻が始まった。右足で与儀の顔面を五連続の横蹴り。それから半歩引いて上段に回し蹴りの嵐。与儀はなすすべもなくやられるままになっている。

「すごいやハオユー兄ぃ。これはなんという技なんですか」

「人呼んで『無影脚』と言う。兄さんはユアン大人に引き取られてから手技の多い洪拳に危機感を持ち、洪拳とは別にユアン大人に足技での攻防を徹底的にしこまれたのさ。幸いユアン大人が足技の名手で兄さんの足技は、わずか三年で極みに達した。滅多な事では出さない足技だ。お前もよく見ているがいい」

「無影脚……影のない足技……」

　前蹴りが来ると思ってもそれは「虚」の技で、足首をくるりと回して「実」の回し蹴りに変化する。上段に横蹴りが来ると見せかけて、また軸足を回して「実」の中段後ろ蹴りに変える。相手の出方や防御によって虚実を織り混ぜ縦横無尽に蹴り技を千変万化する。しかも速い。与儀は防戦一方だ。

「これは無敵じゃあないんですか」

「ああ、体力が続く限りはな」

　普通の人間ならばとっくの昔に倒れているだろう。

　しかし相手はあの与儀である。殴られても蹴られてもびくともしない。まさに怪物である。

　押しているはずのフェイロンのほうが息が上がってきた。

「はぁ、はぁ……」

　与儀はこの時を待っていた。フェイロンの上段横蹴りを螺旋状に受けて「虚」の蹴りを封じた。

「あの技は……蛇形拳！」

　そして何度も軸足を蹴り回し、最後に虎形拳の肘打ち上げでフェイロンの顎を捉えた。フェイロンはその場に崩れ落ちた。

「兄貴ーっ！」