#34 放浪の旅人
「エントリーの申請は、OKだにゃ」
「んん、なかなか動きずらいですね……」
「仕方ないな、むやみに顔を晒すわけにもいかない」
僕は、鏡に映る自分を、不思議な目で見つめる。
まるで冬に着るような厚い外套に、顔を覆うボウリングの玉のような顔が描かれた覆面。まさに不審者という言葉に違わない格好だ。
いくら大会の参加に覆面やマスクの使用が許可されているからって、これはパフォーマンスの域を超えて、怪しがられると思うのだが。
まぁ、やるに越した事はないのだが。あぁ……またお金が飛んでいく。
そのまま震える手で、会計をすると店からさっさと立ち去るのであった。
「そもそも、勝てる保証なんてないのに──」
「そーゆーことは言わない約束にゃ」
「そうだぞ、負けることを考えるより、勝つことだけ考えろ」
「そりゃあ、ネルさんは強いからいいじゃないですか」
もし負けたら、無一文になるのだけれど……。
全く僕たちも無計画だ、そもそも大和国に行こうとしている時点で無計画だったのだけど。
一応説明をするとこんな感じだ。
この大会は、明日から五日間通して行われるらしい。一〜四日目まで予選試合、五日目が本試合。
それぞれA.B.C.Dの各ブロックに分かれ、トーナメント形式で試合を行う。参加者は256人で予選三回勝ち抜きで本試合に望める。
本試合は選ばれた16人で行う。
魔法の使用は禁止、スキルの仕様は許可。
武器は制限無し、という感じだ。
エントリーしたのは僕と、ネルさん。二ファは戦闘が苦手らしい。……まぁ僕もそうなんだけど、負けすぎて自信が持てない。
そして結構嬉しいのが、旅人の選手用に宿泊施設があるという事だ。但し試合に負けた時点で即追い出されるらしい。
僕たちはその寮に向かうことにした。
寮の部屋は、いたって簡素である。それぞれのベッドが設けられており……それだけ、と思ってしまったがどうやらそうでは無いようだ。
外には、練習場、食堂、厠や浴場等の設備があるらしい。なのでかなりの待遇と言えるだろう。
部屋に入ると、疲れを労うように布団に全力でダイブする。この大陸の寝具はベッドではなくお布団だ、とても落ち着く。
コートのボタンを外して、覆面をそばに置く。
仰向けになり天井を仰ぐと、猫の姿になった二ファが僕の腹の上に乗っかり、丸まった。
「あ〜、アキの体はひんやりするにゃ」
「まじでか、どれどれ……うわ、本当に冷たいな」
「何やってるんですか二人共……」
確かに少しこの部屋は暑いけど、空調があまり効いていないのか湿気がすごい。でもだからと言って人を保冷剤みたいに……。
「あぁそうだ、アキ。武器変えたほうが良くないか?」
「武器ですか?」
「クナイが悪いってわけじゃ無いんだが、一対一だとかなりきついと思うぜ?」
「確かに……」
クナイが便利なのは、MPを注ぐだけで量産、直ぐに手に持てることだ。そして遠距離で投擲ができるし、ちょっとしたナイフとしての近接攻撃もできる。
しかし、技術的に近接攻撃に関しては素人以下、遠距離で戦えていたのは前線で張っていた柊がいたからこそだ。
そもそもクナイ自体、元は昔の人々の持つ、携帯ナイフのような便利な道具だった。元から戦闘のために作られた道具では無いのである。この世界ではどうか分からないものだが。
クナイを捨てる訳ではないけど、もう少し扱える武器を増やしたことがいいのも事実。
「武器なら、練習場に解放されてるやつがあるはずだ。試合でも使用できるらしいから、金もかからないらしいし今からでも行ってきたらどうだ?」
その言葉を聞くと、僕は促されるままに寮を出て練習場へと向かうのだった。
「ここが練習場ですか……」
歩いて五分程度のところだ、地面が芝のグラウンドの様な場所であり、入り口付近には倉庫のような場所の中にはありとあらゆる武器が保管されていた。
『貸し出し自由』と書いてあるのを確認すると、僕はその中から適当な武器を選んで手に取る。
その中でしっくり来る物があった。なぜかは分からない、感覚的なものとでも言うのだろうか。僕はそれを手に取り倉庫の外へ、練習場に行くとそこに置かれている巻藁を見つめる。
「そんな木偶じゃ実践にならないだろ」
「あ、ネルさん。来たんですね」
