#31 大空

 結果的に言えば、ダメだった。

 ネルさんに頼んでマルクリアの港で情報を何とか収集してもらったが、犯罪者の交通機関の使用は出来ないらしい。


 これは、僕に限った事ではなく、犯罪者全員に適応される法律だそうだ。

 多分僕が港に向かったら、すぐにバレるだろう。なので船はNG。


 幸い、まだ僕が犯人であると疑う人は居ても、実際に糾弾してくる人は居ない。

 一応表立って行動してないのもあるのかもしれない。


 ただやはり、事件の噂はよく耳にする。まだこの街に来て初日、出来れば早く出て行きたいところだ。

 

 そこにネーラが提案をする。



「なら、俺に任せてくれないか?知り合いが居るんだがなんとかしてくれそうだ」

「本当ですか!?それでは……お願いします」

「じゃあ付いて来い」



 そうして僕はついていくことになった。

 にしても、本当にこの人の目的は何だろう?


 僕が犯罪者(仮)と知りながら、それを疑う様子もない。

 詳しく聞いてもはぐらかされる。


 まぁ気にしても仕方ない、のかな……。




 到着した場所は、街中から街の入り口に少し向かった場所、移動距離数百メートルといったところか。


 そこには、ファンタジーの世界ではお馴染みの……あの魔物がいた。

 なんで最初に通った時に気付いていなかったのか不思議なくらいに主張の激しい体格、そこの土地で踏ん反り返って、食事をしている。

 まさかこんな種族とも共存していたとは……思わなかった。



「よっ!リューさん」

「……ぬ、お前はこの前のマーマンか?世話になったな」



 そう、僕の目の前に鎮座しているのは全長十メートル程ある深紅の鱗で覆われたドラゴンである。

 と言うかドラゴンって、喋れるのか。

 ただしその体格から想像される威厳のある声ではなく、普通の成人男性の声だ。


 そのドラゴンは、傍にある生肉の山を怠惰に貪っており、腹が少し出っ張っている。これはドラゴンの中でメタボと言うのだろうか。

 そんな疑問を打ち消すように、その大きな姿とは似付かぬ威厳のない声で僕の方を睨みながらドラゴンが喋る。



「……この街では見ない顔だな、来訪者か?」

「そうだ、色々訳ありで今日来たばっかなんだが……大和大陸まで頼めるか?」

「ムムゥ、急な話だな。まぁいい、恩人のお主になら……15万マートといったところだな」

「えっと、なんの話をしているんですか?」



 なんか、15万マートとかいう不吉な言葉が耳に入った気がするが。



「このドラゴンの兄ちゃん……リューさんはこの街の門番をしているのと同時に、運び屋なんかもしてるんだ。高値でな」

「運び屋って……そういうことですか!?酔うのは絶対に嫌ですよ!」

「お?酔いやすいのか?というかお前、キレるところそこかよ!?」

「酔いは……死活問題なんですよ!」

「そこまでか!?」



 何だろう、自分すっごく馬鹿らしい。

 でも、本当に無理。

 死ぬ程度には無理。


 全く何の自慢にもならないけど、子供用ジェットコースターで失神したことがあるんだ。ドラゴンなんかに乗ったら、本気で死ぬぞ。



「というか、お金……高くないですか」

「見ず知らずのやつを乗せるのだ、別に疲れるからとかではない!」

「あ、あぁ。まぁ、そうですね」

「どうするアキ、お金があるなら使ってみたらどうだ」



 そんなこと言われても……いや、でも。



「酔い止めの能力とか持ってないですか?」

「ない、見たことがないし聞いたこともないな」

「うわぁ」



 今の自分の顔を鏡に映してみたら、あからさまに引きつった顔が見れることであろう。

 氷や炎を扱ったり、傷を瞬時に回復させる魔法があるのに、なぜ酔い止め魔法はないのか。



「安心しろ、金を取るだけの飛行能力はあるつもりなのだが。快適な空の旅を楽しめるぞ……」



 ドラゴンは若干不満そうな顔でそういった。

 うーん、本人がそう言うなら大丈夫なのかな。信じる訳ではないけど、案外ドラゴンは酔わないかもしれない。


 そう考えると気苦労も和らぐ。勝手に疲労しているだけと言うのは言ってしまうとアレだが。


 でもお金が高いし、15万マート払うと残りが2万……おかしいな、2万ってこっちの世界に来る前はかなりの大金だったんだけど、心許ないな。

 金銭感覚が狂ってるな。


 でも大陸を渡るにはそれしか無いか……と断腸の思いで収納術ストレージ から財布を取り出す。

 そして15万マートドラゴンに渡した。



「これでいいですか」

「ぬぅ、確かに受け取ったぞ」



 ドラゴンがお金を使えるのかと問いたいが、この御時世それこそ魔物差別と言うものだろう。暗黒大陸で魔物を狩った事のある僕が言えた台詞ではないが。

 って………待て、そう考えたら僕やっぱり本物の犯罪者なんじゃないか!?


 ──考えるのはやめにしよう、これ以上考えるとやばいぞ、触れてはいけない確信というか、圧倒的な闇だ。



「じゃあ早く乗ろうぜ」

「そうです……ね?──うわっ!?」

「うおっ!急に叫ぶなよ……てこりゃまた、可愛いな」



 突然、足元にゾワっとした感触が伝う、その感触が全身につ大木は身震いした。


 一体何だと足元を見る。



「にゃ〜ん♪」

「……ネコですか」



 猫だ。

 単純に、猫。そう言えばあまりこの世界では見かけていなかったけど、猫って居るんだ。


 ケットシーという猫の魔物なら知ってはいるが、純粋な猫は初めてかも知れない。

 僕は吸い寄せられるようにその猫を抱え上げる。



「にゃー」



 可愛い、喉を鳴らしながら鳴いている。


 でも今から大和大陸に行くところなんだ。

 少し名残惜しく感じながらも猫を下ろすとそっと地面に下ろした。


 もふもふの感触が手に残る。



「さて、じゃあ行きましょうか」

「そろそろ夕方だ、夜は辺りが暗くなり目が利かなくなるのだ。早く乗れ!」



 ドラゴンは早口で急かすようにその両翼をバッサバッサと羽ばたかせこちらを睨むように威圧する。



「はい!わかりました!」



 風圧が僕の体を飛ばす前に、早く乗ることにしよう。

 雄大なその背中に恐る恐る跨った、こんな感じでいいのだろうか。


 僕の前に乗ったネルさんが片目でこちらを見ながらオーケーサインを出す。乗り方はこれで合っているのだろう。


 しかしなんか妙べすべとした肌?鱗触りだ……所々ゴツゴツとした起伏があるのに、それが妙にフィットして、ツルツルとしている。

 いけない、なんだか病みつきになりそうな感触だ。撫でるのはやめておこう。



「よし、ではしっかりと捕まれ。振り落とされるな!」

「おう!頼むぜリューさん!」




 ドラゴンは、圧倒的な速度で助走を開始した。

 力強い足取りで、一歩一歩地面を踏みしめながら、そのまま街の外へと飛び出し草原を突き抜ける。


「せいはぁっ!」

 咆哮にも似た掛け声とともに一定の速度を保ちその巨翼をばたつかせると、次第にドラゴンの足が地面と離れ、風を切りながら空高く……上へと突き抜ける感覚。


 一瞬ふわっとした体内の臓器をかき混ぜられる様な得体の知れない圧倒的不快な感覚が僕を襲う。

 目を瞑った、嘘じゃないか酔わないなんて!と叫びたい衝動に駆られるが、口を開くと別の物が飛び出しそうなので必死に我慢する。



バササッ!


 それから数秒後、急に不快感が消えると、ある種の昂揚感にような不思議な感覚が奥からこみ上げてきた。

 ──まるで、この空と一体化してしまったかのような、ものまま無意識に空に溶け込んでしまうのではと思考する程の清々しさ。


 目を開ける。



「わあぁぁ……っ!」

 と口を開けて僕は目の前の景色に見惚れてしまった。


 まるで、初めて世界を見るような感動、この世界はこんなに広大で美しかったのか。

 夕焼けの太陽が僕たちを紅く彩った。さっきまでいた国があんなに小さく……。



 思わず生唾を吞み込む。

 今まで見た景色の中で、一番印象に残ったものを思い浮かべろ、と言われたら……きっとその度に僕はこの光景を思い出すだろう。

 その瞬間を、まるで写真で切り取ったみたいに。この瞬間は僕の脳髄へと刻まれ、印象深く色付く。

 

 心が晴れていくようだ、この空に願えばなんだって出来るのだとさえ錯覚してしまう。



「ニャ〜」

「────ええっ!?」



 竜の背中をよじ登り、目の前へと忽然と現れたのは先程の猫だった。

 付いて来ちゃったんだ……どうしよう。



「こっちにおいで」


 その意図を理解したのか、猫はその屈託無さそうな笑顔を僕に見せ付けながら、僕の目の前へと来ると丁寧にお座りした。

 飼い猫だったらどうしよう……でもその心配はこの空に似つかわしくないかな。


 空をまるで子供のような無邪気な目で見つめる。

 その日、僕は最高の体験をしたのであった。

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