#2 ようこそギルドへ

 目の前の状況に対して、まだ理解が追いつかない。

 周りの人々が、僕たちを取り囲み不思議そうな顔でこちらを眺めている。干渉もせず、見ているだけだ。

 怪訝けげんそうな顔で、または面白いことを期待するような目で、なんだなんだと、段々とざわつきは大きくなっていく。


「あ、あの。ここって」

「凄いよ!いろんな人に囲まれてるよー!」


 この状況に、柊は物怖じせずむしろ興味を惹かれている。ずらりと並ぶ人々を見ると、悪魔のような角が生えている者、体が毛で覆われている獣のような者、明らかに──でろ透明の人……間?

 普通の人と、そうでない者の対比は8:2というところか。

 分析している場合じゃない、なんで僕たちは囲まれているんだ?こんな、意味もわからない場所で。


 そんな時だった──


「おうおう、野次馬は帰りやがれ!」

 と、野太いガラガラとした声がする。


「え、えっと。貴方は……?」

「わぁ!おっきい、おっきいよ!」


 僕たちの目の前に現れたのは、身長二メートルを優に越える、豚のような頭をした化け物モンスターだ。逆光のせいか、実際はそうでなくても恐ろしく見える。

 しかし向こうからは一切敵意は感じられない。先ほどの一声で周りにたかっていた人々は散り、僕たちの前にいるのはその男性だけになっていた。


「いきなりすまねぇな。俺はオークのヨルスってぇモンだが、お前さんたち迷子かい?」


 首を傾げながらその男は言った。……迷子?

 そう言われれば確かにそうだ、多分、間違ってはいない。


「えっと、はい。迷ってしまって……ここってどこですか?」

「ここはエラリス国のアーグスってぇ街だな。冒険者業が盛んなことで有名だ!それともなんだ?この通りのことか?」

「い、いえ。教えてくださり有難うございます」


 エラリス?そんな国、人生で聞いたことがない、アーグス。いや、全く身に覚えがない。

 ここは、察するに──日本じゃない、地球じゃないどこか?

 でもそんなことって──


「おじさんは、誰?何してるの?」


 柊は、体を揺らしながらご機嫌といった様子だ。


「ん?オークの、ヨルスだ!さっきも言っただろ?まぁいい、俺ぁ、近くの森を管理している。番人で、いつもは見回りをしてるが、今日はたまたまこの街に買い出しに来たところだ」

「オーク!?すごい!魔物だよ!初めて見たー……」


 オーク?それって、あのオーク?

 よくRPGゲームで出てくるあの……でも確かにそうだ、その体格、顔、どこから見てもオークだ。

 これ、夢なのでは?

 そんなことを思いつつも、この場所のリアルさを見て考えは吹き飛んでしまった。


 ジリジリと肌を焼く太陽の熱、どこかで嗅いだことのあるような独特な香り、はっきりと聞き取れる周囲の音、風が僕の肌を撫でる。そして何より隣に騒がしいいもうとが一人。

 体が感じている、脳が認識している、あらゆる情報がこれが現実なのだということを指し示していて──僕は考えるのをやめた。


「そうだ、迷子なんだろ?街の警備隊のところに連れてってやる。あまり構ってやれる時間がないんだ、すまねぇな」

「えっ。はい、ありがとうございます」


 この状況だ、このオーク……ヨルスっていう人の言う通りにした方が良いだろう。

 そうして、僕たちはそのままヨルスさんについていくことにした。


**********


 そのまま、警備隊という人達がいる場所へと連れられた僕たちは、そこでヨルスさんと別れた。

 そして、その一見民家と呼べる建物の中の一室の中に僕たちはいた。


「えー、君達、親御さんは?」

「えっと、わかりません」

「出身は?」

「日本、です」


 今は、質問を受けている最中だ。

 これで元の場所に戻れるなら大変ありがたいことではあるが、そうもいかないのだろう。

 そんな事なので、若干やる気のないように僕は質問に答えている。


「うーん、聞いたことのない土地だな。名前は?」

「僕が、ナカムラアキで、こっちがヒイラギです」

「よろしくねー!」

「んん?苗字、名前……もしかして北の大陸出身かな?」

「北?いえ、どっちかというと極東だと思いますけど……」


 とまぁ、こんな感じで解決できることじゃなさそうだ。

 北の大陸っていうのは一体どういう場所なんだ?

 そして柊、ここまで来てはしゃぐのはやめてほしい。


「東というと、暗黒大陸……。いや、でもあそこは。うーん」


 警備の人は、悩んだ様子で頭を掻きむしった。

 それもそうだろう、認めたくはないけれどきっとここは異世界、連れてこられる間にいろいろ話を自分なりに整理したけど、この不可解な状況を説明するにはそれしか答えがなかった。

 故に、僕たちの身分を調べるというのはかなり大変なことだろう。


 その人は、手に持っている紙とペンを懐にしまう。


「よし!わからないから、ギルドで調べてもらおう!」

「ギルド!?」


 と、まるでその言葉に飛びつくように素早い反応をする柊。

 ギルドといえば、冒険者ってイメージがある。

 そういうところなのだろうか。


「ここからすぐ隣、ギルドがある。付いて来てくれ」

「ええ、わかりました」

「ふんふーん!ギルドだー!」


 そのまま、警備隊の詰所から出た後、左手に少し行ったところでそのギルドというところが見える。


「うわ、高い!?」


 ギルドの外見は、僕の思い描いていた想像のものとは異なっていた。

 空に向かってそびえ立つ数十メートルほどの塔だ。

 レンガが無数に積まれていて、僕たちの方向には大きな影ができている。

 入ってみると、材質は大理石だろうか、白を基調とした内装が待ち構えていた。

 左右に等間隔に並べられた美しい花の入れられた植木鉢が置かれている。

 シャンデリア、それに真ん中の床はガラス張りとなっており、少し下には透き通った水が流れているのが見える。溢れる高級さがどことなく僕を拒絶してるようで少し不安になる。


 なんか、不釣り合いではないだろうか。不意に自分の服装を確認した。

 僕の服装はジーパンに黒のシャツ、青のパーカー……大丈夫だろうか。


 入り口から奥の方に行くと、エレベーターの様な四角い箱のような空間が三つある。

 エレベータのある文明なのだろうか──?

 ちなみに柊は緊張があるからか先ほどから喋らない。僕も同じなのだけど。


「こっちにおいで」


 と警備の人が手招きをする。

 そのエレベーターのような空間の真ん中、魔法陣のような不思議な模様が描かれた場所に立っている。

 柊が躊躇せずにそこに入り込むと、僕も待ってとあとを追いかけそこに入った。


「四階層」


 そう警備の人が言うと、瞬間的に僕たちの目の前に広がる景色が切り替わった。

 嘘などではなく本当に一瞬で、瞬きもしていないのに、一体どういうことだ……?


 そこにあった光景は、先程の高級感溢れるものとは違い、よく想像されるギルド、庶民的で落ち着く内装だ。

 壁は落ち着いた樹木の色、というか木製だろうか。床の材質は石となっている。天井から吊り下げられたは無数のランプ。

 前方に受付のカウンター、左右から階段が伸びており二階へとつながっている。

 右奥には酒場、食事処のような場所、左には色々な紙が敷き詰められた掲示板のような物があった。

 そしてワイワイと騒ぐ人々、肩を組みあっていたり、泥酔していたり、ただ座っているだけだったり。初めて感じる不思議なその空気に、僕たちは圧倒されていた。


 そして、その中から挨拶が聞こえた。


「冒険者ギルド、アーグス本部にようこそー!新規様ですか?」

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