「心配だしな、にしてもその武器……なんだ?」
「多分──鉄扇でしょうか。なぜかは分かりませんが、使いたくなりまして」
鉄扇、元来日本で護身用として携帯されていたことのある武器である。主に使い方は叩いたり、奥義で攻撃を受け止めたりなど、だ。
バッと扇を開いてみる。案外扱いやすいかもしれない。
鉛色の鉄扇を手首でくねくねと回してみる。
「しっくり来たってことは、適正武器かもしれないな」
「適正ですか」
「適正武器だと、上達が早いんだ」
「なるほど……」
「まぁいい、とりあえず戦ってみなきゃ分からないぜ!やるぞ、アキ!」
「は、はい!頑張ります!」
数時間後
……結局結果はボロ負けだ、もう少し手加減してくれてもいいのに。
それでもかなり使い方には慣れてきたかな、ネルさんに言わせればまだまだだろうけど……。
「やっぱり勝てないですよ……」
「そりゃレベル差の問題だ。真正面から戦おうとするなよ」
「そういわれましても」
「まず、避けることを覚えろ。防御と攻撃はとりあえず後回しだ!いいな!?」
「わかりました、やってみます!」
その日は大会に向けて、一日中稽古に明け暮れる秋なのであった。
***
大会予選前日、鬼たちは酒場で明日の意気込みを語っている。
どの鬼の目にも、勝利の二文字が宿り活気に満ち溢れている。
互いに酒を酌み交わす者や、自ら酒豪を語り酔いつぶれる者、それを見て大笑いする者。
鬼たちは酒が好きであり、酒に強い鬼は喧嘩にも強いというジンクスがある。そして、それは事実である。
そんな鬼の巣食う無法の酒場に一人、大柄な旅人が夜の蛍光灯に惹かれる虫のように、店内へと入る。
見ず知らずの旅人に無闇に絡むほど、そこにいる鬼たちも性格は悪くはなかった。他にも観光で来たライトに楽しみたい客もいる。
しかし、鬼たちはその旅人を一度見ると、視線を固定されたように旅人の行動の一挙一挙に釘付けになる。
そこには鬼でもあり得ないような行動を繰り広げる、ローブに身を隠した旅人の姿があった。
「なんだ、アイツ……」
「尋常じゃないぞ、どれだけのパワーがあるんだ!?」
「いいぞ!もっとやれ!」
ガヤガヤと店内が揺れるようなざわつきが起こる。
そこにいる鬼たちの感情は、恐怖や不安などではなく、好奇心だった。
旅人の座るテーブルには、数十品を超える大量の食事が並べられており、どれも一皿食べるだけで十分なボリュームだ。
しかし旅人はそれを関係ないというように、次々と食事をかつかつと掻き込むと、次の皿、また次の皿と完食をしていく。ありえない胃袋の量に加え、そのありえない食事スピードはその場にいた者の興味を掻き立てる光景である。
しかし、それは鬼たちにとっては珍しいことではない。なら何故鬼たちはその旅人に固執するのか?
それは酒だ。
旅人は食事をしながら、まるで息を吸い込むと同然のように片手にジョッキを持ち、中に汲み入れられた酒を一飲みで胃の中に落とし込む。
その行為を数十回にわたり行う、既に彼女の周りに転がるジョッキの数は優に数百はあるだろう。
それは鬼たちでもあり得ない、まさに伝説に語り継がれる『酒吞童子』以上のものであった。
酒が飲めるということは、それほどに強いということ。鬼たちはその旅人の強さが気になってしょうがないのだ。
「うまいな〜!こんなに酒を飲んだのは久々だ!」
そう呑気に食事をする旅人に、一人の大鬼が立ち上がり拳を振り上げる。
そして拳をブンッと振り下ろした。
ガシッ!
しかし、そんな鬼の本気の攻撃、更に背後からの奇襲を旅人は当然のように受け止める。
だが意に介する様子もなく、旅人が軽く手を振り払うと、手を掴まれていた大鬼はぐんっと体を捻り、店内のカウンターに勢いよく飛ばされた。
「食事中に襲うやつがあるか、馬鹿野郎」
そう吐き捨てると勢いよく食事を平らげ、残り少ない酒を全て飲み干した。
そして立ち上がると、後ろを振り向き自信満々に一言。
「オレに勝てる自信がある奴だけかかってこい!全員相手してやる!」
そう言った。
──その後、沢山の救急隊員が店に駆けつけた事は言うまでもないのだが。
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