#52 マッツ【追憶-III】
魔物の寝室へと通されたマッツは、ます初めに脱衣を要求された。
最初こそ渋っていたものの、先ほどの奴隷たちの様子を思い出すと逆らうのは危険と判断し服を脱いだ。
露出した白い肌は、窓から差す月の光によって艶かしい雰囲気を醸し出した。
羞恥に身悶えしそうになるのを必死に堪えて、纏った布を全て取り払う。
しかしその光景を見た魔物からは、予想外の言葉は出る。
「……驚いたな、男だったとは」
「えっ?」
しかしその次に言われた言葉、これはまるで理解ができなかった。
幼少期から女性として育ってきたマッツにとっては、自分が男であるという事実は衝撃的なものだった。
この魔物は何を以ってして私のことを男と言うのか、それが分からなかった。
もう、女だと思っていたから。違いが分からなかった。
「はぁ……あの商人、適当な仕事を。それとも騙すつもりだったのか」
「まあいい、男という事なあそこか……」
「な、何を言ってるの?」
「黙れ」
一体どういうことか理解が追いつかなかった。
ただ次の日から、私は男たちの暮らす奴隷専用区画へと送り込まれることになった。
***
そこは街の近くにあった鉱山の一角だった。
魔物の富豪は鉱石を売りさばく事業をしていて、そこでは男の奴隷たちが昼夜問わずボロ雑巾のようにこき使われ働かされているということだった。
力仕事をしたことのない私にとってはそれは大きな環境の変化だった。
「おい、なんで女がこんな所にいるんだよ」
「あれ男らしいぜ」
「嘘だろ!」
周りの奴隷たちからは軽蔑だったり好奇な物を見るような視線が注がれる。
そして最悪の生活が始まったのは、働き始めて数日すぐの事であった。
「疲れた……もう動けない」
仕事終わり、奴隷の住む寮へとそれぞれ帰る。
寮というよりは独房みたいな感じで、格子窓のある部屋にプライバシーを感じられないガラスの覗き穴がある木製のドア。
壁は土でできていて、寝るためだけにあるような部屋だった。
その癖して寝転がると頭と足が壁に付くほどの狭さでまともに寝られない、防音性もあったものじゃなかったので周りの奴隷のいびきや独り言でまともな睡眠を送ることなどできなかった。
「なぁ、いいだろ」
「やめてよ!」
一番最悪だったのが、私に性処理を無理やりさせる連中が居たことだ。
あろうことか奴隷を見張る管理職の奴らも混じってきた事があった。
「痛いっ……痛い!やめてよ!なんで私にこんなことするの!何したって……いうのよっ!」
「そんな
「そうだ!毎日の労働生活で溜まってるんだよ!」
日中から夜間まで重労働、挙句に就寝も出来ずに毎日のように汚らわしい腐った男たちの相手をさせられる。
その頃からだったろうか、復讐心というのが大きく顕現する様になったのは。
堪え難いストレスと、理不尽さからくるやり場のない怒り、周りの奴隷たちに対する恨み、様々な負の感情が取り巻く。
「ああ、イライラする、イライラするっ!なんでこんな目に逢わなきゃ……!」
その怒りの矛先を私は労働に向けた。
毎日、毎日、誰よりも頑張って、誰よりも働いて、誰よりも努力をした。
奴隷の身でありながら
そんな日々が続く中、私を馬鹿にするような輩は居なくなった。そしてさらに体に変化が訪れた。
「嘘、これが私の体……?」
数ヶ月、もしかしたら何年か経ってたかもしれない。でも毎日同じことの繰り返しの中でまともな日付感覚は消えていった。
そしてそんな生活がマッツの体を変える。
筋骨隆々、筋肉の鎧に纏われた己の肉体がそこにはあった。可憐な少女の面影は消え去り、声帯も変化し、彼女の精神を置き去りにして肉体だけが成長していった。
「やっぱり……」
思った。「ああ、私は本当に男だったんだ」って。
前のような可愛らしい化粧や、洋服も似合いそうにないむさ苦しい男の姿だった。もう女には戻れない、女にはなれないってその時思った。
