ダーフーから与儀へ



 ザンを筆頭に男達がお堂の中に入って行く。フェイロンもあわてて中に入る。そこには胡座をかき、ややふて腐れた表情のダーフーがいた。


 お堂の中は案外広く、壊され略奪されたと思われる阿弥陀像の跡が無惨に広がっている。


 中に入って来たのは三十人ほど、ザンをはじめ皆手に手に柳葉刀を持っている。


 絶体絶命である。


 首に刀をあてがっている男の一人がザンに目配せをする。ザンはうなずく。男は大声で叫び始めた。


「こいつは日帝のスパイだ。ある日ザン先生がここに寄り出ていったあと、こいつもいなくなってた。最初は小便にでも行っているのかなと気にも止めなかったんだが、小便にしては長い。そんな事がたびたびあり、俺はこいつについていってみた。すると大木に隠れていたこいつの部下であろうものに何かを言付けている。さっそくその男はどこかへ飛び出していったので俺もその男の跡をつけていった。するとどうだ、その先にはある菜館に入って行くザン先生がいるではないか!男も当然の如くその菜館に入っていった。二回確かめたから間違いないっ!」

 男は皆を見渡しながら更に続ける。

「というわけでこの日帝の犬を公開処刑にうっ!」


 ダーフーはいきなり座ったまま左裏拳でその男の腹に突きを繰り出した。男は突然の事に息がつまり前につんのめる。もう一人の男があわててダーフーを切ろうとしてもダーフーは両手を十字に構え、立ち上がりながら柄の部分を掴み、そのままくるりと回して刀を取り上げる。


 さらに足払いをして倒したところで男に馬乗りになり、刀を振り下ろした。首の辺り、誰もが殺されたと思ったが、ぎりぎりのところに刀は突き立てられていた。男は起き上がりあっけに取られている皆のもとへ走っていった。


 ダーフーはくるりと後ろを振り返り敬礼をしながら声を張り上げて日本語で叫ぶ。

「名誉や地位を求めず、日本の捨て石となって朽ち果てる事を本懐とす!」


「ダーフーが狂った」


 その後また振り返り皆を睨みまわす。先ほどまでのダーフーはいなくなり特務機関員の与儀がいた。


「足技のダーフーだと……」

 与儀はいつも右手に巻いている包帯をハラリと落とした。


 そこには中指に巨大な拳だこができている拳があった。


「俺の本当の武器はこれよ」

 与儀は不敵に笑う。


 ――例え与儀が無敵でも、三十人の刀を持った者達にはかなうまい……


 フェイロンは考えている。中に入って助けるべきか、それとも見殺しにすべきか。


 少し様子を見る事にした。抜刀ができるほどならばそうやすやすとは殺られまい。


 与儀が再び吠える。

「お前ら本当に拳士か。揃いも揃って刀を持ちやがって!拳士なら拳士らしく堂々と拳で闘え!」

 そして横に一本落ちている刀を拾い上げそれをぶん投げ、丸い大きな柱に突き立てた。


「恥を知れ!」


 じわじわと外の熱気がお堂の中に入ってくる。与儀の煽り言葉にまずザンがガシャンと刀を捨てた。それを合図に猛者たち二十人ほどが同じく刀を手放した。


 ――ふふふ、上手いな


「いやー!」

 素手の相手など敵ではない。突進してくる男に腰の入った右正拳突きをお見舞いする。男はその場に崩れ落ちた。


 それを見て三、四人の男が取り囲んだ。与儀を後ろから取り押さえようとするも、左の肘を振り男を打ち据える。やおら刀を持った男が中に入るも与儀はぎりぎり左に避け、男の腹に横突きをぶちかます。


 乱戦になってきた。右の男を横蹴りでぶっ飛ばしたかと思えば左の男には上段回し蹴り。左追い突きをきめたその手であごを狙った下突き。


 与儀は一つ所にとどまってはいない。絶えず動いている。それが押さえつけるのを難しくしている。


 向かってくる者を正拳突きで倒し、そいつを後ろから掴みあげ地面にどたりと叩きつけ背中に蹴りを叩き込む。今度は手刀を振りかぶった男に空手の鉄槌を左の肩に打ち落とす。「ぎあ!」男の鎖骨が折れてしまった。


 一方的な展開になってきた。時折与儀の攻撃を受ける者もいたが、手技でのやり取りは与儀もじっくりと鍛え上げた。相手の左右の連突きを左手一本で受け右横突きをぶちかます。相手はふらふらっとしたあと腰を落とし気絶をしてしまった。


 後は蹴り技だ。そこは足技のダーフーと呼ばれた男である。衝撃力が半端ない蹴りを、囲まれている男達に容赦なく叩きこんでいく。


 素手で向かっていった者達二十人はほとんど倒されてしまった。後十人ほど刀を手放さなかった者達が残っている。フェイロンがどうするか様子を見ていると、与儀はここに至ってようやく構えた。


「いやー!」

 刀を持った男の一人が与儀に袈裟懸けに切りつける。その一閃をなんと左上げ受けでくいとめる。血が吹き出すと思いきやいっこうにその気配はない。どころか右正拳突きを男の顔にめり込ませる。


 空手の鉄製の小手である。普段は長袖の服で隠してあるが、いつも最悪の事態に備えて常時着けているらしいのだ。


 空手は薩摩侵攻以来、武士階級でも武器の帯同を許されない歴史から徒手空拳で戦う技術が発展して完成した武術である。元々の仮想敵が刀を持った薩摩の武士なのである。なので刀の攻撃を受け止める防具は、当たり前のように存在する。さらに中国武術と決定的に違うのは、空手の型に表れている。套路よりも、上げ受けが極端に多いのだ。これも薩摩の示現流を制する為の空手の特徴の一つである。


 そこへ刀を持った素人がおたおたと攻撃しても大概袈裟懸けになる。左の小手をぶつけるのにちょうどいい位置に攻撃を仕掛ける事になるのだ。当然一人づつ来てもやられるだけ。それを見ていた男達は二人一辺にでて、挟み撃ちをする考えに至る。


 しかし同じ事だった。同時に攻撃してもまずはあの伸びる左の追い突きを打ち当てられ、もう一人は後ろ蹴りでぶっ飛ばされる。


 最後にザンひとりが取り残された。ザンはまた刀を拾い上げ与儀に突進しようとする。が、フェイロンがザンの肩関節を極め動けなくする。


「骨を折った者が四人だ。早く手当てをしてやれ」

 与儀がぼそりと言う。


「おのれー日帝め!」

「待ってくれザン。ここは俺に任せてくれ、頼む」

「何をしようと言うんだ!」

「こいつに見せたいものがあるんだ」

 ザンはしばらく無言でいたが、やがて一言叫んだ。

「勝手にしろ!」

「すまないザン」


 フェイロンは与儀を連れてお堂を出た。

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