1章 『人を』コワガルヤマイ
急に話しかけられたときに、声が聞こえない時があった。
思えばこれが、始めの方だったのかもしれないが。
まぁ、始まりは、とてつもなく突然だった。
校門を曲がってすぐ、黒く塗られたガードレールに区切られた、コンクリートのありふれた歩道。夏の光に淡く光っているように見え、その光を吸収していそうにも見える黒いコンクリート。
帰り道、吹部の女子⋯⋯今のところ男子は僕一人である⋯⋯2人と自転車を押しながら歩いていた。
僕の隣でその吹部の女子たちは楽しそうに話している。話の流れからすると、恐らく今期のアニメについての話だろう。僕のまぁ割と気に入っているアニメである。しかし、そのことについて同級生と語り合うのはほとんどない。というか、人から話しかけるとき以外はあまり人と話さない。だから、この隣の光景は、僕の中では憧れや理想像であったりした。
つまるところ、僕は人との会話は実のところ苦手な方なのだ。そのため、僕は人と話をするときにはあらかじめ、どのような話をして、どのような受け答えをするのか⋯⋯、そんなことを考えておく。今はそれをしつつ、隣の二人の話をよく聞きつつ、黙って自転車を押していた。そして、どのようにその会話に邪魔をせずに入るかまで考えないといけない。
それらをある程度決めて、そろそろいいかな⋯⋯、そう機会を見計らいながら口を開こうとしたとき、ふと起こった。
(そうだ、答え来なかったらどうしよう⋯⋯)
すごく唐突な疑問だった。ふとした時にはもう忘れていそうなくらい、どうでもいいような質問でもあった。なぜならも何も、そんなことはありえないはずだ。そんなシカトのような真似をするような二人ではない。⋯⋯それなのに、
(⋯⋯なんで、声が出せない⋯⋯)
あまりにも急な現象だった。減少というよりは、ここまでくると症状でもいいような、そんな恐ろしさがあった。そのうえ僕は、それにかなり動揺したようだった。同時に⋯⋯とても怖くなった。何に対してかはわからない。
「⋯⋯カク⋯⋯カ⋯⋯」
何の音なのか最初分からなかった。ただ、すぐに分かった。自分の顎がカクカクと音を立てて鳴っていた。気づきかけたとき、危うく舌を噛みそうになった。何だろう⋯⋯これ⋯⋯。
「ん、どうしたの?」
異変に気付いたのであろうか、隣の吹部の女子が語りかけてきた。
本来ならば、この時「いや、特に何も。」なんて言ってごまかすのが普通の僕のプログラムのようなものなのだが⋯⋯
その声で⋯⋯、一瞬、本当に一瞬だけ、思考がフリーズして⋯⋯
⋯⋯刹那、視界からすべてが消えた。
言い直せば、視界からすべてを消したくなった⋯⋯が正解かもしれない。
すぐに僕は自転車を押しているその手に力が入り、考える前にペダルに足をかけていた。その人漕ぎを踏むときの風圧が一段と強かった。景色が移動した。誰も見たくないと、さらにペダルに体重をかける。
僕がその自転車を猛スピードで入らせているとき、後ろから聞こえる吹部の女子の声を、奇しくも聞きたくないと思った。
⋯⋯以上の行動に、自らの意思はない。
それ以降なのだろうか、僕は、普通に会話しているときに等くそどうでもいい瞬間にその現象⋯⋯というよりは症状が起こっていた。
自分で『人を怖がっている』と感じたのは、その日から1週間弱経った頃だった。
――以前もではあったが、この時から明確に人を避けるようになった。
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