#23 悲痛な叫び
昼下がりの頃、僕たちはアーグスの商店街へと繰り出した。
特に何かするわけでもないが、パーティの仲を深めたいと思ったのと、リリアにこの世界の事をもっと知って貰いたいと思ったのだ。
なんて、この世界のことを知らないのは僕も一緒なのだけど。
リリアは無邪気に彼方此方を見回しては沢山のリアクションをする。
僕たちにとっては当たり前のことでも、楽しそうに……見たり聞いたりして楽しむ。
すると、僕もなんだか幸せな気持ちになるのであった。
「お、なんだ、これ!」
リリアが指差したのは果物屋さんに並べられている、赤い果実。リンゴだ。
なるほど、これも見るのは初めてなのか。
「リンゴって言う食べ物だよ。食べてみる?」
「うえー……赤い、血?悪魔の、食べ物?怖いぞ……」
「気にいると思うんですけど──おじさん、一つ」
「あいよ、256マートだ」
「はい、どうぞ」
「毎度あり!」
リンゴを買って、リリアに渡してみる。
最初は君悪がって食べるのを躊躇したのだが、それを見た店主のおじさんがリンゴを取り、かぶり付くと「うまい!」と言う、優しい人だな。
それを見て、気になったリリアは恐る恐る、かじっとリンゴを食べる。
「なんだ!美味い、肉じゃないのに、赤いのに、腐ってない!」
「あ、いいなぁ。私も食べたい、おじちゃん一つ!」
「毎度!」
「柊は出来るだけ節約してもらいたいんですが……まぁたまにはこういうのも良いですよね」
「お金なら、私の父上に頼めば沢山もらえるぞ?」
「それは最終手段ということにしましょうか」
そんな感じで商店街を進んでいく。
やはり先日の事件が効いているのだろうか、人々……特に魔物達の雰囲気がピリピリしている。
実は、最初の日……16人の魔物が殺害されて以来、毎晩殺害が起きているのだ。
魔物たちはきっと不安で一杯だろう、このままでは暴動も起きかねない。
早く解決するといいな、でもそこは二ファに期待するしかない……か。
そしてまたリリアが店の前で立ち止まった。何か興味のある物を見つけたのだろう。
見ると、そこはアクセサリーショップだった。
「綺麗、キラキラ。すごい」
「おや、この良さが分かるのかい嬢ちゃん。試しにつけてみるかい?」
「うん!」
店のおばさんが、リリアの選んだ首飾りをつけてあげる。
リリアはこちらを振り向くと、ダブルピースでニカッと笑う。可愛らしいものだ、そして、そのエメラルドの首飾りがとても似合っている。
買ってあげてもいいかもと思うが、21万マートという値札を見て諦めた。
「それなら、このネックレスはどうだい。私の孫が作ったものなんだが中々いいだろう」
「確かに、石に着色してるんですかね……。うん、3100マートくらいなら買ってもいいかも。リリア、欲しい?」
「うん!あたし、気に入った!くれ!」
若干ぼったくられた気もしたが、構わない。
リリアは満面の笑みで首飾りをペタペタと触る。歪な石の形と、その不思議な彩色が先ほどの物より彼女に似合っている気がした。
こういう事の為になら、少しの出費は痛くない。
さらに商店街を進んでいると、突然リリアが人にぶつかった。
人と言うより、筋肉だ。
そう、彼は冒険者マッツ・チョール。初対面の時の筋肉とオカマキャラというインパクトのせいで、妙に記憶に残っていた。
ぶつかった事に対し、謝ろうとする前に先にあちらの方が話しかけてきた。
「あら?誰かと思ったら、チームの子じゃない」
「あぁ、ウチのリリアがすいません!ええと、マッツさん……それでチーム?とは」
「同じクエストを受注した者同士は『チーム』なのよ。冒険者界隈では常識だわ」
それは初耳だ、でも確かにたくさんの冒険者たちからチームという言葉は聞いていた。
──え?僕とこの人がチームって、なんか。あまり人は好き嫌いしないけど、なんか、嫌だ。
そしてその考えがバレたのか彼は不快そうにこちらを威圧した。
「ほんともう失礼しちゃうわ。顔に出てるわよ、はいはい私は嫌われ者よ」
「すいません……」
「まぁまぁマッツ殿。柊に悪気は無いんだ、許してやってくれないか」
