#7 聖剣の勇者

異世界に来て既に数日、僕たちは今日もギルドに来ている。

 このギルドの受付嬢、グラニアさんの家に住まわせて貰っている家賃諸々借金の返済と、この世界での基本、生きる術を知る為である。

 

 最初こそ、安全を選ぼうとリスクの少ないクエストを受けようとしたが、柊の意見もあり、最近では、ほぼ討伐系のクエストが基本となってきている。

 少しだけレベルも上がり、連携力も前と比べれば幾分かマシになっていると言える。だだし、柊の危機感の無さは性格の問題なので、もう諦めることにした。


 ただ、それだけ。そんな普通の生活をしていた訳なのだけど──


「はーっはっは!今日はよろしく頼むぞ!」

「よ、よろしくお願いしますー……」

「よろしくねー!」

「私は、ラクト・リアン・セス・クローク・アーサー!誇り高きアーサー家の今期勇者だ!気軽にラクトと呼んでくれて構わないぞ!」


 勇ましい正確に、堂々とした出で立ち。はっきりとした声、腰には高価そうな剣。

身につける服もまさに一級品というなりをしている。まさしく勇者と呼ぶにふさわしい人物。

 そのショートの緑の黒髪はとても美しく、燃えるような情熱のあかを秘めた瞳。スタイルも良い。少し膨みかけたような胸……。

 女性である。


 しかしなんで、そんな勇者様がこんな僕たちの所に──


 原因は、きっと少し前に流れた噂だ。

 何でも情報屋の二ファという人物が、僕たちが異世界人という噂を流したらしい。

 お陰で、他の冒険者に絡まれたりして、それでも何とか面倒ごとには巻き込まれないよう注意していたつもりだったのだけど。


**********


 一時間前のことだ。


「あ、そういえば。クエストの依頼が来てたんですよ。何でもあの勇者様から」

「はぁっ!?ゆ、勇者ってあの。なんでそんな人が僕たちを」

「おおっ!?もしかして、あれかなー。スカウトってやつ!?」

「いや、無いでしょう。ただの冒険者じゃないですか、僕たち」

「夢がないなーおにぃは」


 しかし、流石に勇者様の願いなんて断ることができない。

 怪しみながらも、仕方なく了承することにする。断ったら何されるかなど分からないのだから。


「まぁ、勿論引き受けますよ。柊も乗り気みたいですし」

「了解致しました、ではカードにクエストの内容を記録しますね」

「はい、ありがとうございます」


**********


 と言うわけで今に至るわけだけど、どうしてそうなった。

 今は、アーグスの教会にいる。よくよく考えてみれば、ここ数日はずっとギルドにしか行ってなかったなと思う。

 教会の中には、人が居らず、聖職者すらいない。寂れていて……まるで神が忘れ去られたかの様に。この世界では、神という単語すら聞いたことがなかった。


 しかし今は関係ない、勇者のラクトさんから依頼の話を聞かない事にはどうにもならない。


「あの、依頼内容って何ですか?」

「ああ。すまない、依頼というのは少し建前なんだ」

「え?──それって、どういう」


 その言葉に、僕たちは身構えた。

 もしかして、何かとんでも無いことに巻き込まれてしまったのか。

 これは、罠……?

 

 そんな僕たちを見て、勇者ラクトは困ったように話しはじめる。


「い、いや。そういうのじゃないんだ!そう、君たちに興味があったんだ。異世界人という噂を聞いて、真偽を確かめたかったのだが……」

「それ本当!?」

「ああ、勿論。危害を加えるつもりは元からない、そしてどのような結果になったとしても迷惑は掛けない」

「どのような結果になってもって、何するつもりなんですか?」


 ラクトは苦笑いをする。警戒を解かない兄妹に対して。

 

「単刀直入に言う。私のパーティに入ってくれないか」

「えっ?」

「パーティーって、あの、仲間のパーティー!?」

「そうだ、異世界人という存在を聞いた時、私の直感が『仲間にしようと』囁いたんだ。ギルドの受付嬢とも話をつけたし──どうだろうか」

「話をつけたとは、どういう?」

「君たちの返す筈の金も、すでに支払ってある。そしてパーティになるなら私と共に冒険をしてもらう。どうだろうか」


 確かに、僕たちがギルドでクエストを受けていたのはお金を返すためだった。

 それが無くなるという事は、既にグラニアさん達のところでお世話になる必要もない。

 何より……柊が期待の目でこちらを見ている。

 こちらにとっても、先方にとっても全く悪い話ではない。冒険となると、この世界についての知識も深まるだろうし、勇者ならば、アーリエも脅威ではないだろう。

 もう決まったようなものだ。


「はい、妹も納得してますし、こちらにとって不足もない。ラクトさんもそれを望んでいるとなれば断る理由もありません。よろしくお願いします」

「やったー!よろしくね!」

「決まりだな、よし。ではギルドに報告しに行こうじゃないか!」



 とまあ、不思議な縁があり僕たちは、ラクトさんのパーティになったのであった。


 ……あれ、勇者ってことは、世界を救うとか。そういう……面倒ごとに必然的に巻きこまれる立場では?

