#40 マッツ、再び。
「二ファは観客席で見ていて下さい、僕はちょっと……控え室の方に行きたいと思います」
僕はおもむろに席を立ち上がる。
「まさか接触する気かにゃ!?」
「……はい、正直気掛かりなんですよ柊の事が。だから聞きに行くんです」
「殺されたらどうするにゃ!?」
「確証はありませんが、多分殺されない。殺されたとしても……その時は仕方がないです」
「それは死んでも構わないって事かにゃ!?」
正直、生きている意味がわからない。
なんならここで消えてしまっても構わない、ただ柊に何かあるとすればそれは別だ。
せめてそれを確かめれば、死んでもいいんだ。
ネルさんに「死ぬな」とは言われたけど……いいや。死んでしまったらお金の心配だってないし、うん。
それに二ファから聞いたんだ、外の世界では僕は賞金首になってるんだとか。いつか迷惑をかける事になる、ネルさんと二ファだって関係ないんだ。
……だめだ、このままじゃネガティブになっていくだけだな。おかしいな、こんな考え方してる時点でおかしいんだろうけど……僕にはよく分からないんだ、気持ちっていうものが。
「アキ!」
「はい?」
「あーしも着いてくにゃ!」
「ええ!」
「あーしは当事者だにゃ?当然の権利にゃ!」
「危険ですよ」
「どうせやばいスクープを追ってばかりのあーしは常に死と隣り合わせなようなもんにゃ」
「そうですか……まぁそれならいい、のかな?」
二ファは
無理に否定するわけにもいかず、そのまま階段を降りるとアリーナへの入場口の前の壁に寄りかかって待機する。二人の係員がこちらを凝視するが、問題行動を起こさないでいれば大丈夫だろう。
そう思ったのだが流石に立ち位置が悪かったのか、係員の一人がこちらへとやってきた。よく見ると彼の視線の向けられる先は二ファであった。
「おいお前、そこのケットシー。お前は選手じゃないだろう、ここは部外者立ち入り禁止エリアだ」
「あーそうでした」
「ちょっと待つにゃ!……はい、これ。名刺にゃ」
「名刺だと?『中央フェアリー新聞社』……新聞社か、聞いたことがないな」
「中央大陸では名の知れた新聞社にゃ。アポなしで悪いけど、この大会のことを取材しようと思って来たんだにゃ」
今の嘘はなんだったんだ……。
というか二ファって記者だったんだ?てっきり普通の情報屋だとばかり思ってた。
「あぽ……梨?まぁいい、取材は自由にしてくれという感じだが関係者エリアへの立ち入りは許可が必要になるな。少し待ってろ、許可を取ってくる」
「了解にゃ」
そう言うと係員の一人が控え室の前を通り過ぎさらにその奥、スタッフルームへと入っていった。
僕と二ファ、そして残った係員はそれを確認すると互いに無関心でその場にいる。
「意外にあっさりと行くんですね」
「まぁ、正直マッツと話せればそれでいいんだけどにゃ」
「そうですね、とりあえず二ファさんは気をつけて下さい」
「自分の心配出来ないやつが他人の心配するんじゃないにゃ」
「なにも言い返せない……」
試合が終了するまで、呆然と待ち続けていた。そして少しすると先ほどの係員が戻ってきて正式な許可を出してくれた。
その直後であった。
『ウオオオオォォォォォッ!』
と、けたたましい声とともにアリーナの方から鬼が飛んでくる。
「んんっ!?」
「なんだにゃ!?」
その後、形容し難い轟音とともに、鬼が僕たちのすぐ側の壁へと猛スピードで打ち付けられた。
ガラガラと鬼のめり込んだ壁が瓦礫を散らす。壁に埋まった鬼は声にならない呻き声を発した後、カクンと首を垂らす。
等の僕たちは呆気に取られて一瞬何が起こったのか理解出来ない状況。その直後にハッキリと聞こえた実況で、事を理解する。
『おおぉぉーーっとぉ!?Dブロックの
『救護班!救護班!治癒師の出番だぞ!』
そのまま鬼は壁からひっぺがされると、目の前で担架へと乗せられ僕たちの目の前を去っていった。
なんだ今の……Dブロックの剛鬼って……。もしかしてローブの鬼がやったのか?
