#35 不穏なシード

『さあ!今年もやってきましたこの季節!そう!真の強者を決めるこの武闘大会!今回で678回目となります!長い歴史を培ってきたこの大会、ただいまをもって、予選試合の開幕でございます!司会はこの街の代表こと、ブルーオーガです!盛り上がっていきましょう!Fooooo!!』


 ワアアアァァァァァァァァッ!!!!



 鬼達は戦いが好きらしいが、まさかここまでとは。

 まだ予選試合だというのにこの熱狂ぶり、観客動員数は街の人口の6割だという。


 一日目で一次予選

 二日目で二次予選

 三日目で三次予選

 四日目で四次……それぞれの日で選手につき一試合だ。


 そして最終日、五日目で16人の勝ち抜いた選手で四回の試合をする。

 大会の流れは概ねこんな感じだ。



「すっげーな、湧き上がってるのが分かるぜ」

「あぁ、緊張が……やっぱり大会に出るのは間違いだったんじゃ」

「今更何言ってやがる、ここまできたら目指すは優勝だろ!」

『そうだにゃ、賞金を獲得するんだにゃ!』

「そうは言いましても……」



 弱気な僕に対し、二人の茶化すような軽い声がかかる。

 僕とネルさんは、選手控え室にいる。対して二ファは観客席にいるが、テレパシーの能力でこちらに語りかけているようだ。本人曰くある程度一緒に行動して魔力の波長を暗記すると、テレパシーによる意思疎通ができるようになるらしい。


 僕たちが今いる会場は『オーガ・ファイト』と呼ばれる闘技場であり、半径三百メートルもある巨大な施設である。その外見は円形闘技場アンフィテアトリム の様な見た目だ。

 

 会場のアナウンスを待つ。僕は手に持ったシードの振り分けを見た。



[一回戦 覆面マスクVS常勝のガトー]



 ──にしてもかなりセンスの無い名前だ……覆面マスクって、意味が二重になっているし。僕が付けたんだけど。

 そして、相手の名前からしてどう見ても強い、よね……”常勝”ってもう僕が負けることが確定したみたいな名前だし。もちろんタダでやられるつもりは無いけど、最初からハズレくじ引いた気分だ。


 他の振り分けに目を通す。



[一回戦 コーラットVSネーラ]



 ネルさんは普通の名前なんだよな、相手はコーラット……もちろん聞いたことのない名前だ。

 そんな事を思いつつ他の参加者の名前にも目を通す。当然知っている名前は無……。



[一回戦 マッツVSドルイト]




 ……?人違い、かな。

 マッツ……って。そんなまさか!あり得る筈がないだろう!?いや、偶然名前が被っただけかもしれない。いや、いや、いや!それでもこんな偶然やっぱりあり得ない!


 秋は、恐怖に怯えていた。まるで心臓を鷲掴みにされたような、卒倒しそうな恐怖に飲まれそうになる。全身が支配されて、呼吸が荒くなった。動悸が激しくなり目の焦点が狂い、頭の中にフラッシュバックされる光景があった。



「はぁっ……はぁっ…!うっ、はぁ……はぁっ!いやだ、嫌だもうやめて……」



 脳裏に焼き付いていた、忘れたいと思っていたリリアの姿が僕の脳を支配するように、その記憶は主張している。『忘れるな』と釘を刺すように、まるで一生逃れられないとでも言うかのように。

 イメージが路地裏に切り替わる。そこにはマッツによって惨たらしく生を散らしたかつて、魔物か人だった者の姿。肉片となり、血の海の深い赤が色をこれでもかと強調している。そしてその中に棄てられた様な、真紅に染まった首飾り。彼が今身につけている物だ。

 「お前が悪い」「守れなかったんだ」「弱すぎる」攻め立てるような言葉の羅列が僕の脳を覆い尽くす。


 忘れようと思っていたのに、忘れたと思っていたのに、もう怖くなんかないと思っていたのに。

 我慢してたんだ僕は、必死に心の奥で繕ってなんでもないようなフリをして自分すら欺こうとしていたんだ。怖い、やっぱり怖いよ。

 なんでこんな所にいるんだ、僕を追いかけて来たのか。なんでなんでなんで!もう関係無い、これ以上僕に絶望を味合わせる気か!これ以上何かあったら僕の心は粉々に砕けて、それで………!



