友になりつつ



 それから五日が過ぎた。厳しい修練の甲斐があって、套路の形だけはほぼ全員が覚えた。


 朝からフェイロンが套路を踏む。皆が一斉に同じ動きをする。今日の参加者は七十人。壮観ですらある。


 フェイロンが套路を終えると、皆に声を掛ける。

「よくぞここまでついてきてくれた。みんなの努力の賜物だ。しかしここまでは道のりの三分の一ほどだ。今日からは対練にはいる。一つ一つの技を攻撃側と防御側に別れて二人一組になって修練するんだ。これも五班に別れてやるぞ!」


 フェイロンは自分の班に入り一礼し、第一式の攻撃側の動作をする。簡単な、空手でいう追い突きだ。

 これを左手を前に出して外受けで防御し、腰を落とし諸手突きで反撃をする。


「頭に入ったな。二人一組になってやってみるんだ」


 皆が二人一組になり攻防の動作をゆっくりとやる。初めての事なのでまだたどたどしい。訳も分からず父親の動作を真似ていた三つの頃の事を懐かしく思い出す。


「次は第二手……」


 昼になった。ちまきはザンの下男が持ってきた五十個。すぐになくなり、二十数名が町に繰り出していった。


 フェイロンは与儀に声をかける。デカイ体にちまきは少なかろうと思った次第。与儀は仏頂面をきめこんだが、節々に喜びをかくせない。


 いつもの店に二人で入ると、ワンタン麺を二つたのむ。フェイロンが口を開く。

「お前も五行拳をよくぞこの短期間で覚えたな。こっちの方も今日から対練に入る。ついてくるんだぞ」

「望むところだ。よろしく頼む。しかしあれだな、五行拳とは不思議な拳だ。単独の拳としても使えるし、混ぜても使えるようだ。俺が使うとしたら混ぜて使うと思うがな」

「単独の拳として修練しているのはハオユーさ、自分の時間ができたら鶴形拳だけを修練してもう二十数年になる。あいつに鶴形拳の演武をさせてみろよ。研ぎ澄まされて一見の価値があるぜ」

「今度頼んでみるかな、その鶴形拳の套路とやらを。ははっあの真面目な顔で断るのは目に見えているがな」


 ワンタン麺がやってきた。

「腹が減っていたんた今まで。いくら大きめとはいってもちまき一つじゃあなあ。俺も今日から、町に降りるか。軍費として落とせるからな」

 与儀が昼飯の問題を愚痴る。ワンタン麺を掻き込み少し笑顔になった。こんな飾り気のないのが素顔なんだろう。しかし立場は敵同士、こじれた関係に、胸が痛くなるようだ。


「お前らの間柄はどうなっているんだ。三兄弟か」

「いや、ハオユーが実弟でウンランは俺の子分だ。ハオユーは真面目、ウンランは天真爛漫な性格だ。まああまり接触はないだろうが会う時がきたらよろしく頼む」

「分かった、まかしとけ」


 フェイロンは、興味のあることを聞いてみる。

「空手の奥義っていうのはあるのか? 喋りたくなければ、喋らなくてもいいが」

「そんなことはない。息をいっぱいに吸い込みヘソ下にある、丹田というところに集め、下っ腹に思い切り力を入れ息を『こーっ』と言いながらゆっくり吐き出す。すると体中が一瞬に戦闘体勢にはいり、少々どつかれても、蹴られても痛くなくなるんだ。これを空手では『息吹き』と言う。中国武術のなかでも同じ事をやる門派は沢山あるだろう。例えば洪拳とか」

「はっは、見抜かれていたか。そりゃそうだな、第一手の前にあれほど念入りに呼吸法をやるんだからな。その他には?」

「これは奥義かどうかはわからないが、空手では第一手を非常に重んじる。先手必勝ってやつさ、だから最初の二歩から突きを出すまでの時間を極限まで短くする鍛練を繰り返しものにする。これは薩摩の剣術『示現流』の流れをくむためだ。それゆえに空手は『一撃必殺』と言われる。奥義と言われて思い出すのは、そのくらいか。そっちはどうだ?」

「こっちも奥義といえば、呼吸法くらいか。あとはいかにして受けて反撃するかを徹底的に鍛えられる。だから後の先の流れが圧倒的に多いんだよ」

 喋りながらフェイロンは思う。お互いにこんな事まで話し合う仲になっていようとは。


 二人ともワンタン麺と米の飯を平らげ腹いっぱいになった。寺院での帰り道、石段を登っていると与儀がなぜかフェイロンの尻に拳を当てる。親愛の現れなのだろう。フェイロンは虎爪で与儀の分厚い胸を叩く。


 寺に戻ると皆がざわざわしている。訊いてみると三十前後の男が休憩時間に突然表れ、怪しいと思った生徒が用件を聞くも「ホアンはどこだ」としか言わない。肩を掴むといきなりぶん投げられ五人に囲まれるも一瞬にして全員倒されたらしい。


 見ると五尺一寸の中肉中背。しかしどこか並外れた気を放っている。


 フェイロンが訊く。

「お前は誰だ。どういう了見だ。道場破りでもあるまいに」

「お前がホアンか、その道場破りよ!」


 男がフェイロンに襲いかかってきた!

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