だとしたら、なんて力技だ。これは何十人もの鬼を一斉に病院送りにしたって噂も本当だという裏付けにもなる。
「やばいにゃ……マークするべき相手はマッツ以外にもいるようだにゃ」
「本当ですね、もう大会終了後には死んでてもおかしくないですよ」
「危機感を覚えたようだにゃ?」
「はは……」
若干震え声で話す。さっき死んでもいいやとか思ったけど嘘、前言撤回だ!
壁に埋まって死亡とかなったら流石に笑えない笑えない……。
そんなことを考えていると、試合が終わったようだ。
それぞれの選手が……入場口、もとい退場口へとやってくる。その中には危険視している当然のごとくマッツと剛鬼の姿があった。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!もういやだ、俺はもう戦わないぞおおぉぉ!」
選手の一人が僕たちの横を去り、闘技場外へと蜘蛛の子を散らす様にして颯爽と逃げていった。一瞬だけしかその顔が見えなかったが、声から推測するにきっと泣いていたのだということがわかる。傷を負っている様には見えなかったが何故……?
疑問に答えるようにその問いがこちらへとやってくる、マッツだ。
いつの間にか僕たちのすぐそばまで来ており、ニタァと歯茎がはっきり見える程の実に気持ち悪い笑みをこちらへと見せつけた。
そして僕達の前で止まる、彼が話かけたのは二ファだった。僕のことは無関心という感じで、もしかして彼が観客席に視線を向けてきたのはにファに対するものだったのか?
あえて僕は声を出さずにそれを黙って見ることにした。動悸が早くなり、冷静になりたい感情とは裏腹に汗が勢いよく流れ始める。
「あらぁ、いつぞやのネコじゃない。元気にしてたかしら?」
「なんでここに居るにゃ!マッツ!単刀直入に聞く、一体何が目的にゃ!」
「ふふ、目的?そ・れ・は・ねぇ…………あなたよ」
「っ!?」
勢いよく首を回したかと思うと、マッツは僕の方を凝視し始める。
そしてだんだんと顔を迫らせた。
早い、心臓が。
暑い、身体が。
怖い、全身の神経に恐怖の感情が伝うようにビリビリと。
マッツの全てが恐怖という文字を形取っているような気がしてならない。
「バレてないと思ったかしら、私はあなたの為にこの大会に参加したのよ?もっと馴れ馴れしくしてもいいじゃない」
「な、何を」
「いいわねぇ、そのマスクの上からでも分かるわ。あなたの表情は恐怖に満ちている、絶望に染まったその顔、いいワぁ」
「やめ、来ないでください……」
「私と勝負よ」
「……は?」
一体何を言ってるんだ。
なんなんだ。
勝負って、無理だ。
勝てっこない。
「あなたの勝利条件は、私と勝負すること。それまでに負けたら、ここの観客全員殺すわ」
「はっ、えっ」
「おいそこのお前!大会の妨害は禁止行為だぞ、わかって…グバァッッ!」
「にゃ!?」
マッツの拳、一振りで側にいた係員が地面に顔を埋めた。一瞬にして顔周りから赤い液体がドロドロと流れ出す、理解したくないようだが……息をしていない。
あっさり人が殺されて、同情する余地も悲観する余地もなかった。ただ呆然として「人が目の前で殺された」という情報だけが入ってくる。
その様子を見たもう一人の係員が奇声を上げながらその場から逃げ出す。
そして僕は叫ぼうにも声が消えてしまったようだ。マッツの威圧の前では僕は何もする事が出来ない。
そんな僕を見つめながら、マッツは何事も無かったかのように話を再開する。
「あなたは私と戦わなきゃならないの、それが邪神様の望みよ」
「邪神……」
「そう、とりあえずはよろしくね。私言ったから」
「……うあぁ」
最悪だ、なんでこんなこと。
一体その邪神ってやつは僕に何をさせたいんだ、もうやめてくれ。もう何も奪わないでくれ……!
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