#8 毎朝の鍛錬

 異世界に来てから一週間。

 エラリス国の勇者、ラクトさんのパーティになった僕たちはエラリスの首都、アーグスから旅立ち、エラリス領のべレッド村の近くにやって来た。

 

 ラクトさんの旅の目的は「世界平和」の為に、勇者として世界に災厄をもたらす『ディザスター』という存在を討伐する事だという。

 ディザスターとは、この世界に住まう強力なモンスター達の事、その名の通り、災害を起こせる程の圧倒的なパワーを有し、人類に仇なす者達の事を指すらしい。

 なんでも世界で十体以上のディザスターが登録されており、人間であったり、魔物、アーリエ等……。つまるところ『危険種』でボス的存在と考えれば良いのだろう。

 そんな危険な旅について行った事は失敗だったかも知れないが、向こう側もできるだけサポートするという条件でのパーティ契約だ。


 そして、その目的として、最初に北の大和大陸という場所に行くらしい。

 大和大陸へ行くには、エラリスの領土を抜けた先、北にある都市へと向かい、そこからエルム大陸という場所を経由して向かうそうだ。

 色々こんがらがってしまうが、ついていけば辿り着くのでそこまで深くは考えない。


「さて、日も暮れた事だしここら辺りで休もうか」

「おぉー野宿かな?」

「そうだな、大丈夫か?もう少し歩けば村だし、泊めてもらうことも可能だとは思うが──」


 ”少し”と言っても、十キロ程だ。この世界の人は感覚が狂っているのか、それとも現代の乗り物に慣れていた僕たちの方が異常だったのか。多分どっちもだ、今からそんなに歩く体力は残っていないので僕はそれを承諾した。


「大丈夫ですよ、寧ろこういうのは新鮮でいいと思います。柊も大丈夫ですよね?」

「もっちろん!あ、一応聞くけどアーリエには襲われないよね?」

「そこら辺も考慮しているから、安全だ。火を焚こうじゃないか……って、魔法水晶マジッククリスタルを忘れているんだった!これでは火が焚けないじゃないか……」


 魔法水晶マジッククリスタル、確か魔法が使えない、或いは必要とする属性を有していない人が使用する、属性魔法が込められた水晶だったはず。

 今ラクトさんが必要としている属性は、火属性なのだろう。


「ええっと、炎魔法、使いましょうか……?」


 何気ない言葉だったのだが、なぜかそれに対しラクトさんは呆気にとられた様な顔をした。信じられない発言でも聞いたとでも言わんばかりの表情である。

 魔法は他の人も日常的に使用していたし、別段不思議なことではないはず──。


「君は魔法が使えるのか?」

「ええ、炎と、氷魔法が」

「私は雷魔法だよー」

「二人ともか!?いや、てっきり異世界人は魔法が使えないものだとばかり……」

「あー、なるほど。それだったら確かに驚くのも無理はないかもですね、でもほら、普通に使えますから」


 そう言って、クナイに魔法を込めて火を灯す。


「それでは火を付けるのを頼めるだろうか?」

「勿論ですよ、薪に火をつけてっと……」

「おおー。明るいねー」

「ありがとう、秋」

「どういたしまして」


 火が、薪全体に行き渡り、だんだんと勢いを増して暖となる。

 三角形になり、その周りを囲む。多少熱く、少しだけ後ろに下がった。

 直の熱というのも中々良いものだ、心まで不思議とあったまるような気持ちにさせてくれる。異世界にきて最初辺りは正直心配事ばかり考えてたけど、最近ではここでの生活に慣れ始めている、まだアーリエを倒すのは慣れてない、というか慣れなくていいことだと思うけど。

 取り敢えずは、このまま生きていけるのではないかと思っている。


 柊の目的は知り得ないが、あくまで僕の目標は「生存」である。

 まさか勇者様のパーティーに入るとは思ってなかったけど、逆にこういう先がわからない状況に身を置いてる方が何かと楽しい──そう思い始めているあたりかなり自分に余裕ができている事に気付く。

 勇者の仲間という事は、かなり危険なのだろうが。それでも問題ないという程にはこの世界に絆されはじめている。


 死んだらそのときはそのとき、もうしょうがないという謎理論だ。それが僕の運命なのだろう。……それでも柊はしっかり兄として守らないといけないとは理解している。

 

「君たち兄妹のいた世界とは、どんなところだったのだ?」


 質問が投げかけられる、そういえばその話はしていなかった。

 向こうの世界──よく考えれば説明できるほど深く考えずに生活してたな。


「うーん、楽しかったよ。ここには無い……テレビとか、ネットとか!美味しいお菓子もあるし、今思えば結構贅沢だったかなー。ただ、勉強だけは嫌だったかも」

「ここより文明が多少発達していて、魔法のない世界。種族も人間だけで、他は動物しかいませんでしたね」

「──なるほど、地球はそういう場所なのだな。テレ何とかやらはよく分からないが、悪く無い場所なのだろうか」

「あれ?地球って言いましたっけ」

「ん?……ああ、今、言って無かったか?多分推測するからに君たちの星の名前なのだろう」

「はい、そういえば此処は──」

ネイラ、、、。それがこの星の名前さ」


 ネイラか……。

 やっぱり、ここは異世界で確定なのか。

 

