思わぬ収穫



「おやじさん、今日は来客があるんで先に払わせてください」

「いいよいいよ一組の飲食代くらいなんともないね。そうだ、じゃあ、頼みを聞いてくれないかな。何か一つ 套路を見せてほしいね。そうすれば、むしろ贅沢にサービスするね」

「じゃあ、おことばに甘えて……」

 フェイロンはハオユーとウンランを呼びテーブルと椅子を隅に片付けさせる。


「工字伏虎拳という套路をやって見せるよ。移動が少ないんでこのくらいの開きがあれば十分さ。いま寺で生徒に教えている套路さ。いくぞ!」

 フェイロンが套路を踏み始めた。にこにことそれを眺めるおやじさんとシャオタオ。フェイロンは完璧な技を見せて他の客からも拍手が送られる。


「やっぱり兄さんの技は凄いね。本当の虎みたいだったよ。これじゃあ誰も勝てる気しないね」

 拍手をしながらおやじさんは厨房に戻っていった。


 フェイロンは、隅の一角を陣取り、屏風を立てる。テーブルを二つ並べ椅子をもう一つ用意するとそれぞれ座っていく。


 フェイロンの側はハオユーとウンラン。さっきから水を飲みながらしばらく待っているとまずはクスが現れた。尾行されてないかと外の様子を見、安心すると席についた。


「親方がくる前にまずはクスと乾杯といこう」

 杯に酒を入れて乾杯をする。


 フェイロンがクスに聞く。

「今はやくざの用心棒をしているとか。どう繋がってんだ」

「俺は背中に深い傷を負い逃走に成功したんだが一日も歩くと動けなくなり、並木道の上でへたばっていたんだ。すると三人組が俺を背負い介抱してくれたんだ。そこで恩返しをするためやくざの用心棒をすることになったのさ。あいつらはやくざはやくざでも、任侠の世界に生きている。決して阿片には手を出さないし、外部勢力が店を荒らそうものなら命をかけて闘う。博打もやってたが好きもんは金持ちのボンボンさ。売春もやってはいるが、女の覚悟を見定めて開いている。祭りの時には出店を出し場を盛り上げ、菜館も真面目に経営している。法に触れるギリギリのところで凌ぎをあげ、面子にこだわる。どうかフェイロン、そこのところを汲んでやってくれ」


 フェイロンは黙って聞いていたが、納得したようだ。


 それよりどうやらクスの背中の怪我に興味を持ったようだ。


「背中の怪我はまだ痛むのか」

「ああ、まだ本調子じゃない」

「それでか、なんだか手を抜いているような闘い方だったのは」

「手をひねり上げられると直に背中の怪我に響く。怪我が完全に直るのは後一月後だそうだ。日本刀の威力は凄まじいぞ、刀にも、剣にもなる。今回は斬られたがぶすりとやられてたらいちころだっただろうよ」

「その日何があったんだ」

「孔老師の誕生会だよ。六十三歳になるそうだ。そこへ日帝の登場さ。お祭り騒ぎは一転して修羅場となり、奴等は銃ではなく刀を武器にして襲ってきたんだ。殺さないためさ。投獄されてからもう随分経つ。無事であってくれればいいのだが。俺も一刃やられてほうほうの体で逃げ出したんだ。やくざに助けられ医者に見てもらうと強い酒を吹き付けられ、それを飲めって言うじゃないか。なぜだときくと、麻酔がないんだと。治すためには縫わなくちゃならない。酔っ払うと痛みがほとんどなくなるからな。俺はべろべろになるまで飲んだよ……」


 そこへ引き戸がすっと開き、やくざの親方と腕のたちそうな大柄な幹部が二人入ってきた。

「こっちだ、こっちこっち」

 フェイロンは屏風の上に顔を出し、手を降った。


「おお、フェイロン殿、昨日は一本やられましたな」

「何をしでかしたんだい」

 ハオユーが訊くと

「喧嘩だよ。喧嘩、喧嘩。俺に出来ることはそれしかねーだろ」

 との返事。

「それがどうして仲良さげにしてるんだ?」

「まあいろいろあってな。親方さんたちはそっち側に座ってくれ」


 そこへ店のおやじさんが。

「まず丸鶏の唐揚げふたつね。それから回鍋肉にうち特製の揚げ餃子ね。後からどんどん追加が来るんで好きなの食べててね」


 次いでシャオタオが酒を持ってやって来た。

「これは昨日のお嬢さん。フェイロンさんのいい人とは知らず昨日はご無礼な真似を」

「いいのよ。なんだか仲直りをして楽しそうじゃない。またね」


「まずは乾杯だ。かんぱーい!」

 皆ぐい飲みを一息に飲み干す。

 丸鶏の唐揚げのももを引きちぎって食べ始めるフェイロン。


「それで、日帝を追い出す秘策とは?」

「2ヶ月後ほどに暴動を起こす。それに参加してくれって言う話だ」

「ぼ、暴動を!」

「そうだ。細かいことは、ここにいるハオユーが話す」

「今紹介に上がったハオユーだ。よろしく。暴動を起こすと言っても昼間じゃない。真夜中寝込みを襲って皆殺しさ。危険な本館や宿舎、武器庫などはわれわれ武術家集団が受け持つ。あなた方にはその日本軍がこの一帯の本拠地としている、役場をぐるりと取り囲む役割を担って欲しい。なにそんなに大勢逃げて来ることはないだろう。あまり危険ではない役だが参加してくれれば俺達にも、あなた方にも双方に利があるはずだ」


 親方は難しい顔をしてぐい飲みをちびちびやっている。


「そういうことだ。建物を取り囲むには千人人がいるそうだ。俺達に課せられた人数はおよそ二百人。親方が鶴の一声で動いてくれれば百人一挙に参加してくれる。日本軍が邪魔なんだろう? 奴等さえ街から出ていけば、凌ぎもこれまで通りって訳さ。どうだい、悪い話じゃないだろう?」

 とフェイロンが親方を説得する。


「俺達はやくざだ。危険な修羅場は何度もくぐってきた。役割についてはむしろもっと前に出たいくらいだ。しかし、その役場を抑えるのは、一時の事じゃないのか」

「それは俺には分からねぇ。しかし一つ言えるのは、その役場が『特務機関員』養成所と化しているということだ。知ってるか? 特務機関員」

「なんだそれは」

「俺は知ってるぜ」

 横からクスが割って入る。

「俺がやられたのも特務機関員だったからな。武館を一つぶっ潰ぶされ、人の誕生会を地獄に追いやる最もたちの悪い連中だ。早くいえばスパイの事さ」


 親方が立ち上がった。

「義なくば人は立たずと言う。フェイロン殿、わしらも暴動に参加させて貰おう」


 お互いに礼をした。これで百人が味方についた。


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