#36 取材
僕は選手控室を強制退去させられると、その足で観客席へと向かった。
闘技場、オーガ・ファイトの内部は三階建てになっており、一階が売店、二階が一部関係者エリア・受付となっている。二階、三回から観客席に出ることができる。
一階からの観客席が無いのは、吹っ飛んだ選手が一階に突っ込むことが多々あるかららしい、かなり物騒だが……そういうものなのだろうか。
観客席の一番後方へと向かうと、そこには望遠鏡を覗き込む二ファの姿が見える。向こうはこちらに気付いたのか、手を振り招いている。
彼女の意に従い、隣にゆっくりと腰を降ろした。
晴れやかな空だ、観客席の熱気は空へと吸い込まれてゆく。まるで東京の夏とは大違いだ、確かここの世界も今は夏の筈なのだが……蝉の声も聞こえないし帰省する人々の姿も無い。
文化の違いが感じられる。
そんな空気に流される様に、不意に言葉が漏れる。
「一回戦不戦勝ですか……なんかやるせないなあ」
「仕方ないにゃ、なってしまったものは……ポテト食べるかにゃ?」
「この世界にあったんですか、ポテト。それじゃあお言葉に甘えていただきます」
そんな事は気にするなという体で紙袋に包まれたポテトを僕に差し出してくる。
売店で売られていたのかな、手にとってかじってみる。かなりサクサクとした感触で適度に塩味のきいた味──。
ってそんな場合じゃない!……と本題に入ることにした。
「もし今回の件が、またマッツの仕業だった場合──」
「今、会場を見回したけど、観客の中にマッツは居ないようだにゃ」
「マッツは選手ですよ?控え室にいるかもしれない」
「いや、そもそも魔力を感じないにゃ。控え室の前もサッと通ったけど魔力反応がなかったにゃ」
意外にあっさりと答える……。
「魔力ってそんなに簡単に人物の特定ができるものなんですか?」
「あーしの能力はほぼ情報収集に特化したものだにゃ、それと特にマッツの魔力……呪いがかけられてるから覚えやすいんだにゃ」
「呪い?」
「理由は分からないにゃ。でもとりあえず分かることは、マッツは今ここにいないという事実だにゃ」
「そんな……!今日の被害者だってもしかしたら!」
何十人の鬼を倒すだなんて、マッツならやりかねない。そう思った。
スタッフからは鬼の仕業だと聞いたが
「それなら直接確かめに行くにゃ」
「直接?それってまさか」
「負傷者のいる病院に向かうにゃ」
「ええと、そこで何を?」
「マッツの武器は拳だにゃ。それなら攻撃を受けた被害者たちの傷跡にはマッツの魔力が微かに残っているはず、それをあーしが勝手に照合するんだにゃ。完全にあーしの実力頼りになるけど、かなり確実な方法だとは思うにゃ」
「なるほど……!それなら確かに、原理は分かりませんがやれるような気がします。行きましょう!」
「おっけーにゃ、『魔力は真実を雄弁に語る。』この世界での常套句のようなものだにゃ。じゃ、付いてくるにゃ!」
その言葉を信じて、二ファに付いて行ったのだが……。
「ここどこにゃ?」
***
「あれ、反対方向だったにゃ」
***
「なんで行き止まりにゃ〜っ!?」
といった具合である。まさかとは思うが……
まさか「方向音痴なんですか……?」とその言葉に「ぎくっ」といつの世代だと言うようなリアクションが返ってくる。
本当なんだ、情報屋なのに方今音痴って、それってかなり致命的では無いのか?仕方ないと、近くにあった掲示板に貼られた地図を見ることにした。
最初から僕が連れて行けという話だが、まさか方向音痴などとは思わなかったという言い訳は心の中だけに留めておく事にしよう。
「いや〜、面目無いにゃ。これでも一度覚えたら地図なしでもわかるんだにゃ?本当だにゃ!」
「本当ですか」
「信じるにゃ!初めての土地にはめっぽう弱いんだにゃ。地図の読み方はあってるはずにゃんだけど……」
「まぁギャップってやつですかね。ほら、もうすぐで到着します」
目の前に広がる光景は、病院……というより、なんだここ。
まるで受刑者の独房……?監獄、みたいな場所だ。外見は寂れており、ところどころ壁の材質が錆びている。蔦に侵食されてないだけマシかもしれないが、病人を運ぶ施設にしてはあまりにも雑過ぎる作りなのではないか?
しかし二ファはそれに対して特に突っ込む様子もなく、ずかずかと病院練へと足を踏み入れた。
この場合、この世界の病院がこういうものであるという認識なのか、彼女がただそれを知っていただけなのか。
そんなことを考えても無駄だな、と受付へとやって来た。
受付に居座る女性看護婦のような衣服をはだけた風にまとった鬼は、不真面目な態度で椅子に座り、業務中であろうというのに酒を当然の如く飲んでいる。鬼は酒好きって聞いたことはあるが、ここまでなのだろうか。
二ファが鬼に対して面会の交渉をしようとすると、あっさりと許可が下りる。そんなのでいいのか?
