#24 血濡れの首飾り
「あ……ぁぁぁぁっ。……うっ、ああぁ……」
言葉にならない、まるで呻き声の様な。まるで唸り声のような声を上げる。
それは僕だ。
僕は封鎖された路地裏の中で、地面にうずくまり何かを訴える。
目の前には、引き千切られた首飾り。
それは、リリアの物だった。
その周辺に、無残な肉塊が、血の海の様な光景が広がっている。
肉塊は混ざり合い、無数の骨が覗く。誰が誰なのか分からない。
でも、この首飾りは確実にリリアの物だ。
何故こんな所にあるのかと考えると、身の毛がよだつ程の酷い恐怖に吐き気と嫌悪感、そして最悪な程の罪悪感が僕をまるで
馬鹿だ、最悪だ。
死ぬのは自分でよかったんだ。なんでリリアが。
守れなかった、その事実をこの首飾りが象徴しているようで。
涙か、鼻水か、それともそれ以外の何かが僕の顔を濡らした。永遠に拭えない、心に、侵食する。
泣きすぎて、自分を責めたくて仕方がなくて、まるで磔にされた僕の心は涙と言う名の水攻めに溺れそうになった。
**********
──事の顛末は一時間前のことだ。
『おーい!起きるにゃ!また事件が起こったにゃ!至急現場に来るにゃ!』
寝ている頭に、誰かが語りかけてくる。
そして一瞬でそれが二ファである事を理解する。
そうすると、自然と目が覚めた。それが魔法の効果かは分からないが、僕たちは二ファのテレパシーにより一斉に目覚めると、最初に自体に気づく。
「あっ、あれ。リリアがいない!」
「えっ!?……本当だ、いないよ!」
「ゴブリンの少女か?確かに見かけないが、探せば宿屋にいるのではないか?」
「そうかもしれません、とりあえずリリアを探したら、二ファの言う現場に向かいましょう!」
クエストを優先するべきなのだろうが、リリアの方が大事だ。
何かに巻き込まれてからでは遅いと宿屋中を探した。
ベッドの下、屋根裏、トイレ、食堂、他の宿泊部屋など。
幾らか探したが、リリアはいなかった。
悪い予感がして、背筋に悪寒が走った。
何か巻き込まれたか、付き合いは浅いけれど一人で勝手に出て行くような子ではない事を僕は知っている。
結局見つからなかったので焦りながらも、落ち着き払おうとして殺人現場へと向かう。
場所は路地裏、最初の事件から一貫して、殺人は路地裏で行われていた。
そのためここ最近は警備隊が路地裏を巡回していたのだがその現場に居合わせた者は居なかった。しかし毎日魔物が殺されている、昨日までで言えば述べ三十一人もの魔物が死んでいるのだ。
急いでテレパシーで指示された場所へと向かう。
路地裏へと繋がる通りはギルドの規制が入り、関係者以外立ち入り禁止エリアになっている。
通りを走ると二ファの姿が見える。こちらに手を振っている……きっとそこが現場なのだろう。
そして、その路地裏で僕はあり得ないような、衝撃的なものを目にしたのであった。
「あっ……?」
「何とも酷い惨状だな。見ていると気分が優れない」
「ねぇ。でもあの、あの首飾りって……」
広がる血の海、全員の頭蓋は潰されている。
どれも切り傷はない、まるで殴ったりしたような傷だ。惨たらしくて直視できるものではない。
死体もとい、肉塊は折り重なっておりその生々しい肉の隙間から印象的な首飾りが覗く。訴えるように、そこにあった。
手作りの首飾りで昨日僕がリリアに買い与えたものだった。見間違うはずも、なかった。
「ごめん、柊。ラクトさん。僕を一人にしてくれないですか」
「あ、あぁ……」
「おにぃ……」
そして僕は、路地裏の奥へと進んでいった。
**********
僕はなんの躊躇もなく、血の海を歩く。
僕はその手で首飾りを掬うように、拾った。
なんで気付けなかった。
なんで守れなかった。
なんでリリアがこんな目に。
なんて
なんて
なんて
なんて虚無。
なんて無力。
修行なんかしても、レベルが上がっても。
守れなきゃなんの意味も無いじゃないか。
弱いじゃないか。
「何の為にこの世界に来たんだろう」
間違っていたとしたら、どこから?
クエストを受けた時から?