だけど、そんなことはもういい。女の姿に未練があると言われればそれは明らかな嘘なのだけれど、男の姿になった私にはある考えが浮かんでいた。
日々の積み重ねが培った、その筋力を用いて拳を握りしめた。血管が浮いてはち切れそうな程に。
「これなら」
最早こんな奴を犯そうなんて奴等はいなかった、しかし関係ない。あっちは忘れてるつもりでもこっちは覚えている。
ズドン!と拳を振るい、辺りに力を吐き出す。
自室の土壁を殴ると、それは脆くも砕け散り、粉々になった。
「さぁ、復讐の開始よ」
その蒼い瞳に灯った復讐の炎は、燃え尽きることなく彼を取り巻く全ての環境を破壊し尽くした。
***
「お前がやったのか、この惨状」
「そうよ、復讐をするのはいたって普通のことだったと思うのだけど」
「ふん」
殴打により奴隷の数名が死亡。それぞれの顔は原型を留めないほどに滅多殴りにされており、
勿論犯人はマッツである。しかし彼には隠す気などなかった。
向こうはそれだけの仕打ちをしたのだから、当然の報いだったと言うのが本人の考えだ。
「労働力が減った、どうしてくれる」
どこから暴動の知らせを聞いたのか、すぐに最初に私をここに送り込んだ魔物がやって来た。
淡々とした表情で喋る魔物は全く何を考えているかわからないのでかなり不気味であった。
「ところでお前みたいな奴を奴隷にした覚えは無いんだが」
「覚えてないかしら、あなたが女と勘違いした奴隷よ」
「ほぉ、流石の俺でも驚くな。まぁいい」
「殺すのかしら?」
覚悟はできてる訳じゃなかった。
当然死ぬのだって嫌だったしまだ復習したい仇がいた。
ただ殺されるのでは、と思った。しかしそんな私に対する魔物の返答は予想だにしないものだった。
「丁度新しい商売を始めた、お前は今度からそこで働いてもらう」
「……わかったわ」
奴隷である以上表向きでも主人には逆らえない。
逆らったとしても返り討ちで魔物に殺されるリスクは高いと思った。
そしていつか──
(父さんと母さんを殺した奴らを殺してやる……っ!)
その後の私の仕事は、剣闘士だった。
どうやら町に観光客を増やそうと闘技場が建ったとのことで、誰でもいいから強い者を戦わせろという感じだった。
それに選ばれたということは当然常に死と隣り合わせ、日々の苛烈な戦いによりさらに私は力をつけ、筋肉もさらに膨張していった。
そしてそれに比例するように復讐の念は強くなっていき、我慢できなくなった私は闘技場の管理の元から抜け出した。
だけどそこにあったのは、私の想像を壊すような現実だった。
「えっ」
両親を殺した服屋は、もうそこには無かった。
売地となった敷地を見る。本当に何もない、真っさらな土地だ。
近くの人になんとか話を聞こうとしたがダメだった。
「いつの間にか無くなってたな」
「経営悪化じゃない?あまり使ったことないから知らないけど」
「別の国に行くとか言ってた気もするのう」
なんていうこと。
「これじゃ」
復讐はどうなるの?
私はどうして生きていけばいいの?
消息のわからない相手に復讐するなんて、無理。
こんなことで終わっていいものなの?
いや、だめ。私の受けてきた苦しみを晴らすには復讐が、復讐しかないの!
決めた。
何があろうと、私は追い詰めてやる。もし相手が死んでいて地獄にいたとしても、それでも復讐を果たさない限り私は収まらないから。
しかし現実は甘くなかった。
「脱走するなど奴隷の分際でやってくれるじゃないか」
「あ……うぁ…」
何が起きたかわからなかった。
頭を下に向けると、そこには貫かれ血が溢れる胴体。自分の体だ。
これは何?つ、爪?今、私。
殺され……。
バタッ
「使えない奴隷は切り捨てるだけだ。お前がいなくても変わりはいる」
最後に聞いた言葉、そして私は意識が遠のいて……。
死んだ。
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