そんな鬼は僕を尻目に見ると、ジョッキを器用に扱いながら、なりふり構わずといった感じで愚痴を言う。
「ここ数日は大会があるってのに業務やれって院長が言うのさ、あー!見に行きたいっていうのに、やけ酒でもしなきゃやってられないよ!そう思うだろあんたも!?」
「え、まぁ……」
「アキ、顔が引きつってるにゃ」
「というかその覆面!もしかして大会参加者かい?頑張りなさいな!」
「ああはい、ありがとうございます?」
「なんで疑問形にゃ……」
この町の人は良い意味でも悪い意味でも主張が強いなぁ。と思いながら病室へと向かう。
勝手に入っていいのかな?病室。気にしちゃダメかな……。
「さて、失礼するにゃ」
「ここが、ってうわぁ……」
二ファが廊下奥のドアの無い部屋へと辿り着く。そこは体育館程の大きくひらけた場所となっており、そこには沢山の負傷した鬼……と魔物たちが並べられている。
失礼だと分かっていながらもインパクトのあるその光景に僕は思わず声を漏らした。
「なるほど、見た所死亡者は確認出来ないにゃ」
「そんなことまでわかるんですか?」
「見るだけじゃ詳細な魔力パターンはわからなにゃいけど、魔力があるかないかは判別がつくにゃ。死んだら魔力は消えるから、わかりやすいにゃ」
「へえぇ……うん、それなら一応安心なのかな」
誰も死んでないのは嬉しい事なのだけど、マッツは猟奇殺人者の筈では?。全員無事という事は、もしかして何かの目的があった?いや、そもそもまだマッツの仕業とは決まっていないんだ、二ファに確かめてもらおう。
「まぁまずは適当な鬼に話を聞くにゃ」
彼女は一番近くにいた鬼に、話し掛ける。間も無くしてこちらに呼びかける声が。どうやら許可をもらえたようだ。
鬼はゆっくりと体を起こすと、壁際に近寄り、背を預ける。
不思議なことに、怪我をしているにも関わらず楽しそうな顔をしている。
「やーやー、お前さんらが調査しているって言うのは、あの鬼のことか?」
「傷……大丈夫ですか?包帯巻いてますけど」
「あーうん大丈夫。まさか治癒師さまもここまでなるとは思わなかっただろうなぁ」
「治癒師?」
「回復術を使う人さ。外界では”ひーらー”とか言ったっけな」
「あーなるほどそういう……」
言葉の意味が一部変わるのか。
「とりあえず包帯の部分をそっと触らせて欲しいにゃ、確認したいことがあるんだにゃ」
「うーん、痛くしねぇんだったら──」
「じゃ、失礼するにゃ」
「あでででで!もっと優しく!」
鬼の言葉をまるで無視するように、真剣な表情で二ファは包帯の上から傷を触り、そして瞑想するかのように目を閉じて静止する。
その様子を見守る、鬼にとってはたまらない事だろうが怪我でなかなか抵抗出来ずに二ファの為すがままとなっている。本当にあんな行為で魔力の犯人を特定できるのだろうか?
そんな心配も束の間、ゆっくりと手を離した二ファは僕に対してこう言った。
「マッツの魔力じゃないにゃ、誰かの魔力……つまり、あーしの知らない人物のものにゃ」
マッツじゃない……か。
最大の憂いは晴れたようだが、だとしたら誰がこんな人数を相手に戦ったのか?その謎は消えない。
目の前の鬼が何か知っているかも知れない。そしてその考えを先読みするかのように、二ファはペンとメモ用紙を取り出した。
「えーと──メモを取るから正確に答えるにゃ。犯人に心当たりは?」
「さっき鬼だって言ったさ、心当たりって言うか……知り合いではないなぁ」
「なるほど、そいつに殴られたにゃ?」
「殴られたって〜よりは、殴りにいって返り討ちにあったんだな」
「んん?攻撃はそっちから仕掛けたにゃ?」
「飲み仲間の一人が、そいつにいきなり襲ってよ──」
「ほぉほぉ」
「襲われた奴は、その飲み仲間を返り討ちにして……俺らに決闘を申し込んできたさ」
「決闘?」
「『誰でもかかってきやがれ!』って言ってな、そう言われて戦わねぇのは鬼の名が廃るってぇもんで、戦いに行ったんだが……」
「それで返り討ちにあったにゃ?ここにいる全員にゃ?」
「おう!そいつは俺たち全員相手にして、一人でここにいる奴らを返り討ちにしたんだぁ!」
「……という事らしいにゃ?」
なんか、聞いてる限りじ只の喧嘩じゃないのかなこれ!?
鬼特有の不思議な考えが引き起こした自業自得の……っていうか、心配した僕が馬鹿だった気がする。確かに心配するに越したことはないんだけど……。
いや、それだけの力を持った鬼がいるのか、この街に……?
これは逆に、調べることが増えてしまった気がする……。
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