#51 マッツ【追憶-II】
「あなた達の仕業なの……!?」
杖を持つ手は、震えていた。
町にある、とある洋服店。マッチはそこに入るや否や開口一番にそう言った。
店にちらほらといる人はマッチに視線を合わせると、何事かと涙に頬を濡らす彼女を見る。
そこにある男がやってきた。
「なんだ、ずいぶん可愛いお客さんじゃ……」
それを見た店主らしき男は、言葉に詰まり黙りこくった。
少し間を開けると「今日はもう閉店の時間だ」とその場にいた少ない客に促す。
人払いだ。
残ったのは、そこの店主とマッチ、そして店の奥から出てきた黒づくめの男達だった。
「こりゃまた随分と嗅ぎつけるのが早いね嬢ちゃん」
「うちの店を燃やしたの、あなた達よね!?」
「そうだ、だからどうした」
「否定しないの……!?」
「嘘はつかない、神様に見捨てられたくないんでね」
「信じてない癖に」
「へへっ、そうだな」
なんて気味の悪い男なんだろう。
今まで様々な客と接してきたマッチにとって、これがどれだけ危険な存在なのかはすぐに見抜くことが出来た。
そして後ろに控える男達も見てわかる通り、ガラの悪そうな集団だ。
「何故、殺した!私の父さん、母さんを……!」
「おっと殺すつもりは無かったんだ、誤解しないでくれよ」
「何を言っているの!二人は……うっ、おえぇ…」
黒焦げになった親の亡骸を思い出すと、申し訳ないという気持ちと共に、それを上回る気持ち悪さが勝った。
口から吐瀉物が漏れ出すとそれを見た店主はマッチの
「う゛あぁっ!」
声にならないような叫びと伴い、さらに固形の吐瀉物が飛び出た。
「きったねぇなぁ!?あとで掃除するのは誰だと思ってるんだ?服にかかったら弁償できるのかぁ!?」
「う、嘘よ、殺すつもりが無いなんて……」
「勝手に死んだのはお前の親だろ!逃げ切れなかった方が悪いんだよ」
「人の心を持っていないわねあなた、最低なんて言葉じゃ言い表せないほどに!」
蹴られた腹を抑える、持つ杖は手放さないようにしながらも精一杯の反抗の気持ちを言葉にして紡ぐ。
「どうせ客を取られて悔しかったんでしょ、客が離れるのは自分達のせいなのにね!」
ここの評判は昔から知っていた。
接客態度の悪い従業員、服を大切にせず不良品は当たり前。老舗だとか言ってたけど、私が子供の頃に親が始めた洋服店には敵わなかった。
だって当たり前、服を愛せない、お客様を大切できない服屋が持つわけ無い。客はすぐにこっちに流れてきた。
嫌みたらしくそう言うと、店主の悪い態度が更に悪化する。図星だった。
「この小娘がぁ……っ!いいさ、お前のような可愛い看板娘が居ればうちも繁盛するさ、従わなきゃどうなるかわかるよなぁ?」
「そういう精神だから客が寄り付かないのよ、それは私がいたって変わらない。もちろん、断るわ」
「──おい、連れて行け」
こんな奴に従うくらいなら、死んだほうがマシだ。本気でそう思った。
黒づくめの男たちは、杖を取り上げ、マッチの口を布で塞ぐと、そこにあった麻袋の中に放り入れて縛るのだった。
(最悪の気分だわ)
***
ある夜さり、人気の無い静まり返った街に静寂が訪れる。
とある場所を除いては。
「ヤァ、久し振りだな」
「久しぶりですな!今夜はどのような件で?」
曲がりくねった迷路のような裏路地の先にあるのは、闇市場だ。
そこへとやって来たマントの男は、そこにいる得意の商人に軽い挨拶をする。
すると商人の方はペコペコと頭を下げてなんども挨拶をした。
「くどい」
「す、すいません」
若干怯えた調子で商人は首筋をポリポリと掻いた。
それを不快そうに見るマントの男は、若干目線を横へ逸らすと希望を口にする。
「女、それか男だな」
「随分と大雑把ですな」
「見繕えないと?」
「い、いえっ!そうですね……女なら、とびっきりのが」
「そうか、連れてこい。それととりあえずそのウィンクは止めろ。不快だ」
流れるように毒を吐く男に対して、店主は慣れたような対応で小さなテントの奥から引っ張ってくる。それはマッチであった。
その容姿を見たマントは、マッチの頭から足の先を淡白に見回すと満足げに一言。
「なかなかいい女だ」
「でしょう?」
「買った」
「さすが旦那様は決断が早い!」
男は値段を聞く間も無く、だいたいこんな物だろうと大金を商人に渡す。
商人は、マッチの足枷を外すと、首輪に繋がれた鎖の持ち手を男へと渡した。
「首輪はいらん」
「逃げるかもしれませんので」
「それはお前の教育が悪い、もし逃げたら調教してやる。そうすればこいつもそんなバカな事はしないだろう」
「さすがぁ旦那様、御見逸れ致します!」
「ふん」
その日から、
***
その人の家は、私の家より大きな豪邸だった。
それは当然といえば、当然だろう。
奴隷というのは、いわゆる一種のステータス。上流階級が持つ財産を示す方法の一つなのだから。
しかしその人……いや、魔物の場合は違った。
「うっ─」
屋敷内へと連れ込まれ、まず最初に入った場所は奴隷部屋だった。
なんて場所、初めてそこを見たときは吐きそうなのを抑えるのに精一杯だった。
辺りには、使い物にならなくなり、棄てられたかのように横たわる女性達の姿があった。
食事を食べる気力さえない、力無い人々。皆同じ部屋に放り込まれ、正気のある者は必死に食事の奪い合いをしている。
皆局部、ましてや服まで来ていないような環境だ。
(私もこうなるの……?)
聞いた事があった。
虐待趣味の魔物の富豪がいると。
魔物との平和協定が結ばれたのはごく最近で、魔物の富豪の噂は情報に疎い私の耳にも入っていた。
「…」
ゴクリ、と生唾を飲み込むと今まで俯いていた視線、顔を上げて恐る恐る魔物の顔を見た。
「何を見ている」
「ひっ!」
それが人生で初めて見る魔物だった。
なんて醜い生き物なのだろう。
馬のような厳つい獣の顔に、それだけで凶器になりそうな鋭い対の角。口からはみ出た牙は岩さえ噛み砕きそうな数センチの八重歯。
「問おう、名はなんだ」
「えっ……」
「名を答えろと言っている」
唐突の質問に身構える。
魔物の手を見ると、
(
この鐘の前では嘘はつけない。
嘘が言えないのだ、そういう呪いがかかった道具であり、よく兵士が持っている。
(もし名前を言ったら……?)
そんな考えが頭をよぎる。
いやだ、この魔物に名前を知られるなんて。私のことをマッチと言うのは父さんと母さんと、お客さんだけがいいんだ。
そして私は抜け穴を知っていた。
「……マッツ」
「それが名前か」
私は
それと少し、発音を濁らせただけ。
相手が勝手にそう受け取っただけなのだから、嘘はついていない。
マッチと呼ばれるのは、幸せだったあの時まで。
もう覚悟していた、普通の生活には戻れないと。
だから私の苦しみは、”マッチ”ではなく”マッツ”が受け止めてよね。
幸せな思い出と嫌な思い出は、一緒にしたくなかったから。
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