#22 ケットシーの情報屋

 勇者ラクトは、早い夕食を摂りに街の大通りに来ていた。


 ラクトは歩きながら考えていた。秋、柊の二人の事である。

 ある日突然二人が居なくなり、慌てたラクトは捜索依頼を出し自身でも二人を探し続けていた。

 しかし依然行方は掴めず、まるでプツンと糸が切れたように捜索は滞ってしまう。勇者の依頼ということで多くの冒険者が二人を探したがそれでも無理で、諦めてラクトは依頼を取り消した。

 それから数日後、もう旅立とうかと思った時、魔物が殺される事件が起こった。それは国際問題に発展する程のもので、ラクトは父上からそれを解決するように命じられたのであった。

 しかしまさかそれがキッカケで二人と再会するとは。秋、柊は何事も無かった様にふらっと姿を現して……。


 まあ結局見つかったからよかったのだと考える。

 そんな食事と関係ないことを考えていると、柊がラクトに話しかける。



「ねぇ、こっちに美味しいお店があるんだ!」

「本当かい?それなら君に任せようか、案内してくれ」

「いいよ!」



 ──人気のない路地裏へと入る。本当にこんな場所に店があるのだろうか、隠れた名店というやつか。ラクトは特に何も考えずに柊のあとを素直に付いていく。

 しかし、歩けどもその様な店は見えてこない。そのままどんどん陽の光が届かない場所へと変わってゆき、流石にラクトは不審に感じる。


 そして、何となくだが理解する。何の為にこんな場所へと連れ込んだのか。

 ラクトは威嚇するように背中にある剣の鞘へと手を掛けた。

 それを感じた柊は、立ち止まりくるりとラクトの方を向き、そして見つめた。



「ねぇ、聞きたいの」

 柊が、低いトーンの言葉で話す。

「な、なんだ」

 警戒しながらラクトは答える、冷や汗が頬を伝う。

「なんで私たちをパーティに入れたの?今日じゃなくて、一番最初。あの時」



 予想していた状況とは少し違った事にラクトは内心ほっとしかけたが、何故そんな問いをするのかと不思議に思う。まだ鞘から手は離さない。



「何でって……それは、君が異世界人だから」

「嘘だよね?」

「一体君は何を聞き出そうとしている。何も出ないぞ」

「答えて」



 一体何故突っかかろうとする。

 


「本当に、それだけだ」

「そう」



 ラクトは汗が止まらなかった。

 勿論、それは暑いからという要因から来たものではなく、ストレスから出た汗である。

 話せない何かがある、嘘をついて隠したいこと、それは自身の存在を否定されてしまう恐怖の感情から来るものだ。それを話せば、きっと私は失望される。


 柊がそれに気付いたのかは本人しか知り得ない。

 しかし忠告するように一瞬の動作で刀を抜くと、瞬時にそれをラクトの喉元へと突きつけた。

 普段の彼女なら絶対に取り得ないような行動で、そして見せることの無いような表情で。柊はゆっくりと囁いた。



「もし、私たちに危害を加えるなら。勇者なんて関係ない、この手が滑っちゃうかもしれないよ?」

「……ははは。怖いね、昔それに近いセリフを言われた事があったよ……」



 冗談じゃない……そう思った。

 心臓の動悸が止まらない、もしかしたら自分はここで殺されてしまうのかと考える。喉が異常に乾く、時間が長く感じる、それでもラクトは柊のことを信じる。

 しばらく──その体勢が続くと、柊は刀を鞘に収めて、明るい口調で言った。



「この先もうすぐで店に到着するから一緒に食べよっか!」

「あぁ……」



 助かったと、ラクトはその場に座り込み脱力した。

 

 その光景を、リリアータは終始黙り、怪訝な目で眺めていた。

 柊とラクトの会話が終わると、そのまま動かずぼーっと突っ立っている。話の内容は聞こえなかったが、大事なことを話していたのだということは勘で理解できた。

 


「リリアちゃんも来て!ご飯食べよ!」

「あ……。わ、わかった」

「ほら!ラクトさんも行こ!」

「う、うん」



 ラクトは繕えない程に引きつった笑みを浮かべながら、柊の差し出した手を怖気ながらも掴み、路地裏の更に奥へと進むのであった──。



**********



 翌日──

 

 僕は目が覚める。

 何というか、今日はいつも感じるような怠さがなく驚くほどにスッキリ起きることができた。お日様はもう真上にある気がするが気にしない。

 遂に睡眠耐性が付いたのかと思ったが、きっと机で寝てしまっていたせいだろう。寝る時の姿勢や場所が違うと、落ち着いて眠りにつけずすんなりと起きれる事があるのはよくある事である。



