#30 無意識のストレス
「酷いもんだな」
「だから着いてこない方が良いって言ったんですよね……」
予想以上に情報の伝達が早かったようで、マルクリアの街……というか、エラリスの隣国、タムレット全土に僕の噂が広がっているらしい。
街に入ってすぐ、新聞を読む人々が目に入った。
それぞれありえないとか、恐ろしい、とか言う様な顔でそれに目を通している。
そして僕の方を見ると、ひそひそと話をする人々。訝しげにこちらを見ているが……。
ダメだな、これは。
近くに落ちている、土で汚れた新聞を手に取る。エラリスは道も舗装されて、地面も綺麗だったけれど、ここはそこら中にゴミが転がっている。
治安が悪いのだろうか、この国、あるいはこの街が。
「う、うわぁ」
思わず声が漏れる。
「俺にも見せてくれ」
新聞を見ていると、ネルさんがこちらを覗き込んだ。興味津々といった感じで、杖をクルクルと器用に回しながら片目で文章を読んでいる。
そして、一瞬驚いた顔になって、こちらを見る。
「マジか、犯罪者って話本当だったんだな……」
「信じてくれないかも知れませんが、一応否定はしておきます」
やっぱり、事件の話はすでに広まっているようだ。
救いといえば……僕の詳細な顔写真が公表されていないことだろうか。
代わりに悪魔のような角に、鬼のような形相、そして厳つい八重歯。という人相書きが載せられているのだが……まぁ、どう見ても僕じゃないよなこれ。
しかしその横に記述された特徴は致命的だ。
青味がかった白色の髪、身長は160cm程、そして童顔。名前はアキ ナカムラ
特に、この髪の色の記述が厄介だ。
僕と柊の髪、歳を取ってるわけでもないのに白っぽいから、よく学校とかで馬鹿にされてたんだよな……。
この異世界においても珍しい髪色みたいだし。というか僕は童顔だって思われてたのか?それはかなりショックなのだが……。
「まぁ、アキがそう言うなら俺は信じてやるぜ?」
「……ネルさん、人が良いですね。いつか騙されますよ」
「その言葉を返したいな、今の状況、お前が騙された結果なんだろ?」
「騙されたっていうか、ハメられたって言った方が正しいですかね……」
「なるほどなぁ」
「随分と軽く流しますね」
ネルさんは緊張感の無い声でそう呟いた。
なんだか調子が狂う。
でもとりあえず、この程度だったら少しの行動はできそうかな。
しかしギルドとかは……名前がバレるし、ダメかな。そうなると金を稼ぐ手段が少ない。
──?というか、何で街に入ったんだっけ、今冒険しようとしている意味は?
目的もないのに今までどうやってここに来たんだっけ。
今更過ぎるほどの疑問だけど、とりあえず柊と生活出来てればいいやって思っていたんだっけ?
でも柊はもうここには居ないし、エラリスに戻ることも出来ない……。
────よく考えたら詰んでいないか?いや、よく考えなくてもそうだ。
というか自分でよくあんな目に遭っていて心を平静に保ててるなと感心してしまう。
そしてここまで来るまでまるで流されるように周りに任せて生活してた。
正直自分でアクションを起こしたことって……無いよなぁ。
どうしようか。
「どこに行けばいいんでしょうかね……」
「さあな、俺もお前も無計画だ。そうだな、俺は世界を旅していた、ある程度の案内はできるぜ?」
なんでこんなにもこの人は着いて来ようとするのか僕には理解できない。
しかし人の行動を無下にするのは僕の性格上あまりしたくはない事だ。
でも、他の大陸に行けるのか?
ああ、もう分からない。
頭がパンクしてしまいそうだ、そう思うと急に身体が熱くなるのを感じる。
「あ……れ」
突然視界が霞んだ。
それを拍子に、めまいや頭痛が僕を襲う。
突然
僕の意識はプツンと配線が切れるように、まるで信号が消えたモニターの様に僕の視界はシャットダウンした。
**********
「あ……はぁ…」
「おい、大丈夫か」
そして意識を取り戻した。
一応自分が突然倒れたことは覚えている、ただ呼吸が荒い。
すると、闇に覆われた意識の中、ふと脳裏に言葉の羅列がよぎる。
【一定条件の達成:能力付与】
<ナカムラ アキ>=能力解放=
*ストレス変換(SKILL
魔力を代償とし、ストレスを体力に変換させることが出来る。
*保身(ABILITY
自傷による怪我は痛覚無効化、再生される。
うわ、久々の能力解放……?