アーグスに帰ってきた時から?
リリアに会った時から?
マグルさんに会った時から?
それよりも前、異世界に来た時から?
「いや、流石に」
でも、まるで同じじゃないか。大切なものが消えて無くなってしまうなんて、まるであの時みたいだ。
いや、あの時より残酷だ。
「あはははっ……はははははっ!」
訳も分からず、僕は自身に対して
ああ。
でも出来ない、できない。
できない。
「見つけないと……」
空虚を掴むように、右手を握りしめる。手のひらに爪が刺さるが、そんなの痛くはなかった。
リリアが受けたであろう痛みを考えれば、こんなのなんて。ああ、僕って最低。
思考?欠如?だめだ、考えが安定しない。
幾重にも、色んな感情が。僕の中で暴れまわっている、なんだこれは。ああ、なんだこれは。
死にたい、悪い癖だ。
ネガティブな奴、いつだってそう。逃げるんじゃない、誰がそれを決めた?待って、本当に僕は何を考えているんだ。
「おにぃ!大丈夫……?」
「あっ」
意識が浮上する、どうやら目を瞑り考え事をしていたようだ。
左手に持つ首飾りを見る。その緑色は赤に侵食され、もはや元の色が何だったのか思い出せない。
千切れているが、使えなくは無い。
僕は首飾りの糸の切れた場所をそれぞれの手で持つと、それを首の後ろに回す。
そして糸の切れ目をそれぞれの手で合わせると、それをくるりと人差し指に巻いて、できた糸の輪に先端を通して締める。
固結びだが、変なことがない限りはしっかり身に付けれるだろう。
異常だ、死者の血で濡れた首飾りをそのまま身に付けているんだ、もしかしたらショックで狂ったのかも知れない。
それでもいい、これは形見だ。忘れたくないんだ。
ゆらりと立ち上がる、頭がクラクラする。でも言っていられない。
見付けなきゃ。この事件は終わらせないと……ダメなんだ。
もっと犠牲者が出る前に、一刻も早く、一人でも助かるように。
「早く終わらせないといけない」
僕は、振り返り路地裏から出た。
柊やラクトさんは僕の身に付けている首飾りを見ると驚いた。
当然の反応だろう。柊は察していたのか悲しい顔をする、一方ラクトさんは状況が掴めないのか混乱したように慌てている。
そして、側にいた二ファはそれを好奇心の目で見た。
「あなた。それは何かにゃ?」
「……遺品。ですかね」
「物体……遺留品。あっ!触らせるにゃ!」
「ちょ!何ですか!」
二ファは首飾りをその肉球で無理やり掴むと、瞑想するかのように目を閉じる。
考え事?
そのまま暫く首飾りを触ると、目を開けて首飾りから肉球を離した。
「オーケー。突然悪かったにゃ、でも物質には魔力が込められているんだにゃ」
「ええと?」
「一定時間、触ったものにはその人の魔力がこびり付くにゃ、だから魔力パターンさえ分かれば人物の特定も可能にゃ」
「それってまさか!」
「その首飾りに付着した魔力、あーしの知る限りだとあなたと、マッツ・チョールだにゃ。もう一つの魔力は……多分、持ち主の子かにゃ?」
そうか、二ファの
その一瞬で僕の魔力パターンを覚えた……と言うことはマッツさんにも
……え?なんで、マッツさんの魔力がこのペンダントに!?
だって、これは昨日買い与えた……それでぶつかった時に触れたんだっけ、そうだった、忘れてた。
でも、首飾りの糸が千切れているという事は、つまり犯人の魔力が付着してるはず。
「二ファ、本当に魔力はその三人だけなんですか?」
「保証するにゃ」
……そうすると、四人目の魔力が付着していないとおかしい。
つまり、この三人の中に犯人になり得る人物が。
僕は殺していない、除外する。リリアが自分で千切った線もあるけれど、そんな事するだろうか。
信じたくはないけど、候補として有力なのはマッツさんのみになる。
「二ファ、マッツさんを調べてくれないですか?ちょっと気がかりで……」
「私もそう提案しようと考えていたところだにゃ!任せるにゃ、何か情報が掴めたらまたテレパシーで伝えるにゃ!」
「お願いします」
平静を装っているが、いまだに僕の心の中は荒れ狂っている。
必死に感情を堪えて、僕は首飾りを握りしめるのだった。
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