「おー、起きた。おはようおにぃ」

「おはよー。アキ」

「……やぁ」



 本を読みながらテーブル席に座っている──ラクトさんの気分がなぜか優れないように見えるが、何かあったのだろうか。



「ラクトさん、どうかしましたか?」

「んん。いや、何もないさ」

「……まぁいいや。というか同じ宿で大丈夫なんですか?」

「あぁ、しっかり宿の主人に許可をもらったさ」

「そういうものですか」



 今日は何をしようか。

 クエストの件に関してもギルドから何も話しは来てないしフリーってことになるのかな。それとも自分たちで進んで事件に関しての調査をするべきか、って言ってもそれは危険だからやめてほしいってギルドから言われてるんだった。


 考え事をしていると、突然何の前触れもなしにガチャリとドアが勢いよく開いた。

 開かれたドアのノブは、勢いよく壁にぶつかり音を立てる、なんて乱雑な開け方なのだろうか。


「やっほー!あなた達がクエストを受けた冒険者だにゃ!」

「えっと……誰ですか?」

「んー20点!もっと驚いてくれなきゃー。まっいいにゃ、あーしはケットシーの二ファ・アルファ!スクープに命をかける、名の知れた情報屋だにゃ」



 嗚呼──。この人が今回の事件を調査している。そして僕たちが異世界人である事を広めた張本人か。

 すらっとしたモデル体型、全身を包むモフモフの毛皮、猫が二足歩行していると言えばいいのだろうか。クリっとした目に猫耳フードを身に纏っている。


 うっ……やばいかもしれない、ちょっとこれは。モフモフ……モフモフしたくなるぞ。



「おー!すごい、猫が喋ってる!モフモフだよおにぃー」

「うわっずるいですよ!」

「私にも触らせてもらえないだろうか!?」

「おっ?あーし人気者?でもくすぐったいからダメだにゃ」



 ラクトさんもこういうのが好きだったのか。

 逆にリリアは無反応……というか食べ物を見るような目だ。



「今日は用があって来たのにゃ!」

「あぁ。話してくれないか」

「ほら柊、もう触るのはやめて下さい」

「うー、わかった……」

「今日は渡す物があるのにゃ」

「何ですか二ファさん」

「呼び捨てで結構にゃ」

「あ、はい」



 情報屋の二ファは、懐のポーチから肉球ほどの大きさの結晶クリスタルを三つ取り出すと、それを僕と柊、そしてラクトさんに手渡した。不意に触れた肉球の感触がとても心地よい。



「おい、あたしには、ないのか。ねこ」

「あなたは対象外にゃ」

「それでこの結晶何なの?魔法結晶マジッククリスタルかな?」

「微妙に魔力パターンが違いますね……」

「?私には、違いがわからないな」



 魔法が込められた魔法結晶マジッククリスタルは砕くことで、使用者の発動出来ない魔法を一回限りで即時発動してくれる便利な魔法道具マジックアイテムの一つだ。

 基本的に属性を見分けるに当たって、中に込められている輝きの色で魔法の種類を見分けるのだが、これは無色だ。



「それは、あーしの魔力自体を込めた魔力水晶マナクリスタルにゃ。それを持ってることでいろいろ便利になるのにゃ」

「例えばなんですか?」


『あー!テステス、聞こえてるかにゃー?」



 突然、脳内に声が響く。

 その主は二ファであることに違いはないと思うのだが、彼女は口を動かしていない。これがその「便利なこと」だろうか。



「その反応だとしっかり聞き取れているようだにゃ」

「何ですか今の?不思議な感覚で……」

「テレパシーにゃ。あーしのスキルで、狙った魔力に音声をお届けできるにゃ!」

「へぇっ、それは凄いですね」

「だから、もし何か情報が掴めたらテレパシーで連絡するにゃ。そこんとこよろしく頼むにゃ」



 かなり便利なスキルだ。これなら彼女の魔力水晶マナクリスタルを持っている限り、緊急の情報を聞き漏らすことはないだろう。



「んじゃ、あーしはこれでバイバイにゃ!」



 とりあえず今日はやること無いし、外に行こうかな。

 リリアの服もボロボロのままだと申し訳ないし、ラクトさんと仲良くなれる機会だ。

 そうして僕は、魔力水晶マナクリスタルをポケットにしまうのであった。

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