「そろそろ寝よう、明日朝に村に向かう。少し依頼を受けていていてな」

「そうですね、そうしましょうか」

「おやすみー」


 技術や文明が発達するにつれ、世界は何かを失っていくのかも知れない。

 例えば目の前の星空とか。東京では見えなかったものだ。

 直ぐそこにある、あるはずなのに、灯りに包まれているだけで見えなくなってしまう。まるで、僕たちから姿を隠し、逃げる様に。

 

 星空を眺めると、やはり当然なのだが見える星が地球とは異なるようだ。かなり大きい──それとも近いからか、月よりも巨大な星が目視出来る。辺りには粒ほどの大きさの、様々な輝きをした星が。


 と言うか、何でこの世界にも太陽と、月があるのか。

 逆説的に考えれば、そういう条件が揃っているからこそこの星には生物が住んでいるのだろう。全く不思議なことだ、いつの間にか寝るつもりが、こうやって考え事をしている。


 寝よう、明日の朝は早い。

 そうして、瞼を閉じると、深い闇。意識の深層へと僕は誘われていった。



**********


 

「うっ……いたぁ。………朝、ですか」


 流石に野宿は慣れていないせいか、全身が、関節が言うことを聞いてくれない。

 じわじわと身体は痛むし、何より肌が焼ける。そして服が土まみれ。いい目覚めとは到底言えないような状況だ。

 眩しい太陽に抗う様に目を開けて、身体の気持ちを無視する様に上体を起こす。正直まだかなり眠いので、そのまま体育座りの体制でこくんこくんと眠り始める。


「はぁ、起きなきゃ」


 朝は空も気持ちもブルーだ。

 頭も働かず、全てが面倒に思える。不眠でもないのに、何故こうも朝が苦手なのか。

 だいぶ意識もハッキリし始めた事もあり、おもむろに立ち上がり辺りを見回した。


「寝てると、やっぱり印象変わるなぁ」


 そこで寝ている柊は、まるで別人のような顔をして眠っている。性格からは想像できない程に寝相も良く、いびきも一切立てない。

 寝ている時だけ、何か取り憑いているのでは?と度々思ってしまう。


「あれっ」


 ラクトさんの姿が見えない、もしかして先に起きてしまっていたのだろうか。

 そう遠くは行っていないだろうと辺りを探す。


……!……!


 辺りをウロウロしていると誰かの声がする。掠れて良く聞こえないが、ラクトさんだろうか。

 草原から少し離れた、林の方へと近づいた、だんだんと声が聞き取れるようになりそれがラクトさんのものだと確信する。


「せいっ!はぁっ!そりゃっ!」

「あ──」


 近くの木に隠れて、様子を見る。

 下着姿で、剣の素振りをしている様だ。かなり汗を流しており、その掛け声は衰えずに相手を圧倒するような声で人知れずに僕を威圧する。

 その光景が、数分続いた頃に、ようやく素振りをやめ剣を鞘に収めた。

 かなり消耗しているらしく、その後は胸に手を当て呼吸を続けているだけだ。


 そしてやがて、呼吸の乱れが整うと、こちらへとやってきた。

 まずい、いやまずくはないけど。ここは通り道だったのか、こっそり見ていたことを知られたら向こうはどんな反応をするのだろう。


「ん──!?……やぁ」

「あ、どうも」


 ラクトさんは一瞬驚いた表情をするが、すぐに平静を保つかのように表情を戻す。それがなぜか、逆に焦る。

 うーん、これは気まずい!どういう反応したらいいのか、何が正解なんだ……。


「おはよう。見ていたのだな」

「えっと、はい。いなかったので探していたら偶然」

「そうか、鍛練は私の日課でな。良ければあーくんも今度からやってみるか?まぁ、私が魔法で教えられることは少ないだろうが……」

「いえ、負担をかけるのは悪いので結構ですよ。なんなら柊に稽古をつけて欲しいですね。……ところであーくんって、僕ですか?」

「──なっ!?す、すまない。ただの人違いだ。そうだな、それより柊くんは鍛えれば強力な刀使いになれるかも知れないな。考えさせてもらう」

「ああ、はい……分かりました」


 一応は、特に波風が立つ様子もなく、その後寝ていた柊を起こして僕たちは村へと向かったのだった。

 

 さて、初めての村。いったいどのような所だろう。

 期待の気持ちと、若干の不安と抱え、目的地へと向かうのであった。

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