「おい……おい!アキ!大丈夫か、しっかりしろ!」

「はっ!?」



 突然の呼びかけにより、意識が記憶と隔離され自我が戻ってくる。……生きた心地がまるでしなかった。

 そして尚ハッキリと伝わる鼓動が、どれだけマッツの存在が自分を恐怖たらしめていたのかを証明しているようだった。


 泳ぐ視線を戻し、ネルさんの方を見つめる。


「おい……大丈夫か。ずっと震えていたぞお前」

「っ──僕はもうダメかもしれません」

「どうした!?」

『アキ!何かあったのかにゃ!?』



 苦い生唾を飲み込み、落ち着いて呼吸を整える。



「マッツが、この大会に……」

『にゃ……にゃ!?それは本当かにゃ!?』

「どうしたら良いんでしょうか、もし標的が僕だとするなら……」

『とりあえずあーしが頑張って調べてみるにゃ!アキは試合に集中するにゃ!』

「は……はい、わかり、ました」


 これは被害妄想などでは無い、確実にマッツはこの大会で何かしらのアクションを起こすつもりだ。一体どうすれば!


「……アキ、一人で抱え込むな」

「ネルさん?」

「人ってものはな、脆いもんさ。だから何かにすが らなくちゃやってけない。そしてそれはお前だって例外じゃないだろ。アキ、何が何だか分からないが俺に頼れよ。俺が出来るのは回復魔法だけじゃないんだぜ?」

「ネルさん……」

「なんて格好つけてみたりな、まぁお前は一人じゃないんだ!やれるだろ!俺がついてる、相談事は俺らが聞いてやるし、悩む必要はないんだぜ」



 彼にとっては何気ない励ましの意だったのかもしれないが、土砂降りの雨が止む程度に、その言葉は僕の心に響く。

 心に絡みつき締め付ける蔦が、段々と散る。それでも完全無くなりはしないが、ある程度の余裕を持てる程度には回復した。


 涙するというわけでもなく、僕は大袈裟にぎこちない笑顔を浮かべると、ネルさんに対して「ありがとう」と感謝の気持ちを述べる。

 それに対して「気にするな」と返ってくる。



 そして、その時だった。突然部屋にアナウンスが響く。

『おっと〜っ!?速報だ、どうやらアクシデントらしい!どうやら昨日、一部の選手達が病院送りになってしまったようだーっ!しかしご安心を!大会は滞りなく進行いたします!』


 耳を疑うような内容に、僕は身の毛がよだつ。

「一体どういうことだ?」

「いやまさか、そんな筈は……」



 デジャヴ……なのだろうか。

 もし、もしこれがマッツの仕業だとしたら?そんな最悪の考えが脳裏を過ぎった。

 一部……だ。もしかしたら、ただのイザコザによるものかもしれないじゃないか!決まった訳じゃない。


 

『〜以上の事を考慮しまして、なんと一部の選手は一回戦不戦勝だ!対象の選手はスタッフが報せに行くので、よろしく頼む!』


 そのアナウンスと同時に扉が開く。

 スタッフだろう、今のアナウンスのことも相まって、その場に居た全員の視線は、その黒スーツのスタッフに注がれる事になる。



「え〜、というわけで不戦勝対象の選手をお知らせに来ました」

 控え室が一気に騒ついた。一体誰なのか。

 緊張が走る。




「不戦勝対象者は、コードネーム……霧城、グレートファイター、覆面マスク、赤鬼、ファルコン、アイアムヒーロー、獄棹……etc(以下略)以上だ!」



 待って、色々突っ込みたいんだけど。他の人の名前とか。僕が入ってることとか、それと特に……



「ちなみに不戦勝対象者は全ブロックで73名だ!」

「はぁぁぁぁっ!?」

「何ですかそれっ!?」



 不戦勝者多すぎるでしょ!いったい本当に何があった!?

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