 よくよく考えたら、僕たちもただ異世界人であるだけで戦闘能力高いわけではない訳で、ラクトさんの期待に答えられるわけでもなさそうだ。

 少し考えたら、僕たちが役立たずなんてことは分かる、きっとそれは向こうも調べてある……はずだ。

 本当に異世界人だからという理由だけで僕たちを誘ったのか?考えすぎなのかな。


 教会の鐘が鳴る。ゴーン──と。時刻は正午、ここには僕たち以外誰も居ないのに、毎日時刻だけが告げられる。それは街全体に響く──。

 教会を後にすると、一羽だけ屋根の上に止まった、青い鳥がそこにはいた。そしてやがて興味を無くしたかのように飛び去っていく。


 その後、ギルドにいたノーデムさんにパーティの件を告げ、別れた。

 グラニアさんにも挨拶をしたかったのだが、用事でそうもいかないようであった。

 

**********


 暗雲に覆われた大陸、『魔大陸』。日が当たらないせいで植物も育たず、生命を育むことさえも厳しい環境。しかし今となってはそれも昔の話である。

 魔物と人間の共存、それ可能にしたのが今期魔王と、数代前の勇者だ。


 辺りに雷鳴が鳴り響く、いかにもベタという感じの魔王城、その執務室の中に魔王はいた。


「ふぅ……これで今日の業務は終了だな」


 同じ姿勢でいたせいか、体の節々が痛い。椅子にだらんともたれ掛かり、窓の方から外の景色を眺める。

 相変わらず、一面の暗雲なのだが、気休め程度にはなる。

 しかし今日は違った、窓の外に青い鳥が見える。窓の方に近寄ってきたかと思うと、そのくちばしで窓ガラスを軽くつついた。


「あれはまさか……」


 気になり、窓を開放する。

 するとその鳥は、部屋に入り魔王の目の前の床へと座り込んだ。


「とりあえず、そこの席に座って話そうか」


 魔王は、側にあった向かい合わせのソファを指差した。

 浮遊魔法でソーサーと紅茶の入ったカップ。御茶請けを先ほど使っていたデスクからソファ近くのテーブルに移動させる。

 準備が整うと、ソファに座り、向かいの方に鳥も座った。


「その姿では窮屈だろう。文字通り、羽を伸ばしてくれていいんだぞ」

「……失礼します」


 魔王が呼びかけるとその青い鳥──は変身を解いた。

 そこに座っているのは、一匹の魔物。ハーピーである、その羽は、探しても汚れがなく綺麗に手入れされている。

 髪と目の色も、羽と同じく統一されている。そしてスーツ姿だ。


「久しぶりじゃないか、アスモデウス。ベルフェゴールとは仲良くやっているか?」

「ええ、一緒に暮らしてますよ。仕事の方も順調で、特に困ったこともありませんね」

「それじゃあ、どういう要件で?ただ会いに来たという理由でも構わない、寧ろ歓迎するが……」

「少し、気になった事があったので報告をしに。異世界人がこの世界に迷い込みました。魔力検査の結果、確かに未知の魔力でした。そしてどういうわけか魔法が使えます」


 その言葉に、魔王は目を見開いた。

 異世界人、久々に聞く単語だ。しかしそれより驚きなのは──。


「魔法が使える、とは?」

「言葉の通り、異世界人にも関わらずこの世界に適応していると言う事です。異世界人は魔法おろか、スキル、アビリティの使用もできない。ですよね」

「ああ、興味深い話をありがとう。もしかしたら、その子たちは世界を救うかもしれない、希望になり得る」

「あの子達が……?あぁ、それとその異世界人は、勇者のパーティに入ったようです」

「勇者?どちらの?」

「わかって聞いてますね。勿論聖剣の方です」

「うーん、そうか。情報ありがとう」


 そうか、もしかしたらこれは、世界の運命を変える大きな出来事。

 始まりの一歩かもしれない。

 確証はないけれど。


 ついにこの世界が救われる時が来るのかもしれない────神様母上

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