「いいわ。気にしてないもの──とりあえずクエスト頑張りましょ、この事件の謎を一緒に突き止めるのよ!」
「あ、はい」
「ノリ悪いわね、もう。じゃあ私はこれで失礼するわ」
最後に、何故かマッツさんはリリアの頭をポンポンと軽く叩く。
「うわっ、何する。筋肉!」
そしてずんずんと、巨体を揺らしながらマッツさんは人混みへと消えていった……。
せめてあの言葉遣いだけ直せば普通の強そうな冒険者なのに。
そう考えていると、リリアが僕の服の裾をグイグイと引っ張る。
「なぁ、あいつ、怖いぞ」
「怖い?」
「気をつけろ、あいつ、悪い奴」
「そんな見た目で判断するのは……」
「うーん、でも私もそう感じたかなー。言葉じゃ説明できないっていうか」
「ゴブリンの野生の勘というやつかも知れない、警戒するに越したことはないということだな」
確かにそうかもしれない、個人的に苦手だったのだけどその意識はもっと別の物からだったのかも。
それにしても、日が暮れて……。もう夜に近い。
宿屋に帰らないと、そろそろリリアを寝かせ付ける時間だ。
僕たちは帰りで立ち食いをして、食事を済ませる。
そしてそのまま僕たちも寝て、明日に備えることにした。
***********
「うー、なんだ。頭、痛い……」
町の人々が寝静まる時間、丑三つ時。
ふいにリリアータは目を覚ました。
頭がじんじんする。
まるで、締め付けられているような。侵食されているような不快な気分。
そして、操られるような……いや、操られているのだ。
「うわっ、体が。勝手に、動く。なんだ、なんだこれ」
リリアータは抵抗するが、体が思うように動かない。
叫ぼうとしても、大声が出せない。
そのままドアノブに手をかけ、自分の意思とは反対に外に出る。
そのまま宿の外に。
酒場の前に不良がたむろしている。
気づいて、声を掛ける。
「ん?なんか聞こえたか?」
「何よ?酔ってんなぁ〜」
「んー、いやそっから聞こえた気が」
「誰もいないぜ、ほら」
「……だな!あー。酒のみすぎたかなぁ」
「気をつけろよ〜〜」
なんで?
ここに、あたし、ここに、居るのに。
ああ、遠ざかって、離れてく。
「うっ……なにこれ、誰か。助けて……」
そして、数分程歩き続けた。
向かうのは、路地裏。
そこに差し掛かった途端、リリアータは全身で恐怖を感じた。
「助けてくれっ!あぁ!あああぁぁぁぁっ!」
「殺してやる!殺す!ころ……あっ、ぐっ!あああっ!」
路地裏から聞こえた、耳をつん裂くような激しい雄叫び、そして絶望に塗りたくられた悲鳴。
どうして、誰もこの状況に、悲鳴に駆けつけない。
そのまま、意思とは関係なく足は路地裏へと進む、そして断末魔が次第に大きくなる。
血の匂い、生々しい空気。それを全身で感じる、いやだ。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
「あたし、いや。死ぬの、怖いよ。いや、いや。嫌だよ……」
泣きたい気持ちを抑え、力を振り絞って、頭をぶんぶんと振る。
カラン。
リリアータの頭から何かが落ちた。
「これ……
その水晶がリリアから落ちた瞬間、リリアは自由に手足を動かせるようになる。
逃げなきゃ。
早く!
早くこの事を誰かに知らせなきゃ!
秋!柊!二人に伝えないと……!
恐怖ですくむ脚を動かして、必死に路地裏から逃げる。
もっと。
もっと人のいる場所に!
しかしもう遅かった。
ガシッと、誰かがリリアータの足を掴む。
「逃がさないわよ」
なんで!
なんで、なんで、なんで。
やめて、冗談、全て、嘘。やめて、やめて!
「いやっ!いやっ!やめて!あたし、いやだ!死にたくない!」
叫ぶ、ただただ叫ぶ。
助けて欲しい、誰か。誰か!
……いないの?誰か──
「うるさいわね!小娘が!こっちに来なさい、処理は路地裏でやらなきゃね」
「いやだっ!ああっ!ああぁぁぁっ!助けて!ねぇ!アキ!ヒーラギ!マグル!族長!うあああぁぁぁっ!」
少女の悲痛な叫びは──
虚しく夜の闇に吸い込まれていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます