#41 蝋燭
その後さらに担架がやって来てマッツにより地面に頭を打ち付けられた頭部重態の患者が運ばれていく。
その光景をただ黙って見つめるしか無かった、酷い有様だ。
剛鬼という鬼のヒビ割れで今にも崩落しそうな横の壁と、人の型をくり貫いた様な不自然すぎる地面の凹み、顔があったと思わしき場所は鮮血の紅に塗れている。本能的に吐き気を催すような生々しく赤黒い血の色だ。
そしてその光景を「関係ないわ」と言うように無神経にその場を去って行くマッツ。
そして先ほどマッツの放った言葉が、自分の脳内に繰り返される。
「戦わないとここにいる観客を全員殺す」と急に無理難題の様な条件を出して、僕に迫ってきたマッツ。
彼のいう邪神とは一体何なんだ。それも分からずじまいで、彼は僕たちの前を去って行った。
でも、彼はやる。それは僕と二ファがよくわかっている事だ。
彼はアーグスの街で、魔物を対象とした無差別殺人を行った張本人である。そして僕にその罪を被せたんだ……!まだ目立った被害には合っていないけど、それでも誰もこんな役好きで買ってるわけじゃないんだ。
絶対にろくなことをしない、なんだってあんな……。
「アキ」
「うん、勿論やりますよ。だって関係ないじゃないですか、これ以上他の人に被害が及ぶ訳にはいきません」
「そうかにゃ──」
顔も知らないような大勢な人々の心配を?裁判の時、僕の無実を疑わずに……有罪のレッテルを強引に押し付けた大衆を僕が助けるような義理があるのか?
いや、そんなのは関係ない。
倫理観を守りたいわけじゃない、誰かを救いたいわけじゃない。
でも幾ら何でもおかしい、不条理だ、理不尽すぎるだろう。
ちょっとコレに関しては、ネルさんに協力して貰わなきゃいけない。
あまりにも急すぎる話ではあったが、寧ろ慌てるどころか冷静だ。
「二ファ、控え室に戻りますね」
「わかったにゃ、一応忠告。ネル以外への情報の漏洩は禁止するにゃ。あくまでも隠密に行動だにゃ!」
「はい、それではまた後で」
暫しの別れを告げると、僕はその後控え室で待機していたネルさんの元へと向かった。
そう言えばネルさんにはマッツの詳細な話はしてなかったっけ。
「お、アキじゃないか。観客席の方に行ってたのか?」
「ええまぁ、取り敢えず寮に戻ったら話したいことがあるんですよ」
「なんだ?そっちから話を持ちかけるだなんて珍しいな」
「まぁ色々ありまして……」
僕がそう言うと、「そうか」と何かを察したように別の話題を振ってくるネルさんがいた。ここには別の選手もいるからありがたい事だ。
二ファから情報を漏らしてはいけないって言われてるし。
とりあえずそこから戦い方の話になった。話の内容は突発的に変わるが、適当に受け答えをする。
「武器、どうだ慣れたか?その鉄扇」
「あーこれですか」
「悪くはないとは思いますが、攻撃力に少し欠けますし、別の武器を扱ってみたい気持ちもありますよね」
「なるほどな、何も武器は一つが全てじゃない。よし、今日は適当な武器でも引っ張って戦うか?」
「いいですね、もしかしたらもっと扱いやすい武器があるかもしれません」
たかが数日で武器の使い方の何がわかる、と思うかも知れないが物は試しとも言うし、試さないよりはマシだろう。
その後も少し会話をしていると係員が部屋の中へとやってくる、次の選手の番が来たようだ。
「おっと俺の番だな、んじゃ行ってくるぜ!」
「御武運を、必ず勝ってくださいね」
「言われなくても、当然だ」
彼が控室から去るのを見届けると、僕は少し考える。
なんでこんなことになったのかと、それでも理由は一向に出る気がしなかった。
「今は僕にできることをするしかない、のかな」
勝たなきゃいけないんだ、何としても。
観客席の方へと足を伸ばす。──他の選手の弱点や戦い方、特徴や行動パターン、調べれば少しでも勝率は上がるはずだ。相手が鬼だからとかなんとか言っていられる場合じゃない。
***
「あの子への宣戦布告は済ませたわ、邪神様」
「そう、ご苦労さま」
光の差す窓もない暗い一室、
円卓を囲むように並べられた六つの席と一つの玉座がある。それぞれの席に合わさるように丁寧に並べられた蝋燭は今にも消えかかりそうだが、その炎が消えることは余程のことがない限りはあり得ないだろう。
ここは『次元の部屋』、本来この世に存在する事のない常軌を逸脱したイレギュラーな空間である。邪神は次元の部屋を邪神教の活動の場として共有している。
「にしてもあの少年、肩入れする程かしら。すぐに潰せるわ」
「馬鹿にするなっ!私のお兄様はお前みたいな奴なんかには負けないから……」
「何よこの小娘!あんただってそうよ!ちょっと邪神様に気に入られてるくらいで、偉そうにして!」
「まぁ、落ち着きなさい二人共。………でも、事実なのよ」
「は?どういう事なの、邪神様」
邪神の声を通す、クリスタルを通してでもわかる雰囲気に、そこにいた一同は身震いする。
まるで、彼女は笑っている様だった。なぜ笑ってるのかは分からなかったが、特にマッツはそれが気味悪くて仕方ないという感じだった。
そんな異様な空気が続いた後、マッツは自身の耳を疑っただろう。それは彼にとって想像も出来ないようなものであった。
「あなたは……負けるわ、あの少年に」
「………は、はあぁぁぁぁ〜〜っ!?」
マッツは驚愕し、勢いよく席を立ち上がると、拳を振り上げ卓へと力の限り打ち付けた。
怒りを表し「っざけんじゃないわよ!」と一言、そして「……はっ、すいません、邪神様」と我に返ったかのように冷静を無理やり取り繕う。
しかし彼はその後視線を下へと向けると恐怖していた、それは自分の死を間接的に意味する事であった。
「あら、消えちゃったわね。貴方の
当然、蝋燭が消えた事で彼の命が消えるわけではない。しかし邪神の前ではそれは比喩ですらない、現実になり得るのだ。
彼の命は、邪神の一息で呆気なく消え去ってしまうものなのだろう。
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