なんか癖のありそうな能力達だ。
そう思考していると、突然隣から声がする。
「おい!起きてるか?」
「うわっ!」
耳鳴りがした。
ゆっくり体を起こすと、隣で僕を見下ろしていたネルさんがほっと一息ついて、汗の滲む額を腕で擦る。
心配をかけてしまったようだ、僕は寂れた公園のような場所のベンチの上で寝かされていたことに気付く。
あたりに遊具はなく、ただの休憩場所といった感じだろうか。
ふわふわとした思考から、ネルさんの一言により突然現実に戻される。
「聞いてるか?」
「あっ、はい」
「調べた結果、ストレスによる極度の疲労が原因みたいだな。あんまり溜め込むと洒落にならないぞ?」
「ああー、通りで……。そういうの、気付かないんですよね」
これは僕の悪い癖だ。
何回かストレスで倒れたことがあるせいで、あの柊に怒られる程心配されたことがあったんだっけ……。
でも一体何処でストレスを溜め込んでるんだろう?多分こんな考えだから、先程みたいになるのだろうけど。
「さっきの能力、試せるかな」
小声でそう呟く。
この『ストレス変換』とかいうスキル、MPを使用してストレスを回復能力に変えれるらしい。
一応怪我してないと確かめようも無いわけだし、とクナイを魔力で手の中に出すと、それを軽く握って親指を刺そうとする。
刺そうと……。
さ、刺す──?
おかしい。
確かに刺しているはずなのに、クナイは親指の皮膚にめり込むだけで、痛みを感じないし、血も出ない。
「おいおい、やめろ!」
それを見たネルさんが僕の手を取り上げ、武器を奪い取る。
「あぁ、さっき手に入った能力を試そうとしたんですが」
「アビリティの『保身』か?」
「え?僕が試そうとしたのは、『ストレス変換』っていうスキルなんですけど」
「あっ、すまん!今のは忘れてくれ!」
……確かにさっき、「保身」というアビリティを手に入れた事は事実だけど……言ったっけ?
多分、そのスキルが自傷行為を無効化しているのだろう。
何だろう、獲得条件は自害をしようとしたからかな、心当たりと言えばそれしか無いし。
いいやとりあえずストレス変換のスキルを使ってみよう。
体の中で不規則に分散されていたMPを、集めるイメージで纏めると、それを体の外側に吐き出すようにして放出する。
MPは魔力となり空気中に分散されていった。
「ストレス変換」を使用すると、保有していたMPが一割弱程になる。
これ、かなりごっそり持っていかれるやつだ。
それでストレスは……無くなったのかな?よく分からないけど、MPが減ったということは成功はしてるんだと思う。
今度から定期的に使用するかな。
「とりあえず、どうする?このままこの街に居ても、仕方ないと思うぜ」
「そうですね」
そこでふと、以前マグルさんに渡された手紙の内容を思い出した。
手紙には
『大和大陸の
と書かれていた。
正直意味が分からないけど……無意味に生き続けるよりは、目標を持った方がいい。
少なくとも、何か得られるものはあるはずだ。
あの人が、言ったことならば何かあるのだろう。
そして思い出した、彼の『死ぬな』と言う言葉。
僕にとってはそれが枷になるかもしれない、そういえばラクトさんにも同じことを言われたな。………その約束に関してはすぐに破ってしまったのだが。
「決めました、大和大陸に行ってみたいです」
「あそこか……いいんじゃないか、よし!こうなったらとことん付き合ってやる!俺も旅は好きなんだ、案内は任せろよ」
これから、ネルさんにはかなり迷惑をかける事になるだろうけど、それでも目標を見つけた。
そしていつか、また柊に会いたい。
その時は、もっと立派になって柊に認めてもらえる兄になるんだ……!
まぁ、まずはそもそも僕が船に乗せてもらえるかって事からが問題だが、できるだけ頑張ってみよう……。
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