#11 見知らぬ洞窟

 朝、目覚める。

 窓から眩しい光が差すが、まだ少し空が蒼い。早朝くらいだろうか。

 にしても野宿でないだけでこんなにも体が楽だったとは、布団とベッドは世紀の大発明と言えるだろう。

 それでも結局体はだるいのだが、数分かけてようやく起き上がる。

 隣のベッドを見ると、乱れたシーツ。人の姿は無い──ラクトさんはまた鍛錬をしているのだろうか。努力家だな、僕には絶対出来ない。


「はぁ、朝から疲れた」


 何と無く毎朝言ってしまう、起きたばかりにも関わらず、疲労感が襲ってくる。夜更かししてる訳でもあるまいし、全く自分の朝に対しての弱さは酷いものだ。きっと今光属性魔法でも放たれたら、ゾンビの様に消えてしまうだろう。ゾンビではないのでそれは実際あり得ないのだが。


「そう言えば、昨日マグルさんも着いてきたんだっけ」

 隣の部屋で、柊とマグルさんが寝てるはず。……一応心配だ、見に行くとしよう。


「失礼します」

 ノックをし遠慮なく部屋に入る。

 当然だが、別に何かあるわけでもなく柊はベッドで死んだように眠っていた。

 あれ、でもマグルさんは──


「討ち取ったり」

「わぁっ!?」


 ジャキン、と後ろで金属の音、そして突然掛けられた声により驚いて床に倒れこんだ。


「ははは!ビビりというのは本当か!にしても吃驚ビックリしたぞ。寝ている間に侵入者、同業者アサシンかと思ったが隠れる必要は無かったようだ」

「えっ、ええっ。ほんと、あの心臓に悪いんでやめて頂けますか!?」

「すまんな、立ち上がれるか?」


 手が差し出される。

「ああどうもっ……って、掴みませんから!」

 振り払おうジェスチャーをすると一瞬だけ、手が触れた。

 その瞬間、マグルさんが取り乱した。


「なっ!?貴様、なんだその妙ちきりんな魔力は!まるでこれは──この魔力は!」

「な、何ですか!?一体どうしたっていうんですか」

「何故っ!何故なのだ!?ありえん、あり得るはずがない!何者だ、貴様は何者だ!?」

「何者って、中村秋。ただの冒険者、ですけど」


 その答えが満足いかなかったのか、マグルさんは風のような疾さで移動し、ベッドで寝ている柊に触れる。

 そしてすぐにこちらを向いた。


「なっ!柊に何をしてるんですか」

「答える義理はない!貴様だけではない、この娘もだ。なぜよりによって兄妹揃って、こんなのまるで──ああ、もう何が何だか理解不能だ、訳がわからん」

「僕にわかるように説明してください!」


 一体、先程から何をそんなに狼狽えているのか。

 僕が手を触った瞬間だ、あの一瞬にマグルさんの身には何が起きたんだ!?

 僕だって訳がわからない。


「魔力が異常なのだ、何故そんな。問う、貴様の母親は誰だ?鬼か?」

「鬼?いえ、人間です。中村桐、僕たちの母さんだ」

「……そうか。そうだったのか、いやすまない突然変なことを聞いた」

「?いえ、それにしても魔力がどうのこうのって」

「決めた、これより俺はお前達を鍛える!徹底的にな!勇者のパーティーは解散だ。兄妹揃って俺に着いてこい。異論は認めん。では失礼」

「なっ、それってどういう……ぐあっ!」


 次の瞬間、首に何か衝撃、そして僕の視界がぼやけて、ブレて。

 意識が途絶えゆく。

 真っ暗い、まるで暗闇の底、深淵アビスに落ちたような。虚無に侵食されて、思考が停止した。

 一体が────


 何が、どうして。こうなった。



**********



 一体、どうなった。声が聞こえる、遠くから。馴染みのある声。

 柊?かな。多分そう、いや分からない。

 何だろう。

 

「おに……」


 鬼?


「お兄様……」


 違う、やっぱり柊?ずいぶん懐かしい呼び方だ──。

 小さい頃は、もっと大人しくて、内向的で。どうしてあんな風になっちゃったのかな。極端っていうか。

 いやそうじゃない、今いる場所。

 確かめないと。


「うぅ」


 体に痛みはない、自然に目も開いた。さっきのは夢か。

 うつ伏せになって眠っていたようだ、首を動かし辺りを見回すけれど真っ暗。

 すぐ隣から、静かな寝息が聞こえる。柊のものだ。


「はぁよかった……」


 声が反響する、体が、服が擦れるたびに小さい反響。ここは洞窟?地面がとても冷たく肌寒い。出ようにも灯りもなく視界は黒一色に染まっている。

 体力は消耗したくないけど仕方がない、ポッと火を灯す。あまり灯としての役割は期待出来ないか、ならと更に火力を上げる。すると数メートル程見渡せるようになった。


「やっぱり、ここは洞窟ですか」


 ゴツゴツとした岩肌、天井から垂れる雨水、よく見ると傍らには地下水の通り道がある。

 鍾乳洞?判りづらいが道が見える、でも脱出するにしても柊を起こさないと。

 そもそもここに来た理由──だめだ思い出せない。朝起きて、そしたらいつの間にか気を失っていた。

 事実確認もままならない状態、柊の元に近付いて起こす。


「う、うぇえ……?火?おにぃ……なの?」

「うん、何故だかは分からないけど、今僕たちは洞窟の中にいるみたいだ」

「……え!?なんで!?待って、昨日は宿屋で寝たはずだよ!」


急な事態を理解したのか、眠気を覚ました柊は大声で叫ぶ。ついでに僕の僅かな眠気も吹き飛んだ。


「静かに、あまり大きすぎる声はやめたほうがいいですよ。とりあえずここから出ましょう」

「う、うーん。わかった、何が何だかわからないけどわかった!」

「よし偉い、じゃあ行きましょう。転ばないよう気をつけて」

「おっけ!」


 ここはどこの洞窟なのか、出口はどこにあるのか。

 今僕がやるべきこと、それは脱出することだ。何が何でも出てみせる。

 それが生き延びる道だ。

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